#59 今宵はモバイル銭湯、のち雷でしょう(byお天使お姉さんミドリ)



 食事の後、とんでもないものがシフさんの収納スキルから取り出された。


「【携帯銭湯】」



 小さなカプセルが、シフさんのその一言だけで突然大きな銭湯に早変わりした。




「最っっっっっ高ですね!」

「お〜、おっきい建物っすねー」

「うへぇ……」

「やはり古代文明の凄さが未知数すぎる……」

「あえっ? な、ナニコレぇ?」

 〈どらごん!〉

「GIGI……キュウシキケイタイセントウデス」



 クリスさんの質問を、ご丁寧にパナセアさんの小型機械が教えてくれる。旧式携帯銭湯ってことは、新型もあるということ。新型の方もください!



「その通り、これは今では滅多に見れない古代文明の残滓たる、スキル付きアイテムだよ☆ よく遺物アーティファクトとも呼ばれる物だね☆」


 何か結構大事なこと言ってない?


「ストップです。魔道具とは違うんですか?」


「魔道具は最近でも作れる人は居るから違うね☆ スキル付きアイテムは例外もあるけど、ロストテクノロジーと言って古代文明独自の技術だから、遺物アーティファクトと呼ばれているんだよ☆」


 なるほど。何となく分かったけど、


「例外というのは?」

「本当に稀に、職人が魂を込めて作った物にはスキルが宿るのさ☆ 不思議だろう?」


「まぁ、不思議ですね」

「一部では技神ぎしんが努力を見て付けてくれているのでは、とも噂されているよ☆ そんなことより、銭湯はいいのかい? もう二人以外入っていったけど☆」



「え?」



 辺りを見渡すと、確かに私とパナセアさんしか居なかった。パナセアさんはどうやら無言で私たちのやり取りを見守っていたようだ。

 いや、機械だからお湯が無理とかなのかもしれない。


「おぉー!」


 マナさんの声が銭湯の中から聞こえた。急がねば!




「では、私も行くので!」

「ちょっと待った☆ これ、はい」


 走り去ろうとしたのを止められ、シフさんから剣を渡される。急に何?


「これは……?」

「大会で大剣が折れてたからね☆ 適当に探したんだけどそれくらいしか良いのが無かったから勘弁してね☆」


「特別手当とか言うやつですか……」

「それもスキル付きアイテムで、吸魔剣きゅうまのつるぎ2号、という技神お手製の遺物アーティファクトだよ☆ 吸魔と言えばスキルが発動されるはず☆」



 何でそんな物を、とか色々言いたいことはあるけど……。


「2号ってダサすぎません?」

「それは本神に言っておくれ☆」


 天使だから会えるかもしれない。会えたら文句言ってやろう。



 ◇ ◇ ◇ ◇


 銭湯で、マナさんと何故か眼帯をつけたままのクリスさんと一緒に洗いっこしていると、あることに気付く。



「銭湯なのに、露天風呂あるじゃん!」

「ミドリさん? 急にどうしたっすか?」

「ひぁ!?」



 太古の昔の、何かのネタのアンチテーゼ的な言い回しをしてみたけど、ただクリスさんを無駄に驚かせるだけで終わってしまった。


 でも、普通の銭湯の奥に露天風呂があるから、驚いてふざけるも仕方ないよね。



「行きましょうか」

「え」

「?」



「あれ? 露天風呂ですよ?」



 ここで髪も体も洗ったから別に何の問題もないはずだけど、何でそんなピンと来ない表情をしているのだろう?



「裸で外に出るのは……変態ってやつっすよ?」



 マナさんのその言葉で、全て納得がいった。

 この二人、ここの世界の人達だった。クリスさんは知らなかったけど、露天風呂を知らないならそうなんだろう。


 これがカルチャーショックというやつね。聞いたことはあるけど実際に目の当たりにすると、私が変な人みたいに見られて辛い。



「大丈夫ですよ。ほらほら、来てくださーい」

「嫌っす! マナは変態になりたくないっす!」


 百聞は一見にしかず、腕を引っ張ってドアの外に出そうとするも、なかなか粘りおる。流石タンク。こんなに引っ張ってるのにまだ耐えるか……!




「私は変態じゃないですから、安心して来てください!」

「何言ってるっすか! ミドリさんは変態っす!」



 ……へぇ。


「あれ、ミドリさん? 急に黙りこくってどうしたっすか? あ、知ってるっす! これが図星ってやつっすね!」


「……」



「あの、ミドリさん?」



 力を緩め、マナさんの腕は掴んだままタオルを巻いたマナさんに近づく。



「ミド、みゃー!?」


 誰が変態だ。私は至って普通の凡人。身をもってわからせるために、


「こしょこしょの刑です」


「ぴゃあっあてゃむみいぃ!!!」



 腋、背中、首元、徹底的にこしょぐる。

 こちとら足が動かない生活が長いせいで、手先だけは器用なんだ。本気にさせたのが悪い。



「よいしょ」



 力が抜けたので、お姫様抱っこで露天風呂に入れる。……力はすぐ抜けてたけどね。続けたのはほんの出来心。




「さて、次はクリスさんですよ?」

「じじ、じ、自分で行けますからぁ!」



 慌てて走って露天風呂に向かうところを、

「キャッチ」


「あぇ?」



「お風呂場で走ると危ないんですよ? 悪い子にはお仕置きが必要ですねー」

「ひぃ……」


 クリスさんが同年齢くらいなんて野暮なツッコミは無しだ。悪い子へのお仕置きに年齢なんて関係ないよね!



「ぴにゃぁ、なあぁぁぁはわぁ……みょえぇぇえ!!!!」



 ◇ ◇ ◇ ◇



「ふぅ、お肌がツヤツヤになった気がします」



「男湯まで響いたんだけど、何したのさ……」



 お風呂上がりで、銭湯の外で合流。

 マナさんとクリスさんはもう寝る、とテントに向かってしまった。どらごんもマナさんについて行った。



「そんなことより、パナセアさんとシフさんが見当たりませんね。もしかして、大人のナイトフィーバータイムでしょうか?」


「……!?」



 凄い動揺してる。あんな遠回しに言ったのに、ツッコミもできないぐらい効いちゃってる。サイレンさんに寝取られ趣味は無かったみたい。


 ちなみに、寝取られ趣味とドMを兼ね合わせると無敵になれる。私はそんな無敵嫌だけど。



「本当に、大人のナイトフィーバータイム入ってるかな? どどど、どうすれば……」


「痛いです。揺らさないでください」



 童貞動揺どうしよう状態のサイレンさんに、肩を揺らされて、頭も揺れて、世界が揺れて、星が線状になって――


 いや、あれ線状でもないや。何かギザギザしてない?



「ちょっと、サイレンさん、落ち着いてください。後ろ、後ろ」


「ぼくはもうワンチャンもない? 脳が破壊されるぅ!!」



 私の目の前、サイレンさんの真後ろに、明るく発光している鶏が。じっとこちらを見つめて――



「コケココ」


「てぃ! どうも、すみません。あの人には言い聞かせておくので、ここは一つ、見逃してくれませんか?」



 サイレンさんを適当に投げ飛ばして、鶏に謝罪をする。

 近所の騒音問題にしては怖すぎる。まだヤクザの方がマシでしょ。自分の身長の十倍近くある鶏とか、現実であったら漏らしてもおかしくない。


「コケコォ」


「ありがとうございます。二度とあのような負け犬の遠吠えなんて聞かせませんので、ご安心してお休み下さい」



 ノソノソと帰っていくのを敬礼しながら見送る。

 言葉が通じたのかは分からないが、何とかなってよかった。




「どうかし、ひぃ……ば、化け物ぉ!」


 足音がうるさくて起きたのか、テントから出てきたクリスさんが悲鳴を上げる。タイミングよ。



「コケー」



 ジッとクリスさんを眺めている。怖い怖い。何この空気。誰か、お笑い芸人でも呼んでこの空気を何とかして。


「ふぁ〜……何か騒がしいっすね〜」



 マナさんまで起きてしまった。もうどうにでもなれ。為す術なく、膝をついて神に祈る。


「あ、こんばんはっす」

「コケコココ」



「あー、それはミドリさんのせいっすね」

「コケコ?」



 ん?


「私たちにこしょこしょしたんすよー」

「コケケ!?」


「そうっす」

「コケ……」



 え、何? 何か私が睨まれてるんだけど。会話通じてるの? マナさんは災獣と会話するスキルでも持ってるの?



「コケェエ!!!!」


「え、ちょ――」



「コケェェェェ!」

「いやあああ!?」



 急に追いかけられ始めた。何これ。私のせいなの? 私がこちょこちょしたから、その騒ぎ声で騒音問題に発展したの?



「ごめんなさい! もうしませんから!」

「コケコケコッコーー!」



 聞いてくれない。雷を振り撒きながら、私に迫ってくる。鶏の足で何故そんなに速いのさ!


「む、これはどういう状況だ……?」

「なかなか愉快なことになってるねぇ☆」


 高台に二人が居た。



「助けてください!」



「もちろ――」

「まあまあ、きっと彼女なら何とかするさ☆ 自分達のリーダーの対応力を見てみたいと思わないかい?」


「……あのマナくんの様子からして、何となく察したよ。君の言うことは信じないと誓ったばかりだから、仲間を見て判断するよ」

「あらら、それは残念だ☆」



 無視された。



「もう、勘弁してください!」

「コケー!」


 加速した!?


「【飛翔】!」


 私も飛んで逃げよう。

 そうだ! 効果時間ギリギリまで上空にいればいいんだ。


「そーい」

「コケココッ!」



 元々山頂なだけあって高い。下見たら高所恐怖症の人は気絶しそうな高さだ。もう少し。



「へ? あぁぁぁ――――」



 突然、異常な乱気流のようなのに飲まれた。

 高速で揉みくちゃにされ、携帯銭湯にあった寝巻きが着崩れる。


「――ぁぁ、ん?」



 地面を背に、急停止した。一体何だったん――




「ガハッ!?」



 正面から乱気流の中より強い風圧で真下に吹き飛ばされる。勢いが強すぎて、このままだと間違いなく死ぬ。




「ふんぬぅぅぅ!」



【飛翔】を全開で逆方向に使う。

 地面スレスレで止まれた。


「はあはあ、何なの……」

「コケコッコー!」


「あ、どうも」

「コォーー!」



「痛っ……くない、もしかして、許してくれたんですか?」

「コケ」



 何を言ってるのかサッパリ分からないけど、きっと私の勇姿を讃えてくれているんだろう。全く状況が理解できないけど、生還したということで、一件落着!



「いやー、危なかったね☆ 注意するのを忘れてたよ☆」


 シフさんが腹を抱えて現れた。人が死にかけたのに、よく笑えるね。


「一応この山に合わせて高さも少し高めになってるらしいけど、どこでも上空には近づかないのをオススメするよ☆ 世界中、どこの上空もああなるからね☆」


「どういう原理であんな――」



「あ、今晩は見張りは必要ないよ☆ こっちでやっとくから☆」



 何かを隠すように、足早に去ってしまった。



「コケコケココ」

「そうですね」



 言葉は通じないけど、シフさんが胡散臭いという気持ちはきっと同じ。災獣なんて呼ばれてるけど、どらごんと同じように意外と凶暴じゃないのかもしれない。


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