##26 女神と英雄

 



 相手の神としての力が弱まる。




「これは……なかなか面白い」


「ズルいとは言わせませんよ」




「構わんさ。それでこそ俺の後輩だ」


「はいはい、好きに言ってなさいな」



 余裕ぶっている相手に遠慮なく肉薄する。

 不意打ち気味に放った斬撃は頬をかすめた。



 即座に私の周囲からエネルギーの弾丸を出して追撃。しかしアクロバティックな動きで躱されて距離が空く。



「【黒霧招集】【原初の英雄】」



 無色透明で鮮烈な光と、ドス黒い霧が男を包む。

 きっと昔は誰もが憧れた英雄だったのだろう。戦っている私すらも、その真っ直ぐな強さに憧れを抱いてしまうほどには眩しい光だ。


 だけど、それ以上に彼の霧は途方もない暗さだ。

 先が見えないような絶望という心の闇が具現化したような霧。私では払うことの出来ない彼のモヤモヤがよく伝わってくる。


 私にできるのは、物理的に彼を倒すことだけ。きっとそれでいい。私に彼の本当のモヤモヤは晴らせない。



「『紅く輝け』【命の灯火ソルス・ノヴァ】」



 紅い火がともる。

 フワフワと浮かぶそれに私は剣を添えた。




「【適応】」



 火が剣に宿った。

 私の知らない、彼女がたった一度だけ使っていた【適応】の真価だ。



「……」



 ゆっくりと歩いて近付く。

 同時に黒い霧を含んだ風の刃が一瞬で数百発迫る。

 私はそれを難なく一振りでかき消した。




「しっ――!」


「ふっ!」



 一気に加速して一閃。

 互いの剣が通過し、背中を向け合う形になる。




「見事」



 私のただ一人の先輩が倒れた。

 彼にまとわりついていた黒い霧は霧散していく。同時に体も消えかかっている。不死者っぽかったから消滅してしまうのだろう。

 最期だというのに、どこか満足げな表情には少し腹が立つ。



「俺は、僕は途方もない絶望に挫けてしまった。あの女神様の期待は荷が重すぎたんだ。でも、お前なら平気そうだ。僕のように未来を自分で閉ざして可能性を捨て去ることもしないだろう」



「なるほど、【不退転の覚悟】は使わなかったのではなく使えなかったのですか。貴方が霧の中に閉じこもって進歩の無い道を選んでしまったから……」



「それ以上恥を晒してくれるな」





 だから、私を試すように、そして鍛えるようなことをしたのだろう。彼が英雄と呼ばれていた頃の自分を私に重ねて、託すために。



「……フェアさんと会わなくていいんですか? 彼女を殺すとか言ってませんでしたっけ?」



「そんなことは言っていない。いいか、人間の先輩として言わせてもらうと、いい女ってのは意図的にしろ故意にしろ人を騙して手玉にとるものなんだよ」



 薄々勘づいていたけど、この人はフェアさんに騙されたと自分を思い込ませて距離を置いていたようだ。その理由も弱っちい自分を見られるのが嫌だった、っていう中学生みたいな恋愛感情なのかもしれない。


 まあこの人の性癖の話は心底どうでもいいけど。



「――それに黒霧は神の目から逃れるためのものだ。今更会ったところでヤツも引きこもりと話すことなんて無いだろう?」


「それは……本人にしか分かりませんよ」




 背後に馴染みのある気配を感じて、私は一歩横にずれた。



「ちょっとちょっと! 何勝手に先輩後輩同士で戦ってるの! というかピスちゃんどこにいたのよ!? ずーーーっとずっとずっと探してたんだからね!」



「フェアイニグ様……? 何故ここに――」



 相変わらず元気な女神さんだこと。

 こんなアホそうな神が陥れるなんて絶対無理だろうな……たぶん先輩もそう思っていたけど頑張って恋心を抑えて敵意を抱くようにしていたはずだ。



「フェアさん意外とフットワーク軽いですね。この人のひきこもりは貴方の神殿にひきこもってる様子を真似たものかな、とも考えていたんですけど」


「ひ、ひきこもりじゃないし! ってミドリちゃんなにその姿……なんかゾワゾワする」




「ああ、これフェアさんを殺した世界線のやつですしゾワゾワもするでしょうね」



「こわぁ……」




 ドン引きしつつ、フェアさんは横たわって消えつつある先輩の元へ歩く。

 そして、何の言葉も発さずに自身の膝に彼の頭を乗せた。


 私は彼女らに背を向けて壁を見つめる。ボロボロながらもなぜか綺麗に残っている鏡を眺めて、自分のダークな姿をスクショにおさめていく。

 あとでファンサとしてアップしてあげよう。




「フェアイニグ様……僕は…………」


「ごめんなさいね、無茶な力を与えてしまって。そしてありがとう。よく頑張ったわね」



「僕は、僕は国を滅ぼしました。家族も大切な人たちをもこの手で殺しました」


「……うん、知ってる」




「そして人が怖くて閉じこもりました、そして何より貴女にこんな僕は見て欲しくなかった」


「そっか」




「だから、そんな僕が……こんな幸せな最期は相応しくない。次の世代の者に無様に負けた愚かな負け犬として――」


「嫌よ。ピスちゃんは紛れもない英雄、原初の英雄だもの」




 私には二人の物語を知らないし、知ろうとも思わない。



「それに、あんな昔から辛抱して今までここにいたんでしょう? なら少しくらい報われてもいいと思うの」


「貴女がそれを言うか……」




「えへへっ、まあこれでもあたしはちゃんと終活してるから大丈夫大丈夫♪」


「よく分からないが大丈夫なのか?」




「まあまあ、ゆっくりおやすみなさい。ピスちゃんの勇姿は、あたしとキミの後輩がしかと目に焼き付けたからさ」


「……! そう、だな……また違う形で出会えたら――いやそれはないか」




 フェアさんが優しく彼の頭を撫でている。

 今この瞬間だけは女神と呼んでも差し支えない女神さである。



「後輩」


「何ですか先輩?」




 てっきりそのまま逝くと思っていたが、私にも何か言いたいことがあったらしい。これから眠る人の言葉を無視するほど鬼でもないので聞いてあげる。




「精々足掻け……僕らは過酷な運命を背負っている。這いつくばってでも未来を手繰り寄せるんだ。いいな?」



「もちろん、言われるまでもありません」




「……ふっ、頼もしい後輩だ。ああ、そうだ。僕の妹の成仏も任せた」


「え……?」



 妹?

 どゆこと?



「では、フェアイニグ様。僕は消えるが、後輩をよろしくお願いする。おやすみなさい」



「任せてちょうだい! おやすみ!」



 フェアさんに挨拶を言ってから、眠るような表情でそのまま消滅してしまった。


 ――いや説明は!?




「妹って何なんですか!」



「まあまあ、すぐに分かると思うよ。それよりミドリちゃん」



「はい?」


「実は今回の顕現で顕現できるのが残り1回になっちゃて、本当は別のタイミングで援護する予定だっだんだけど……」



「何ですかじれったい」


「いやー、実は次のプレイヤーイベント超絶ヤバい厄ネタをプレイヤーに押しつけてくると思うんだけどさ、そこの直接的なサポートが無理だから――頑張ってね!」



 とんでないネタバレと、嫌な予感しかしない応援だ。

 もしかしてだけど、あの先輩と女神さんの恋愛事情とかのせいで私の負荷が高まっているのだろうか。……ぶん殴ってやろうか。




「あとあと、ミドリちゃんもちゃんと休んでね。その負荷かけるスキル連続で使うものじゃないし、あの凄い火はそういう使い方したら剣がやられるから気を付けてね。もう遅いけど」



「何言って――あれ? 私いつの間に倒れて……それに何だかねむたい…………」




 気付かぬ間に私は倒れていた。【不退転の覚悟】の効果は切れていて怪我も皆無なのに、身体がビクともしない。

 そして{適応魔剣}の持ち手の部分が焼け爛れていた。小さく【適応】と言っても発動しない。

 熱で完全に壊れたようだ。どうしよう?



「うーん、このクラスの代物ならあたしがなんとかできそうね。でも今ここで直すには時間も素材も足りないから、今度神殿でやろうかしら」


「よかった、直せるんですね……ふわぁあ……」



 眠くて眠くてたまらない。

 睡魔に抗えず、瞼が閉じていく――――



「おやすみなさい、そしてまだ終わってないから頑張ってね」



 フェアさんの優しげな声が聞こえて、私は夢に潜った。



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