#81 不確定な未来




 ――決まった。



 目の前の全てを、私の大剣が斬り裂いたのだ。

 相手の剣も胴体も全て、斬った感触が、手に伝わった。



「ふへぇ〜」


『【不退転の覚悟】が解除されました』


『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『【飛翔】のレベルが上がりました』『【神聖魔術】のレベルが上がりました』『【縮地】のレベルが上がりました』『【走術】のレベルが上がりました』



 疲れが押し寄せて倒れ込む。


 ログがうるさくて頭も痛い。


 それにしても、何気に意識を保ったまま効果が切れるのに立ち会うのは初めてだ。今まで効果時間とか気にしてなかったし、スキルにもそういうことは書いてなかったけど、タイミング的に敵を倒したら消えるのかな?


「おぇ――」


 急に気持ち悪くなって、視界が暗転した。



「……私、死にました?」

「死んでたー」


 HPは0だったわけだし、【死耐性】が無くなればそりゃ死ぬか。まぁ、キャシーさんが無事なようでなにより。




「少し失礼します、ステータスオープン」



 #########


プレイヤーネーム:ミドリ

種族:天使

職業:――

レベル:49

状態:苛烈

特性:天然・善悪

HP:9800

MP:2450


称号:異界人初の天使・運命の掌握者・理外の存在・格上殺し・魅入られし者・喪った者・■■■の親友・敗北を拒む者・元G狂信者・対面者・破壊神の興味



スキル

U:ギャンブル・職業神(?)の寵愛・破壊神の刻印


R:飛翔8・神聖魔術5・縮地5・天運・天眼・天使の追悼・不退転の覚悟・祀りの花弁()


N:体捌き9・走術5



 #########




 細かいのはまたの機会でいいとして……妖怪一足りないがこんなところにも現れた!

 ぶっコロがさないと!



「楽しそー」

「あ、すみません。少し頭が狂っちゃいました」



 キャシーさんは私の顔を興味深そうに眺めていて、なんだか小っ恥ずかしくなる。冗談で頭が狂っちゃたとか言ったけど、よく考えたら死体の近くでこんなのんびりとした会話が繰り広げられているのって、おかしいのでは?


 ゴホンッ、と露骨に咳払いをしてから、死体の処置について尋ねる。



「ほっといたら消えるからだいじょーぶ」

「奈落こわ」



 簡単に死ぬような場所な時点で怖いだろってツッコミは置いといて、奈落の仕組みが気になってきた。


「そもそもここってどういう場所なんでしょうね?」

「とりあえず寝ない?」


「…………寝ませんけど、くつろげるベットには行きましょうか」



 質問に全く関係の無い質問で返され、マイペースさに少し呆れた。しかし、確かにこんなゴツゴツした地面で長話もなんだと思って部分的に賛成の意を示す。



 ――バタンッと、キャシーさんが急に倒れた。


「あー、無理そー」

「大丈夫ですか!?」


「動きすぎて疲れたー。オマケに腕も無くて変な感じー」

「おまけの方が大変ですよ!」



 慌てながら【神聖魔術】の詠唱を開始する。


「女神ヘカテーよ、我が嘆願の声に応じ、愚かな者を癒したまえ〖セイクリッドリカバリー〗!」



 ぽわ〜んと淡い光を放ったあと、キャシーさんのうでは――


「やっぱり無理ですか……」

「平気ー」


 スキルの文面も癒すのは傷と書いてある。

 部位欠損は傷の範疇から出ているのだろう。先程確認した【神聖魔術】のレベル8でもその回復は無かったから、もしかしたら9か10にならないといけないのかもしれない。



「ど、どどど、どうしましょう!? 血は止まってますけど、というか止めてません?」

「グッてやるとキュッってなって止めれるよー」


「たぶん普通できませんよ」

「肩貸してー」


「どうぞどうぞ」



 話がクルクル変わっていくけど、気にしていても仕方ない。残ってる方の腕を肩に回して、立たせる。


 女性にしても異様に華奢で、風船を持ってるような錯覚を抱く。


 どうにか腕を生やせないかと議論していると、途中に私が彼ごと斬り裂いた剣の先が、キャシーさんの亡き夫の剣が、地面に突き刺さっていた。



「回収しときますね」

「いい」


 どこか優しい声色。珍しい。


「いいんですか?」

「ん、ここに置いてあれば消滅する。これ以上あれが誰かを傷つけなくて済む」


「そうですか」



 真横にいるキャシーさんの表情は見えないが、きっと過去の彼女のような表情をしているといいな。ただの村娘だった、幸せな彼女と同じ。


 突き刺さった剣を無視して、のそのそと足を進める。


 剣は残っている限り、人を傷つける。

 いや、剣だけではない。

 武器は全てそうだ。そのために作られているのだから。


 そんな武器の消滅を願うというのは、鍛冶師としての――


「いけない」

「どうしたー?」


「なんでもないです」

「そ」



 人の変化を、人の生き方を、勝手に私が決めつけてはいけない。私の悪い癖だ。




 ◇ ◇ ◇ ◇




「こっちですか?」

「ちがーう! そっちは戻るー!」


「あ、そっちですね」

「一回死んどく?」


「ひどい」

「そっちの方向音痴の方がひどーい」



 そんなこんなで、迷いそうになったらキャシーさんに厳しく訂正され、死にかけたこと数十回。


 ようやく私たちの前に黒いベッドが現れた。



「今更ですけど、スキルなんですし、移動できないんですか?」

「ここには物置もあるからー」



 そう言って見せられたのは、ベット下の収納。

 何かキラキラしたものがいっぱい詰まっている。



「そんなこんなより座ってー」

「はーい」



 間延びした口調が伝染うつってきているような気がしないでもないけど、言われた通り、ベットに腰をかける。




「何かこの光景、既視感が……」

「【占世せんせいの魔眼】」


「ふぁっ!?」



 キャシーさんの額に、夜空を閉じ込めたような宝石の輝きに近いきらめきの、目が開いた。



「……なるほどー」

「いやいや、第三の目って――属性多くないですか?」



 即死スキル持ちで大罪関連のスキル、ものすごい腕の鍛冶師な上に、第三の目。しかも魔眼ときた。盛りすぎでしょ。


 クリスさんの【凍結の魔眼】は、本人の片目だったし、魔眼が発現するのはランダムなのかな。



「結果知りたい?」

「結果って何のですか?」


「占い」

「せんせいって占いのやつですか……。ということは占い師でもあったわけですね」



 占星術とかいうやつだろう。過去でやってる様子はなかったし、最近できるようになったのかな。



「昔、死にかけのやつに会って、やり方と一緒に教えてもらっただけー。たしか……あの時から百年のどっか」

「ん? 百?」


「そ。封印期間を入れて三百歳くらいだしー」

「さん、びゃく……?」


「うやまえー」

「人間、でしたよね?」


「半分くらいはねー」


 話が逸れていっているが、気になる。


「どういうことですか?」


「長くなるから簡単に言うとー」



 はい、と相槌を打って待つ。



「悪魔とスキルが神の欠片だからー」

「あー、よく分からないので、結果行きましょう」




 一度連合国で占い師さんともお会いしたけど、確かすごく要領を得ない回答だった覚えがある。


「お前の未来は無限にある。でも大きく分岐する瞬間がいくつかあるー」

「分岐点ですか」


「その時、いっぱいくすけど、進まなきゃダメ」

「……進まなかったとしたら?」


 一瞬驚いた表情を見せてから、興味なさげにしながらも真剣な目ですべてを見透かすように凝視してくる。三つの瞳が一斉に向いていて、かなり怖い。



「――終わる」



「終わる……?」


 私のオウム返しなど意にも介さず、申し訳なさそうに目を逸らし、額の目も閉ざしている。



「世界が、終わる。お前は世界の運命の転換点に居合わせる。行動がすべてを変え得るのを覚えて、挫けずに進むといー」



 背負うものの規模が大きすぎる。

 微塵も実感が湧かない。

 でも――


「可能性の先が強い私ばかりですし、なるようになりますよ」


「……その意気ー。勇敢で無謀で愚かなお前に贈り物あげちゃうー」


 なかなかボコボコにされているけど、もらえるものはもらっておくのが私の流儀。

 というわけで、キャシーさんがベット下収納から取り出したイヤリングを受け取る。

 黒い十字架の、片耳だけのイヤリングだ。



「名前は忘れたけど、一回だけクールタイムを強制終了させるアイテム」

「つよ」


 強力なアイテムの名が忘れられているなんてかわいそうなので、ストレージに入れてみる。



「あ」



 {破約のイヤリング}というのは確認できた。

 しかし、別の大事なことに気がついてしまった。


 ストレージから物を取り出す。

 {御守り}と{シフのメモ用紙}、そして{適応魔剣}の三つだ。



「お守りはストレージの肥やしになるくらいなら剣に括りつけるとして、問題はこっちですよね」

「体液付いてる。気持ちわるー」



 何か「一人になったら出してね☆」とか言ってた気が――



「ん? 体液?」


「そー。悪魔のヨダレー」



「はい?」

「よだれー」


 そっちもだけど、そっちより気になるところがあるでしょ。






「血よりかは目立たないと思ってね☆ それに、イケメンの唾液なんて人間の淑女にとってはご褒美だと思わないかい?」




「【適応】、【スラッシュ】」



 声のした背後に、持っていた剣で斬りつける。

 もちろん本気で。



「うわーお☆ 怒ってる?」

「おくたばりくださいやがれ」


「怖いね〜☆」

「それは当たり前で――誰ですか?」



 睨んだ先に居たのは、見知らぬ黒髪黒目の青年だった。

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