##42 免許皆伝RTA、ハージマールヨー
「むむむ……」
「雑念が出ているぞ!」
現在、私はなぜか座禅で精神統一を行っている。
一人前の忍者として、免許皆伝するための試練を乗り越えるための修行なのだ。
謎の誤解をされて半ば強引に忍装束を着ることになった時は焦ったが、よく考えたら面白そうなので、コガネさんに事情をメッセージで説明して妖怪退治はおまかせすることにした。
折角の機会だから忍者になってみたいのだ。おそらくこういうゲームをしている人間はみんなそうするだろう。
「――――」
雑念を捨て、私は無になる。
一度連合国で真っ白になりかけたから感覚は分かっている。あそこまでいかずとも、ボーッとするのは得意だ。
「――――」
目を瞑っているが、左後方から竹刀で叩かれそうな気がする。振りかぶった揺らめきを感じた。
タイミングを合わせて風に揺れるすすきのように自然に首を動かして躱す。
「ほう、本当に筋がいい。もう座禅は十分だ。次の修行に移ろう。滝行を行うから奥の小屋で着替えてきなさい」
「はい!」
[天麩羅::この堕天使どこを目指してるんた?]
[あ::なんでスキルとかも無しに今の避けられるん? 人間やめてない?]
[◆ミドリ◆::人がいるから話せないし、滝行でポロリでもしたら嫌なので今日はこの辺で終わります。帰り道が分からなかったらまた再開するかもです。さいならー]
[紅の園::忍者の修行というかお坊さんの修行みたい]
[コラコーラ::これ何ヶ月かかるんだ?]
[芋けんぴ::滝行いいね!]
[枝豆::お、了解〜おつです〜]
[海老丼::そんなー!]
[リボン::なるほど。乙ですー!]
配信を切る。
ポロリはともかく、滝行で透けて画面の肌色面積からBANされたら嫌だからね。
小屋で滝行用の服に着替え、とんでもない大きさの滝へ向かう。音が滝というよりライブ会場だ。
爆音にも程がある。大きさはだいたいその辺の20階建てのビルくらいは優にある。
「これに打たれろと……」
「違うぞ」
「あ、師匠。では何をするんです?」
「この滝には面妖な魚が上から流れ落ちてくる。それを避けながら、滝登り中の気性の荒い鯉を素手で捕まえるのだ」
なにそれと思ったが、よく見てみると滝の中に魚らしきシルエットが窺えた。
「鯉、かなり上の方にいません?」
「忍者たるもの、逆流の中を進まねばならない時もある。本来ならもう少し段階を踏むのだが、君ならできると思ってな」
「期待には応えたいので、見本だけ見せてくれます?」
「当然そのつもりだ。よく見ていなさい」
師匠も着替えているから薄々できるんだろうとは思っていたけど、本当にやるのか。
滝の着水点に真正面から向かう師匠をよく観察する。
絶え間なく流れ落ちてくる水の中に全身を入れ、そのまま水の流れに逆らってスイスイと影が登っていく。私にも見えやすいように影で見えるようにしてくれているのだろう。
というか水しぶきひとつあげすにスルーッと移動しているが、あれ相当難しくない?
私もあの水準を求められるの?
「おー」
あっという間に大きな鯉を捕まえた師匠は、そのまま私の目の前まで一気にジャンプして戻ってきた。身体能力も化け物じみている。
「こんな感じだ」
「ちなみに滝を泳ぐ時のコツとかあります?」
「流れに身を任せていると言い聞かせながら、無意識下で滝以上の出力の歩行をするだけだ。あれは泳ぎではなく、水中での歩行に過ぎないからな」
「と、とりあえずやってみます」
水中歩行ねー。
てっきりプールとかでゆったり歩くイメージだと思っていたけど、私がプールに行かないから知らないだけで、本当は滝を階段のように登る技術なのだろうか。
……絶対違うだろうなー。
無理だとは思うが、やれるだけやってみよう。
挑戦こそ人生を豊かにするって、誰かが言ってた気がするし。知らないけど。
「すーー! ふん!」
あれ、よく考えたらこれどうやって息継ぎするの?
師匠全く滝から出てなかったけど?
まさか息継ぎ無しで頑張らないとなのか。
「ぼべっ……」
呑気に固まっていたら頭の上から魚が降ってきた。これを避けながら進まないといけないんだった。
ステータスのお陰で滝の水圧も降り注ぐ魚も大して痛くないのだが、気分はあまり良くないので早急に終わらせたい。
まずは魚を避けないと進んでも戻されるからよく感覚を研ぎ澄ませて躱していく。
次に、何とか水中で歩けないか足を動かしてみる。
――やはりバタバタするだけではミリも高度は変わらないか。
どうしたものか。
「わ゛!」
そうだ。昔何かで、空中でも片方の足が地面に着く前に踏めば自由に歩けるとか何とか、そんな感じのを読んだ覚えがある。
確かそれにはかなりの速度が必要とか解説されていた記憶だけど、やってみる価値はあるかもしれない。水中だし滝の水圧で水自体も液体でありながら実質固体に近いからね。
……イメージしろ、私。
水の床を踏むイメージ。全力全開で足を動かせ。
そして迫り来る魚を感じろ。
「ぼぶぶぶぅ!!!」
水中で雄叫びも泡の音だが、心なしか上へ歩けている気がする。この調子だ。この滝の中は私の世界だと思えばいい。
世界系スキルは何度も使ってきた。自由自在に操り、動かせる感覚はよく知っている。ならば、水を足場にするくらいなんてことない。
無理も道理。
無茶も紅茶。
私は何を言っているのだろう。脳死で気合を入れているからよく分からないや。
『スキル:【水中活動】を獲得しました』
「ぶぐに゛ゃぁ!!」
必死に足を動かし、鯉を見逃さないように水中でも目を凝らし、邪魔な魚を感覚だけで避け続け、遂に私は目標を捕らえることができた。
水を壁のような感覚で蹴って師匠の元へ戻る。
師匠もこうやってジャンプして戻ってきたのだろう。今となっては納得だ。
「ぜぇ、ふぅ……できました!」
「まさかこれほど簡単に成し遂げるとは。素晴らしい。君なら歴代最高の忍になれるだろう」
「わーい」
後継者になれとか言われそう。
そうなったら逃げよう。流石に国外までは追ってこないだろう。
「ここまでやれるのなら次で試練の前の最後の修行にしよう」
「お願いします!」
本来今の修行を乗り越えるのにはやはり相当の期間が必要なのだろう。持ち前の動体視力と空間認識能力、そして数々の経験が私をここまで支えてくれている。
……空間認識能力さんには是非迷子癖も直していただきたい。
「着替えたら屋敷の前に来なさい」
「了解です」
いくら迷子とはいえ、小屋から見えるので流石に迷わない。これはフラグではなく本当に。
◇ ◇ ◇ ◇
「では、最後の修行の説明を行う」
「はい!」
「いい返事だ。最後の修行はずばり、忍としての本領――潜伏だ」
「ついに来ましたか。あの葉っぱに化けていた技ですね」
あそこまでのレベルになると間違いなくスキルが必要だとは思うけど、やれるようになれたら何かに活きるのは確定だ。
「その通り。とはいえ、変化は向き不向きが色濃く出る分野だ。あそこまでは求めていないとも」
「へえ、そうなんですか」
忍者の道は奥が深い。
私の主観だと忍者は口から火も吹くし、冬の避寒地で溶岩遊泳も試みる超人なイメージだったけど、ちゃんと向き不向きとかもあるのか。
「今回達成目標にするのは、風景に溶け込めるようになるまでだ。視覚的な話ではなく、他者の認識、気配の点で溶け込むのだ」
「頑張ります!」
「いや、頑張ってはならん。そこにいても気付かれない存在感になるには余計な力みは邪魔となる」
「なるほど、無になるんですね」
座禅でやったことがこうやって効いてくると。
いいね。こういうパズルのパーツがはまるような瞬間が一番気持ちいい。
「――――」
無になれ、私は風景。私は道端の石よりも存在感の無い空気。今、この瞬間だけでも世界一地味な背景になるのだ。
「――」
「ふむ」
「――――――」
「もういい」
あら、随分と早い。
こんなあッさりとクリアしてしまうとは。
私ってば才能の塊〜!
「てんでダメだな。忍者に向いていないくらいには存在感がありすぎる」
「え……」
「それに、こういう指南役も飽きた。種明かしといこうか」
忍装束からボロボロの服に代わった。そしてずっと隠されていた顔が明らかになった。
少年のような姿をしているが、明らかに人間では無いオーラを感じる。手に持っているのは何かの葉で形成されたうちわだ。
まるで――
「わっしは大天狗。呪術の祖にして
関わらないようにと葉小紅さんに注意されていた対象に、図らずも弟子入りしていた件。
師匠は大天狗であろうが師匠だから、便宜上師匠と呼ばせてもらうが、正直【不退転の覚悟】が必須な相手だ。あまり戦いたくない。
中立って聞いたし、ここは師匠の出方を見てから対応した方が良さそうだ。
「【霊魂之版:
「ゆ、幽霊……?」
師匠がよりによって幽霊を呼び出した。
宮本武蔵のこの世界バージョンの人だろうか?
そういう名前にならないように運営が調整したりしているのか気になるところではあるが、それ以上に師匠がどういう行動をとるのか読めなくて気が気ではない。
「そう怖がるな。お前の相手はこいつだけだ。わっしの興味はもうお前には向いていない」
「それはどうも?」
「まあそのエセ忍装束はくれてやる。本物ソックリだから売れば高値がつくこと間違いなしだ。じゃあな」
それだけ言い残して風になって消えてしまった。
怒涛の展開だ。
しかし、そう落ち着いていられないのも現実。
〈拙者の名は宮本武刺。異邦の強者と剣を交えるため、輪廻の輪から舞い戻りし流浪の侍だ〉
「自我があるならまだマシですね。その立ち振る舞いからしてきっと名高い剣豪でしょう。胸をお借りします」
〈そうか、では
「ええ! 私はミドリ、まだ見ぬ強さを追い求める旅人です!」
相手は二刀流。現実の宮本武蔵はあくまで二刀流で訓練していたのであって実際に二刀流で戦ったりはしていないようだが、ここはゲームの世界。それに別人だから関係ない。
何れにせよ、油断できる相手ではない。
お互いに見合ってから、私と彼は瞬く間に抜刀して刀を交差させた。
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