#77 私の人生はそこで一度終わって、始まったんです





みどり、裏か表か」


「おもて!」

「じゃあパパは裏だなー」



 私の父は世間一般的な人間ではなかった。



「お、裏だな。惜しかったなー」

「パパずるした!」


「してないぞー。パパは最強だからな!」

「さいこー?」



 運で生きてきた人間。

 人生をチップにマグレと偶然で生きていた変人。


 お父さんは必要になった時にフラっとどこかに出掛け、結構な額を稼いできていた。国内では競馬、宝くじでガッツリ当てる。たまに海外のお土産もあったから外国でカジノもやってたりしてたのだろう。


 謎の豪運で稼いでくるし、家には結構居て家族仲も普通に良かったから構わない。



「じゃんけんの必勝法を教えてしんぜよう!」

「ぜよう!」


「何も考えずに本能のままだすのだあ!」

「まま!」



「はいはい、変なことを教えないでよ?」

「いや、この子は俺と同じかそれ以上の天才のはずなんだよ。きっと立派なギャンブラーになる」



「がんぶらー」



「この子は頭がいいから普通に安定な道を行きそうだけどね」

「まぁどんな道を進んでも、みどりは大丈夫だろうな」




「みどり、がんばる!」



「「かわいい」」




 本当に平和な家庭だった。

 この頃は私も何の不自由もせず、呑気に生きていた。





「パパ! これなにー?」

「ん? それは砂の地球だ。かっこいいだろ」


「へー、パパすごい!」

「ふふん。パパを運だけだと思うなよー」



 運。


 運という字は、“運命”から来ていると思う。

 言葉遊びのようだけど、運命から運が離れたら、無くなったら、命が剥き出しになる。

 剥き出しの命は簡単に潰える。運という防波堤が無くなった弱点は危険な世界に長くは存在できない。


 それほど運と命は切っても切れない関係だと、私は思う。



 そして運とは、大なり小なり強まったり弱まったりするものだ。



 生まれてずっと豪運だったお父さんは、ずっと上振れ付近で細かく動いていた。


 それが唐突に終わってもおかしくない。上振れの反動でとんでもない不運に見舞われてもおかしくはない。






 ――だから、死んだ。





 そうお母さんには慰められた。



 何でもない日常。

 私が小学一、二年生の頃だった。


 元気が有り余って青信号になったと同時に走ったから。私が左右の確認を怠ったから。


 私をかばって、トラックに轢かれたのだ。



「パパ……?」

「……み、どり……心配すんな。ちょっと異世界にでも行って……がっぽり、ゴホッ! ……稼いで来るから。生きて、待ってろよ――」



 それだけ言い遺してその場で息を引き取った。

 それを見て、私も目を閉ざした。



 一日経たずに私は再び目を開けた。

 私は生まれつき体が頑丈で健康だったので、病院に来たのは初めてで少しはしゃいだが――



「あれ?」


 動けなかった。

 腰から下がビクともしなくなっていた。




「ねえ、パパは?」

「……ちょっと遠くに行ってるの。きっと帰ってくるわ」


「そうなんだ! また遊びたいなー」



 そんな嘘は通じない。目の前で死んでいったのだ。でも、お母さんに心配させまいと信じたフリをした。


 

 少ししてお葬式が執り行われた。

 涙を堪えて、笑顔で見送った。


 最初は良かった。

 周りの人のため、よく分からないフリをして笑顔で過ごせた。



「なんで俺がこんなガキに謝んなきなきゃいけねぇんだ」

「せめてこの子に謝って! 父親と足を奪われたのよ!」



 トラックの運転手との面会。

 ガラス越しにお母さんは謝罪を要求した。

 今考えるとお母さんも精神的に辛かったのだろう。気休めにでも謝って欲しかったんだと思う。



「そもそもこいつのせいで俺は捕まったんだ。俺が責められるいわれはねぇ」

「貴方ねえ!」


「私はいいです。檻の中で反省してください」



 私は謝罪なんて要らなかった。

 そんなことでお父さんは戻ってこないのだから。



「だそうだぜ、奥さん。反省しまーす」

「いい加減にっ!」


「――のに」


 初めて、私は殺意を覚えた。

 車椅子に置く手に力が入った。

 奥歯を噛み締める力が強くなった。

 心がぐちゃぐちゃになった。



「お父さんじゃなくて、お前が死ねば良かったのに」

「はぁ?」



「殺してやる殺してやる殺して」

「はっ。その足で何ができんだよ」


「みど――」



 気付いたら車椅子から転げ落ちていた。

 腕の力だけで立とうとしたようだった。

 爪の食いこんだこぶしは、届かなかったのだ。


 暴れた。

 今までの鬱憤を晴らすかのように、上半身だけで必死に現実を否定した。現実に抵抗した。



 そして、私は心を閉ざした。

 お父さんの死はなんだったのか。どうしてクズが生きててお父さんが死ななければいけなかったのか。


 もう誰とも話したくなかった。




 ◆ ◆ ◆ ◆




「私の人生はそこで一度終わって、始まったんです。きっかけは黒川 れいさんという方との出会い――」


「すぅ」



「ん? 寝てる?」




 長かったのかな。

 私のせいで眠れなかったし、睡眠前の読み聞かせとして役立てたのならよしとしよう。



「……ねむ」



 ふかふかのベッドの上、思い返すのも中々辛かったのもあって疲れた。


 ふわふわしてくる。



「でも、ここで寝落ちしたらいけないよね。ちゃんとログアウトしないと……」



 あ、無理そう。





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