#10 もっと強くならないと
「sqlimgzl!」
大剣が、半ばで折れて――
「カハッ……」
キメラの突進の勢いのまま、吹き飛ばされる。地面をしばらく転がり、突き当たりすれすれで止まる。
「いっつ……」
一旦職業を外す。
『職業が外されました』
これで使える。
「…………女神ヘカテーよ、我が嘆願の声に応じ、愚かな者を癒したまえ〖セイクリッドリカバリー〗」
全身粉砕骨折が、ヒビが入ってる程度になった気がする。
傍らにある折れた大剣を拾い、再び構える。
職業も設定する。
『職業:《見習い大剣使い》になりました』
「あれ?」
キメラは途中で止まって威嚇している。顔が酷いことになっている。
キメラの足元には、何かの跡がある。
近づく。なぜか分からないが、キメラは前足で顔を押さえているから、爪の攻撃も、火を吹く攻撃もできないだろう。
「これは――」
この思わず鼻を覆ってしまう
「嘔吐物ですね」
上にはマンホールの蓋が見える。昨日吐いた場所のようだ。ナイス私。
血はいけるのに、嘔吐物は無理な様子。これは絶好のチャンスだ。
でも、
「動けなくてもこっちの攻撃が通りませんしね……」
大剣が折れる程の表皮、どう攻めても勝てる気がしない。
攻撃と言っていいのか分からないが、何か変えてくれそうなのは二つある。
「やってみますか。【天運】」
何も起こらない。静かに水が流れる音がするだけ。
「ギャンブル」
あれ? 何も起きない? もしかして、自分でコイントスをしなければいけないの?
大剣を床に置き、ストレージから銅貨一枚を取り出し、指に乗せる。
「【ギャンブル】、心臓、表」
親指で弾いて上に飛ばす。これで失敗しても、私が死ぬだけ。どうせ死ぬならワンチャンスに賭けるのみ。
銅貨はクルクルと回転し、地面に落ちる。
手でキャッチしたら高レベルの動体視力でイカサマし放題だろうから、発動しない可能性があるので敢えてキャッチしない。
硬貨の上の柄は、10と書いてある方、つまり表だ。
「oyngysvlogtjybsv!?」
キメラの響くうるさい悲鳴を浴びながら、右手の中にある心臓を握り潰す。
「これも天運のおかげですかね」
置いた大剣と銅貨を拾い、銅貨はストレージに。大剣は鞘にしま――――
赤い光の線が見える。そして太い青色の線も。
赤い線から離脱し、青い線を観察する。
「ogixrjy!」
刹那、青い線が強く光る。ここを攻撃しろってことかな? 他に無いだろう。
大剣をその線に合わせて振る。
「【パワースラッシュ】!!」
丁度胴体と首の縫い目を斬り裂き、ライオンの首が転がる。
「lgyaac…………」
『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『レベルが上がりました』『レベルが上がりま…………
延々と脳内にアナウンスが響くのを無視する。
何とも呆気ない幕引きだった。あまり達成感は感じないが、被害を少なくできたと考えれば倒せてよかった。
何にせよ、仇は取れた。最後にオックスさんの大剣でトドメを刺せれてよかった。私の焼死の分もこれでお返しとしておこう。
今回キメラを殺したのに、吐き気が無い。慣れたのか、よっぽど恨んでいたのか。
前者だといいなー。
「さてと、回収しなければ」
キメラの頭をストレージに。残りの体も……入れれない。解体が必要なんだろう。切りやすそうな尻尾の付け根の縫い目に沿って斬る。
全てストレージに仕舞えた。あとはあのドブネズミの死体の山だ。
あれも解体しないといけない場合、とてもではないが昼までに終わる気がしない。
「ひとまず帰りましょうかね」
[枝豆::さっきの何??]
[天変地異::????]
[芋けんぴ:¥10000:おめでとう?]
[階段::何が起きたんだ……?]
[カレン::よく分からないけど、目が輝くのは綺麗だった]
ここはコメントを読んでいないフリをした方が楽かな。
「ミドリさん!」
「あ、スクープさん。おはようございます」
スクープさんが息を切らしながら現れた。もしや、配信を見て増援に来たのだろうか。
「一応手助けしようと知り合いを呼んだのですが、もう終わったようですね」
「ええ。あとはドブネズミの回収をするだけです」
「ならそっちは私たちがやりますので、早く報告してきてくださいな。道は分かりやすいようにパンくずを置いてあるので」
「ありがとうございます」
あ、そうだ。聞いておかなければ。
「門に監視員さん、居ましたか?」
「居ましたけど?」
「そうですか……ありがとうございます」
お礼を言って走る。パンくずを残してくれたのは本当に有難い。間に合うかなー。
[壁::何で監視員?]
[味噌煮込みうどん::パンくずナイス!]
[セナ::頑張ったんだし、ゆっくり帰っていいんだよ?]
察しの悪い方たちが居る。説明しようかねー。
「今回のキメラ騒動、まだ終わっていませんよ。キメラがここの近くにいるのはまだ分かりましたが、この地下水路にいるのは不自然すぎます」
[隠された靴下::ほほう]
[死体蹴りされたい::なるほど?]
[唐揚げ::そう?]
「理由としては、まずこの地下水路、あのサイズの生き物が通るとなるとあの門を通る必要があります。水路を通った可能性もありますが、あの鼻のきく生き物が少しとは言え、臭い水中に潜るはずがありません」
町のマンホールからはサイズ的にも不可能だ。
「町の要とも言える、地下水路を迷い込んだということもないでしょう。警備がされているはずですし」
地下水路から攻められたら、一瞬で町中まで攻め込まれて詰む。警備は自然と重くなるはずだ。
「そうすると怪しくなるのが、あの門に居た二人です。あの人たちなら自由に通らせることができるのですから」
[紅の園::ほんとだ]
[あ::確かに!!]
[ニムヌト::ホンマや!]
[芋けんぴ::推理たすかる]
入口の階段を駆け上がり、開きっぱなしの門をくぐる。
「これは……っ!」
監視員さん達が横たわっている。どういうこと?
何があったのかを確かめるため、死因を探す。
すぐに分かった。
「大きさ的に槍でしょうか」
胸部を貫かれている。
だが、まだ不審な点が残っている。
「鎧の中だけなのは意味が分かりません」
鎧には一切攻撃の痕は残っていない。もう一つ気になるのは出血していないというところ。
死後硬直はしていないから殺された時間は、さっきか、もっと前かになる。
「あの反応からして、スクープさんではないでしょうし…………」
死体が動いていたというのなら分かるが、私がこの目で動いてる彼らに会ってるわけだし……。
ん?
死体が動く?
確かに彼らは異様なほど無口だった。まさか、死体で喋れなかったから?
「……死体を動かす魔法やスキルってあったりしますか?」
[天変地異::どうなんだろ?]
[カレン::ありそうだけど]
[隠された靴下::ありそう]
[味噌煮込みうどん::死霊術とかありそう]
[枝豆::操られてたってことか?]
存在の確証は無いが、死体を操っていた人がいると仮定してもよさそうだ。
おそらく、昨日の朝には既に死んでいたのだろう。昨日町中に現れた狼は、地下水路から入ってきたと言われれば納得がいく。
「っ!? 【飛翔】!」
黄色の光の線が見える。線に従って森の中に入る。
その先にこれをやった人がいるといいのだが。
逃がさないように、翼も出しておこう。気のせいかもしれないが、翼が大きくなった気がする。
それに、いつもより飛ぶ速度が速い。かなりレベルアップしたのかもしれない。終わったら確認しなきゃ。
「見えましたっ!」
光の示す先には、小さな洞窟が。
ストレージから折れた大剣を取り出し、構えながら中に飛び込む。
「遅かったようですね」
何かの動物の骨や生活跡が残っているが、もぬけの殻だ。監視員さん達が暴れずに事切れていたのは、もしかしたら効果範囲から出たからかもしれない。
今となっては分からないのだけど。
「はあ……」
今のところの情報で分かることは、何者かが監視員さん達を殺害、操って地下水路に入れていて、何かを
木に跡を残しながら帰ってここのこととかを教えて、今回の依頼を出した清掃員の話も聞きたい。
その前に、今回の依頼含めた三回分の報酬を受け取らなきゃ。
オックスさんの仇は取ったということで、これ以上関わらない方がいい案件かもしれない。
だけど、色んな人達に危害を加えたりする可能性が高いし、いずれ戦うことになるんだろうなぁー。
「もっと強くならないと」
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