#34 【AWO】大会待機依頼受【オデッセイ】
「ムグッ…………」
ログイン完了したと思ったら、顔が何かに圧迫されていた。苦しい……。
「フムッ……!」
顔に絡みつく何かを無理矢理引き剥がして開放されると、ようやく状況が理解できた。
その何かとは、マナさんだったのだ。
「あぇ〜、おあお〜っう〜」
「おはようございます。朝ですよ」
「ゃい〜」
幸せそうな寝惚け顔で、聞き取れないむにゃむにゃ語を話している。カーテンは無く朝日がしっかり入ってるのに、布団にくるまって出ようとしない。
そんな姿も、可愛らしい。
「ほらほらー、お母さんの寝起きのキッスが欲しいんですかー?」
「あぇ? いにゃ〜いっすよ〜」
居ない?
それはどういう意味だろうか?
記憶を失う前の話なのは確かだけど……。
答えなんて出るはずがないのに、考えを巡らせる。寒がってるマナさんに抱きつきながら。
「マナさんはちっこいですねー」
「あぃ〜」
かゎぃぃ!!!!
「朝っぱらから何やってんのさ……」
「あ、サイレンさん、おはようございます。でも乙女の部屋をノック無しで開けるのはご法度ですよ?」
「おはよう、ノックはちゃんとしたし、鍵は開けっ放しだったし、こっちとしては心配したんだけど」
「そうですかー。後でいいですか? 今はご覧の通り忙しいので」
「一生続きそうだから、終わるまで見張ってる」
「あら、残念です」
渋々マナさんを開放し、起き上がる。
「マナさーん、起きてくださーい」
「んんぅ〜? あさぁ〜?」
「朝です」
「…………おはようっすぅ」
「おはようございます」
眠気まなこを
寝起きでふらついてる体を支えて手を引いていく。
「朝食行きましょうか」
「あ〜いっす〜」
階段を下りて一階のお食事スペースへ行く。
今更だけど、私たち誰もパジャマを持っていない。洗濯とか色々したいんだけどねー。
また今度買おうかな。
既に用意されている席に座る。
「サイレンさんが頼んでいたんですか?」
「そそ」
「ありがとうございます」
「ありがとうっす」
「別に気にしないで、食べて」
そう言ってサイレンさんは向かいの席に座る。
「いただきます」
「いただくっす」
何かのパイのようなものを口に運ぶ。
サクサクしていて食感が良い。
そして、この味……。
「りんごパイですか、すごいですね……」
「美味しいっす!」
二人揃ってりんごパイを頬張る。
美味美味。
ん?
食べるのに夢中で気づかなかったが、サイレンさんは新聞を読んでいる。
「サイレンさんはご飯要らないんですか?」
「あ、うん。昨夜食べたから」
「そうですか」
プレイヤーの仕様であったやつか。
なるほどね。
「何か面白い記事でもありました?」
「え? ……うーん、面白くはないけど」
食べながら、耳を傾ける。
サイレンさんの苦々しい顔から、面白い記事は期待できそうになさそうだ。
「基本的には大会で誰々が出るとかが多いかなー。あとは……王国と連合国の戦争の噂に、未踏の秘境であるエルフの集落と現女帝が癒着してる噂とかかな」
「噂止まりなら信憑性は薄そうですねー。というか大会の名前って“皇帝御前大会”でしたよね?」
「? そうだけど?」
「女帝なのか、皇帝なのか、どちらなのかなーと気になりまして」
パイの最後の一切れを飲み込む。
マナさんも丁度食べ終わった様子。
「ごちそうさまでした」
「ごちそうさまっす」
「どうなんだ……?」
サイレンさんは先程の質問を考え込んでいる。
私たちが食べ終わったのも気づいていないレベルで。
「教えてあげよう☆」
「はい?」
「え?」
「いつからそこに……?」
マナさんの隣に、一人の男が座っていた。
輝くような金髪に、白いハットを
服装は真っ白なジャケットを着ていて、英国紳士のような雰囲気を
身長が190とかありそうな程背も高い。
一般的にはイケメンの部類に入るのだろうが、本能的な何かが、この人を嫌悪させる。
勝手に【天眼】が発動するのを無視して、次の言葉を待つ。出てこようとする翼と光輪を必死に抑えながら。
「ああ、失敬☆ わたしは、そうだね…………シフ、とでも名乗っておこうかな☆」
怪しさ満点の登場の仕方も、名乗る時の間も、全てが
「私は――」
「結構☆ そちらの自己紹介は不要さ☆」
「そうですか」
仮面で目元は見えないが、ヘラヘラしているのと、語尾というか最後の方に星が出てそうな無駄に爽やかな口調がハッキリ言って気持ち悪い。
「今、この国の君主の座に座っているのは、ジェニー・ガーペ・プロフェツァイア、その人さ☆」
名前からすると、やはり女性だろうか。
「長い名前っすねー」
「偉い人は名前が長いんだよ」
「ほぇー」
マナさんとサイレンさんの気の抜ける会話を横目に、シフさんは話を続ける。
「彼女はれっきとした女性さ☆ でも、だからと言ってわざわざ女帝に呼び方を変えるのは腹が立つとのことで、基本的に皇帝呼びになったのさ☆」
あー、ジェンダー的なやつね。
「建前はね☆」
「ん?」
「単純に彼女は皇帝という語感や響きが良かったらしいよ☆」
「なら、新聞で記載が違ったのは……」
「別に統一してないから、適当なんだよ☆」
そんなんで皇帝が務まるのか、少し心配になってきた。
「あ、水無くなっから貰ってくるっす」
「いってらー」
「はーい」
マナさんが席を立ったのを見送り、他にも何か尋ねようとシフさんの方を向くと、消えていた。
「ひぇっ……!?」
「消えた?」
本当に一瞬目を離した隙に消えるなんて、怖すぎる。結局、妙に皇帝事情に詳しいあの人の素性も知れずじまいになってしまった。
「朝からホラーはおかしいでしょうに……」
「苦手なんだ?」
「…………いえ、別に苦手ではないです」
どこか
「得意ではないですが、苦手でもないので、まあ、簡単に言えば普通ですね。そもそも幽霊なんて居ませんし、シフさんに関しては、こういうファンタジー世界において消えるなんて出来てもおかしくありませんし――」
「言い訳にしか聞こえないぞー?」
「言い訳とか意識する方が苦手だと思いますよ。私は別に怖くないですし、朝から怖がるなんて子供でも難しいでしょうからね。そもそもシフさんがホラー要素として成り立たせるには誰かと一人にしか見えてなかったとかそういう孤独感の演出が必要になると思いますね。特にああいう明るめの性格だと――――――」
「分かった分かった、ミドっさんはホラー苦手じゃないのは十分分かったから」
「ふふん!」
喋り倒して喉が渇いたから、水を飲む。
いやー、これが勝利の美水かー。
「……勝ち誇ってるとこ悪いけど、周りの目も気にしなよ?」
「え? あ……」
周りを見渡してみると、他のお客さんや宿屋の人が生暖かい目でにこやかにこちらを見ていた。
恥ずかしい。
「何か
マナさんが戻ってきた。
「マナさん、悪いですけど今すぐ飲み干してください。出発しますよ」
「え? わ、分かったっす」
慌てて水を流し込むマナさんを引っ張りながら、急いで外に出る。
「耳まで真っ赤じゃん」
「何か言いました?」
「いえなんでもないです!」
余計な事を言うサイレンさんを黙らせて、宿屋を出て冒険者ギルド方面へ向かう。
「一度路地裏にはけて配信始めますね」
「了解っす」
「うん」
告知、開始っと。
「おはようございます、朝からどこぞの男の娘さんに煽られて不機嫌なミドリです」
「マナっす!」
「確かにそうなんだけど、言わなくてもいいじゃん…………サイレンです」
[天麩羅::おはミドリ〜]
[壁::おはミド〜]
[紅の園::おはミドリ〜]
[芋けんぴ::おはミド〜]
[テキーラうまうま::おはミド〜]
「三人合わせて――――」
「え? 何すか?」
「何それ、聞いてない」
「オデッセイ!」
「あー、それっすか」
「いや、先に言ってよ」
全く……他に無いのにこんなのも合わせられないとは。
「ワンアウトです」
「?」
「それ、三回貯まるとどうなるん?」
「解散とかでしょうか?」
「おー」
「結構シビアだ……」
[天変地異::解散!?]
[階段::エグくて草]
[トマト::草]
「さて、今日は大会の予選がありますが、運が良いのか悪いのか私たちは明日なので、今日は普通に冒険者として活動しようと思います」
「いぇーいっす!」
「後半の今日の予定は初めて聞いたなぁー」
「早速依頼を受けに行きましょう。もちろん一日で終わるやつですよー」
そう言って先頭を歩き出――
「ストップストップ! 無視は別にいいけど、冒険者ギルドは逆だから」
「え? こっちでは?」
「方向音痴は黙ってついてきなさい」
「…………マナさぁ〜ん! あの人が酷いこと言った〜、うぇーん」
「酷いっすよ! 見てっす、ミドリさん泣いちゃったじゃないっすかー!」
マナさんに泣きついて抱きつく。
あ、良い匂い。
「はぁぁ……。二人とも棒読みすぎて逆にツッコミ辛いんだよ。てか変態が映ってるんだが」
「さて、ふざけるのはここまででちゃんとしましょう」
「そうっすよー」
「…………」
不服そうな表情のサイレンさんは放っておき、マナさんとじゃれ合いながら、今度こそ冒険者ギルドへ足を運ぶ。
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