#82 シフさんの正体




「誰ですか?」

「知り合いじゃないのー?」


「声とか、ムカつく態度とか、どこにでも湧くところとかは知ってますけど、こんな見た目じゃなかったんですよ」

「へー」



「中身こそが生物の本質さ☆ 私は君のよく知るシフだよ☆」



 斬りつけている剣は素手で受け止められている。何とかねじ込めないか、グリグリしているけど、微塵も動かない。


 諦めて剣を引く。

 それを見て、キャシーさんはベットに飛び込む。



「じゃー、寝るから。ごゆっくりー」


「天使が居ると寝付きが悪くなるって言ってませんでした? 大丈夫です?」



 私の過去話をした時は、それが子守唄的な効果になったのか寝ていたけど、そもそも私と遭遇したのはそういう理由だったはず。



「倒したよー?」

「……もしかして私じゃなくて、さっきの人が原因だったんですか」


「もちろんー。お前くらいの天使なら全く影響ない」


「そうですよねー」



 きっとキャシーさんが怠惰で、向こうさんが勤勉で、相反する存在だったからだろう。別に私が弱いとか言われてないし、全然ショックじゃない。自意識過剰とか言われても殴り返すぐらいは余裕がある。


 無くない?



 ちょっとだけ心が粉々になったのも知らず、キャシーさんは微かな寝息と共に夢の中へ入っていった。



「さて、落ち着いたかな☆」


「――――とりあえず全部説明してください」



 そうだね、と自然な形で私のベットに腰をかけ

 るので、蹴って立たせ、私はベットで胡座あぐらをかいて聞く体勢に入る。


 これくらい許されるくらいのことはされているはず。




「そうだね、どこから話そうかな……☆ あまり長くなるのも手間だから簡単に言おうか☆」


「前置きはいいですから、早くしてください」




「わたしは、君も薄々気づいているだろうけど、悪魔だよ☆ 我らが皇帝陛下の従順たる下僕、傲慢の悪魔ルシファー☆ 略して、よろしくね☆」


「へー」


 心底どうでもいい。

 自慢げに語っているのに腹が立って、敢えて虚無顔で相槌を打つ。



「さては、わたしのこと嫌いだな☆」

「えぇ、嫌いですね。そうやって本題から逸れていくところも」



「手厳しい☆ 改めた自己紹介はいいとして、今回わたしが君をここに送った理由から話そう☆」



 シフさんの性格が終わってそうなのは知っていたが、私を奈落へ行かせたのもこの人だったのね。意図的にあのチケットを忍ばせて、私が読み上げるように仕組んだと。


 読み上げるまでいかせるのって、無理じゃない?

 普通に偶然だと思うんだけど。



「私があれを読むのも仕組んだと?」

「ただ読み上げるのなら無理かもしれないけど、あの場面だと効果を聞く時に言う確率は高いんだよ☆ 名称を確認する流れはできていたからね☆」



 そのための前座によく分からない物を置いたのか。確かにそれなら納得。



「ともかく、わたしはこの広い奈落で彼女を探していたのさ☆ 今後のためにもわたしの本体が外に出る必要があってね☆」



 シフさんが指しているのは、幸せそうに眠っているキャシーさん。

 相も変わらず飄々ひょうひょうとしているが、その眼差しは隕石でも降ってくるかもしれないぐらいまっすぐだった。


「本体というのは?」

「今まで外で活動していたのはわたしの分身なんだけど、次の決戦ではどうしても、ね☆」



 そこで同意を求められても困る。知らんとしか言えない。



「なかなかメモ用紙を取り出してくれないから、少し焦ったよ☆ 奈落は広すぎるから目印がないと見つけるのなんて不可能に近いから☆」

「でも、私を見つけても、キャシーさんと会ってるかは分からないと思うんですけど」


「たらればの話に意味は無いよ☆ それに、君は運命と共に在るから、その心配はしていなかったよ☆」



 いいことを言ってるようで意味が分からないのは慣れてきたから、話半分で聞き流す。



「何かもうどうでもよくなってきたので、みんなのもとへ帰してくれません?」

「ふふ、いやぁ、そう簡単に帰すわけ――」


「【スラスト】」


「ちょっと判断が早すぎない? 最後まで聞いてからにしよう?」


 至近距離で放った突きをまた素手受け止められる。


 冗談でも敵対行動に出られると、こちらも厄介な相手は不意打ちでも仕留めときたいから攻撃するしかないじゃん。普段の行いもあるし。



「冗談は置いといて、帰る方法なんだけど……」


 長々と回りくどく告げられた方法を自分なりに整理していく。

 シフさんはここに縛られているようで、縛っているをキャシーさんに代わってもらうことで、私たちは奈落から出れるという。


 その通りに、キャシーさんを一度起こして許可を取り、再び眠りについた彼女を背負って、安住ならぬ安眠の地をった。





 ◇ ◇ ◇ ◇



 結局昨日のうちには出口へ到達できずに、奈落生活五日目に入ってしまった。



「本当にこっちであってるんですか?」

「嘘つくメリットも無いからねー☆」



 無くても貴方は平然と嘘つきそうですけどね、と皮肉を言いたくなるけど、優しいので飲み込む。優しいとかより普通に疲労でそんな気力が無い。



「私は人を一人背負って一日歩き続けて、そっちはのんきにスキップしてますもんね。いい分で」

「悪意を感じる強調の仕方だね☆ それに、わたしが背負おうかって言ってるのに聞かないのは君だろう?」



「乙女の柔肌に触れる権利なんて貴方にはありませんよ。斬りますよ?」


「理不尽すぎるよ……☆」



 軽口を交わしながら歩いていると、進んでいる方の宙に光が見えた。



「あそこが出口ですか」

「そうだよ☆ 【飛翔】☆」


「【飛翔】」


 シフさんが悪魔っぽい格好になる。

 私もそれに合わせる。



 光の中へ、黒い翼と白い翼が入っていく。





 〈【Attracting the divine world】〉




「は?」



 何かに入った気持ち悪い感触があった。

 身体がじゃなくて、もっと魂的な何かが、ネチャネチャした泥のようなものの中に入った感じだ。


 辺りを見渡してみようとするが、光輪だけでは何も見えない。何かが散乱しているように思えて、何も無い気もする。



「Hi,a,……aouie、あーあー、失礼。合わせるのは久々でうっかりしていた。こういう時はてへぺろと言うと和むんだったかな?」


「球体?」



 黒い球体が言葉を発している。

 声は男性とも女性ともとれる――いや、両方が混ざったようなもので、耳障りな音。




「我、我ら、私、私達、俺、俺ら、あなた、あなた達は、カオス。混沌の神。ある神との約束で、とある少年に届け物をしたいから、少し呼び止めさせてもらった」


「はあ、なるほど?」



 この世の全てを煮詰めた何かとしか言いようのない存在に、少し身を引きながら応じる。




「これを、白髪のという少年に渡してほしい」


「白か黒かハッキリしない人ですね……」



 託されたのは、黒い不気味な装飾が付いた指輪。あまり直視して気分の良いものではないのでストレージに仕舞い込む。



「ちなみに報酬とかあります?」



 どんな相手でも臆さずにがめつくいくのが私のストロングスタイル。神と天使の関係だからってタダ働きしてやるもんですか。



「え、あーー。考えてなかった。じゃあ渾身の悲鳴集とかどうだろう?」


 趣味の悪い、悲鳴が漏れ出ている本。


「いりません」



「なら超改造した生物とか」


 めちゃくちゃに色んな生物のパーツが付いた気色の悪い物体。


「無理です」




「『世界苦痛大全』とかどうだろう? これ、私達が書いたんだよ」



「やっぱり報酬は無しで」



「いいのか?」

「ええ、気持ちだけで十分です」



 何も良い物は無さそうだし、かといって断ったら何をされるか分からないので大人しく引き下がるのが吉と見た。



「じゃあ、頼んだ」

「任せてください」




 精一杯の力こぶを見せ、ふんすと息巻く。



 すると突然、闇が晴れて私は光の中に居た。



「おねむかな☆」

「――かもしれませんね」



 ストレージの中には例の指輪がある。

 夢ではなく、職業神のフェアなんとかさんと同じような感じなんだろう。



 出鼻をくじかれたが、今度こそ奈落から脱出する――


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