#99 第五回イベント「光陰の矢」




 〈おい小娘〉


「……さて、まずは状況を確認しないとですね。皆さんの視点では何が映ってましたか?」





[枝豆::なんか声聞こえない?]

[あ::それより男の人の声が聞こえるんやが無視するスタイル?]

[カレン::虹色の光と後から出てきた紫の光に呑まれてたのが映ってましたよ]

[天変地異::謎のイケボはどこから……?]




 カメラからでは中の様子は見えていなかったようだ。時計に関する報告も無いので謎は謎のまま。

 本当にあの時計が何なのかさっぱりわからずじまいだ。

 どこかの誰かが助けてくれたのかと思ったりもしたがその影もないようだし。


 ま、分からないことは考えても分かんないか。

 気を取り直してシロさん達と合流しよう。




 〈おい、天使の小娘〉

「…………」



 〈聞こえているのであろう。無視するな〉

「どこの誰で、何の用でしょう?」



 〈お前の足に閉じ込められた。早くここから出せ〉

「……貴方、自分から入ったじゃないですか。ていうか喋れたんですね」



 現実逃避したくて無視していたが、無視を貫く気力も残っていないので応えてあげる。


 話の内容からしてあの虹色の犬なのは間違いない。



 〈封印で弱まっていたから喋れなかっただけだ〉

「あれで封印……?」




 宝箱の中に「拾ってください」のダンボールみたいな感じで入れられていただけなのに?


 大きな宝箱を開けた時の絵面を思い出して、思わず首を傾げてしまった。



 〈何だ?〉

「いえ、何でもないです」



 〈そうか? まあいいが……さっきの時計の針が俺様は元の力まで回復して、お前は俺様の力に慣れたってわけだ〉


「すみません、はてなマーク五個くらい浮かんでます」



 進めるというのは時間をとかなのかな?

 でもいくらファンタジーとはいえ、あくまでここはゲームなんだからプレイヤーという外部の人間が関わってくるから無理では?

 そもそもあの時計は何なの?


 そんな疑問が頭の中を埋め尽くす。



 〈――――頭悪ぃな〉

「……喧嘩ですか? いいですよ買いますよ。出てきなさい。コテンパンにしてやりますから!」



 〈だから出せって言ってんだろ!〉

「知りませんよ、私閉じ込めてませんから」


 〈はぁ? だが――――〉



 ブツブツと考え始めたのでそろそろ視聴者さんたちにも相談してみよう。三人寄れば文殊の知恵とか言うからね。



「と、まあそういうことで変な犬が私の足に取り憑いたので、どなたか有識者の方はアドバイスくれると嬉しいです」




[タイル::そんな有識者いてたまるか]

[紅の園::霊媒師案件?]

[ベルルル::ファンタジーイッヌは凄いなぁ…]

[セナ::そんな人居る?]




 ネットの海はヒロシさんと言えど、流石に今回は前代未聞らしい。それはそうだ。


 私も「虹色の犬が顔からにゅっと入って足まで行って出られなくなる」なんてことを言われたら、頭おかしいんじゃないかと心配するだろう。インフルエンザの時の夢ぐらいしかそんなシチュエーションは出てこない。



 〈――おい小娘〉

「はぁ、なんですか犬さん? 私にはミドリという素晴らしく愛らしい名前があるんですが」



 〈誰が犬だ! 俺様をそんなのと一緒にすんじゃねえ!〉

「犬じゃないなら狼ですか?」


 〈誰がっ…………そうだな、狼であってる。な、何だ! 何が面白い!〉

「いえ、ぷっ……何でも、ないですよ?」



 私が適当に変なのを挙げると思ってツッコミを構えていたのが面白かったので、小馬鹿にするような笑いが漏れてしまった。

 誤魔化して話題を戻す。



「それで、私から抜け出す方法分かりました?」

 〈あ、そうだったな〉



 この反応は間違いなく忘れてたね。ポンコツめ。

 今更可愛子ぶっても私の猫派は揺るがないぞー?


 話が長くなると私が一人で喋ってるような絵面になるので、体操座りに体制を変える。



 〈俺様が出られないのはお前の中で回っている針のせいだ。止めろ〉

「針なんてまったく心当たりないんですけど」


 〈時計の針だぞ? お前の体内にあって何故分からない?〉

「いや、私も結構な数修羅場をくぐってきましたが体の中に時計を埋め込まれるような状況には陥ってないんですよ」



 〈……出せないのか?〉

「私からどうこうは無理です。…………一応確認、ステータスオープン」




 ########

 NEW!

 称号:色の飼い主



 ########



 称号が一つ増えただけで他に変化は無い。

 結構頑張ったんだからレベル上げてくれてもいいのに、ケチだ。



「不本意ながら貴方の飼い主になったぐらいで特段変化も無いですね」

 〈はあぁ〜、なんで俺様がこんなアホ面の天使なんかの中に閉じ込められなきゃいけないんだ……〉



「飼い主に喧嘩を売るとは躾が必要みたいですね。私のさじ加減で足に痛みを送れるんですよ?」

 〈痛覚はこっちまで来ねぇよ、バーカ〉



「たかが狼風情にバカ呼ばわりされるのを見過ごせるほど寛容じゃないので、最終手段といきましょうか」

 〈ほう?〉



 没入感が薄れるのであまりやりたくなかったが、この際仕方ない。配信してる時点で没入感とはって感じでもあるし。

 私達プレイヤーに許された権利を、存分に行使させて頂こう。



 メニュー画面からとある項目をポチッとな。



「来たれ、GMコール!」



『は、ははは、はい! バナナです、何でしょう……ごめんなさい』



 SFチックにポリゴンを撒き散らして出現したのは、黄色の髪に褐色の――幼女ロリであった!


 タレ目に少しばかりの涙が乗っているのが、私の母性性癖をくすぐってくる。


「――――ぉお」

 〈なんだこの気味の悪い気配は?〉



『ご、ごめんなさい! 気味悪くてごめんなさい。そ、それとあなたは大丈夫ですか?』



「――ハッ!? すみません。少し(新たなロリ成分に当てられて)目眩が……」


 自分の足を軽くつねりながら応える。

 名前も知らない狼は私の言わんとすることが分かったのか黙った。賢明な判断だね。



[天々::かわいい]

[郵便受け::運営さん画面の中に変態が]

[芋けんぴ::幼女に恵まれる環境なのかな?]

[あ::ついに自首したか]

[ピコピコさん::おまわりさんこっちです]

[供物::そろそろ何かしらの罪はやってるし一回通報する?]



 確かにこんな恵まれた環境だと後から何かしらの罪は被されそうだ。どうせ捕まるのなら最期にロリハーレム、略してロリーレムに囲まれてみたいなぁ……。


 ――頬が緩んできたので一度気を引き締める。

 幼子の前でダサいところは見せられない。



『ご、ごめんなさい。私なんかが出てしまって。ハクサイは今サクラ姉様からのお仕置き中で…………』



「いえいえ、全然大丈夫ですよ。むしろ貴方との縁を作る機会をくれたハクサイちゃんに感謝です」


『えっと……そ、そうですね……?』



 いかん、無意識のうちに口説いてしまった。

 このままでは一生本題に入らない。

 問題解決に全神経を集中させろ、私!



「すみません。今回GMコールした理由なんですが――――」


 意味のわからない現状を、できるだけ分かりやすく伝えていく。




 ◇ ◇ ◇ ◇



「――そんな感じで狼が私の足から出られなくなっているんです」

『え、えっと、ログの確認も行いましたから正しい、ですけどその…………』



「確かに、GMコールとして運営が対処する問題ではないかもしれません」

『ご、ご、ごめんなさい。その通りです』



 そもそもGMコールはプレイヤーでは解決できない、問題を通報するシステムである。今回のようなゲーム上問題のなさそうな状況は、仕様だと突っぱねられて当然だろう。

 しかし、私も切り札が使える立場でもあった。


「でも、この狼はオスの個体みたいなんですよー。今後お風呂とか入りにくいと思うんですよね」

 〈は?〉

『えっと――?』


「だって私に限らず女風呂を覗かれるわけですから。そこの心配があってこの度通報という手段に出させていただきました」

 〈誰が覗きなんか……!〉


『た、たしかによくないです。ごめんなさい、すぐに確認しま――あ、もう応答がありました、ごめんなさい』



 見張っていたような対応速度だ。

 グゥ有能。


『そちらの狼さんに、特定条件下での視界のロックがかけられたみたいです、ごめんなさい』

「……え、もうですか?」


『はい、ごめんなさい』


 あまりにも早い対応で呆気にとられていると、最後までヘコヘコしながらバナナちゃんは消えていってしまった。



「変態犬さん、万事休すです」

 〈どうすんだよ〉


「諦めてください、私も我慢してあげますから。針に絡まった状態ならいつかほどけるでしょうし」

 〈…………それしかないか。進んだ針まで時が進めばおのずと動けるようになる。それまでの辛抱。なんと億劫な〉


 どうやら納得したようだ。

 そっと立ち上がり、伸びをしてから入ってきた天井に向かって翼を広げる。


 〈小娘、一応言っておくが普通はお前が死ねば俺様は解放されるんだ。だが、お前ら異界人は生き返るだろ? そのせいでどうなるか分からない。良くて解放、悪くて俺様だけ消滅、間くらいで俺様の力が激減だ〉

「つまり死ねと?」


 〈死ぬなってことだ!〉

「できるだけ前向きに検討したいという心持ちの所存だと思われます」


[消しカス::とんでもない婉曲表現で草]

[マグロ丼::死ぬ気満々やん]

[階段::フリじゃないぞー]

[キオユッチ::もう死にそう……]


 視聴者も狼も騒ぎ出しているのをスルーして山の外に飛び出る。

 軽く周囲を見渡すが、虹の騎士はもうどこにも見当たらなくなっていた。

 人も少ないのはそろそろ夕方だからだろう。私もお昼ご飯抜かしちゃってそろそろ空腹が限界だ。

 今日の夕ご飯は何だろうなー。


 〈避けろ、小娘!〉


「なにが――――」



 視界を埋め尽くしてあまりあるほどの光の束が、私を呑み込んだ。





 ◆◆◆◆◆◆◆◆



「くふっ……はぁはぁ…………【擬似神器】格納、在りし日の友との契りを、ここに終わらせる。【盟約破棄】」




 吐血しながら巨大な三日月のような弓を消す者が、ミドリの居た島の沖合、その空に浮かんでいた。金色から白色に髪色が変わっていっていく姿は、まるで女神のようであった。


「消滅した――? どういうことでしょう? あれはそんな風にはできてないのに…………はあ、もう、限界ですか。本当に燃費の悪い体です」


 そう言い残して魔術を行使し、沈み始めた夕焼けにとけていく。



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