#105 鷹狩り(鷹は獲物)


 さてさて、やって参りましたのは鷹の棲みつく辺鄙な森林地帯。しかし、私は少し暇を持て余していた。


「私だって地図読めるんですけど」

「関わらせたらこっちまでこんがらがるっすから喋らないでくださいっす」

「方向音痴の極みってある意味すごい才能やから誇りに思うとえぇよ」


 私が口出ししないように、最後尾で後を追う位置につかされている。

 方向音痴は伝染うつらないというのに。というか方向音痴の才能なんて欲しくなかった……。

 ああ、神よ! 私が天使だというのなら、どうかこの呪いを解きたまえ!


「もしかして本当に呪いとかでしょうか? どれ――女神ヘカテーよ、我が嗚咽おえつに応じ、憐れな者を救いたまえ! 〖ディバインウォームス〗!」


「そんなわけないっす――」

「まさかそんなことあらへ――」



 解呪の魔術っぽいのを使うと、私の体は淡く光った。



「ん? 光りましたね。何も無いならスカで無変化でしょうから、これはやはり呪いだったということですか。道理で馬鹿みたいにすぐ迷うわけです」

「本当に呪い……っすか?」

「…………ほな、試してみぃ?」



 地図を受け取って、目的地までの道のりを脳内そろばんで弾き出す。ここをまっすぐ、そして左から少し行って右、数歩で左の方向か。ふむふむ……


「こっちです! さぁ、行きますよ!」

「ストップっす」

「そっち逆や」


「あっrrrrrれぇ?」

「すごい巻き舌っすね」

「ほら言うたやん」



 馬鹿みたいにすぐ迷うのは私が原因だった……。

 しかし、だとしたら先程の光は一体どんなけがれを消し去ったんだろう?


 胸元を確認するが、【破壊神の刻印】は健在。他にそういうデメリット系のスキルには心当たりがない。



「んー、さっきの光は何だったんでしょう?」

「意外とショック受けてなくてホッとしたっす」

「切り替え大事やからね〜」



 どうやら私が思っているよりも方向音痴は重症らしく、現実を突きつけられても平然な私を見て安堵しているようだ。

 ――そこまで酷いかな? 酷いかも。酷いだろうなー。



吾輩わがはいの出る幕は来なかったようで何よりだな!」

「……どなたっすか?」

「ミドリはんの知り合いやない?」



 コガネさん並の怪しい全身を隠す外套、独特な一人称に、鼻につく上から目線。例のストーカーさん世界一の産業廃棄物である。



「どこのどなたか知りませんが、乙女だけの聖域サンクチュアリに入らないでくれません? 貴方男性ですよね?」

「うむ。吾輩わがはいは男の中のオトコだが何かね?」


「近寄るなストーカーって言ってるんですよ。昨日二度と姿見せないって約束しましたよね? 今すぐ失せないならこちらもそれなりの対応しますけど」

「昨日は悪魔の妨害で不覚をとったが、運命の糸は決して絶えないのだ!」



「よしきた、それなりの対応がお望みのようで」

「まあ、待ちたまえ。吾輩わがはいが姿を現したのは注意をしにきただけなのだ。先刻ぬしが解いたのは何者かによる衰弱の呪いである!」



 剣に手をかけたが、その言葉を聞いて押し留まった。


「衰弱の呪い?」

「なんやそれ?」

「強そうっす……」



「ずっと見張っていたが、ぬしが接触した人物はかなり少数だった。そして、呪いの気配も感じ取れなかった。つまり、かなりの腕の呪術師が遠隔で攻撃してきているのである!」


「もしかして貴方がその呪術師ですか?」

「怪しいっすもんね」

「せやねぇ」


「呪術師のような根暗と一緒にするでない! ……まあ、主らも本当に吾輩が犯人とは思っておらんだろうから置いておく」



 いや、割と本気で疑ってるんですが。

 コガネさんのような親しみやすさが皆無でただの怪しい人になっているというのに、彼は気付いていないようだ。



「肝心の衰弱の呪いは、少し身体能力を下げる程度のものだ。かなり初歩的な呪術だからこそ、術者の動機が不明なのだ。吾輩も少し探してみるが、くれぐれも一人で夜道を歩くような軽率な行動は控えたまえ」


「あ、はい」

「ほへぇ〜」

「なるほどなぁ。だから昨日と違って不思議な臭いが混じってたんや」



「では、吾輩は呪術師の捜索を行うから――これにて!」



 すごい勢いで走り去ってしまった。

 うやむやにされた感は拒めないし、ストーキングしてる事実に変わりはないので、次は本気で殴る。絶対。



「忙しない人っすねー」

「そうやねぇ」

「……コガネさん、結構さっきから方言出てますけどいいんですか?」


「え? ほんまぁ?」

「ほんまです」

「ほんまっす」


 しばらく沈黙が続いて妙な緊張感の後、コガネさんはフードを取り払って顔を出した。

 顔は美しく整っていて、笑顔は妖艶、目立つ八重歯はチャーミングである。



「おたくはんらは、まぁ、アホ……平和そうやから隠す必要はなさそうやしねぇ」

「おー、美人さんっす」

「今アホっぽいって言おうとしませんでした?」


「はて? ん――」

「敵です!」

「【神盾アイギス】っす!」



 高速で飛来した何かを、マナさんのスキルが弾く。頑強な光の盾と衝突した敵は、仰け反りつつも体勢を立て直して木の上に飛ぶ。


 あいにくと鳥の種類を見きわれるような知識は持ち合わせていないが、この辺の大きな鳥なら今回の依頼である鷹だろう。



「【飛翔】、【適応】!」

「マナは後ろから盾出して援護するっす!」

「【跳躍】」



 いつものごとく{適応魔剣}を抜いて斬りかかる。コガネさんもジャンプしながら短剣を抜いて、斬りつけている。挟み込む形だ。


「【スラッシュ】!」

「ほいっ!」


「【キュェェー】!」


 鷹は私たちの攻撃を急上昇することで回避する。

 想像より速い……!




「【神盾アイギス】っす!」



 マナさんの盾が鷹の頭上に現れ、逃げた先の鷹は地面に叩きつきられた。打ち所が悪かったのか意識を失っている。



「マナさんナイスです」

「いい連携やねー」

「いっちょあがりっす!」


 図らずとも、二人で追い込んでマナさんが仕留めるという見事な連携になった。あっという間に仕留めたので、少し拍子抜けである。サクッとトドメを刺しながら降りる。



 そのまま全員で解体をして、依頼完了証明部位の翼とくちばしだけ手に持って、残りは私とコガネさんで分担してストレージにしまい込んだ。

 そして、幸いなことに昼前の段階でギルドまでの帰途につけた。




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