151.猫と一緒にダンジョンデート4(前)

 パイセンと、キスしてしまった。


「あ……」

「……あ」


 唇が離れると、パイセンは呆然とした顔で僕を見ていて。


 きっと僕も、同じ表情だったに違いない。


 パイセンの唇はちょっと濡れていて、見てるといま触れたばかりの柔らかい感触や、伝わってきた甘い香りが蘇るようだった。


 どちらから……だったのだろう。


 でも近付くパイセンの顔を――唇を、僕は避けようとしなかった。


 有罪ギルティである。


 胸の中に広がってく苦くて申し訳ない気持ちは美織里に対してだけでなく、パイセンに対してもだった。


 思い出してたのは、数日前――


『光は不安になったんだよ。自分に盛る雌が、また増えるかもって』


 さんごに言われた、そんな言葉だった。


(パイセンが僕に盛ってる――僕を好きってこと?)


 そんな可能性に気付かないほど僕は鈍感ではなく、そして無視するほど図々しくはないつもりだ。


 でも――先に立ち上がり、服を直すパイセンを見ながら、考える。


(パイセンが僕のことを好きでも僕には美織里がいるし、それにパイセンだって、さんごの言ったように僕に『盛った』としても、それが『好き』とイコールだとは限らないし、勢いとか、一時の気の迷いでやってしまったという可能性も――女性にだって性欲はあるんだし!)


 かなり最低な思考だという自覚はあるのだけど、とにかく自分を落ち着かせるのに必死でそれどころではない僕だった。


 僕が立ち上がると――ぎゅ。


 腕に抱きついて、パイセンが言った。


「……そういうことだから」


「え?」


「好きって……こと」


 そう言いながら僕を見上げるパイセンの上目遣いはどこか非難がましくて、可愛くて、僕は――


(僕は……パイセンを好きなのだろうか)


 今度はそんな可能性に、脳を灼かれることとなったのだった。


(考えてみたら、僕がパイセンを好きにならない理由って美織里と付き合ってるからってこと以外にないし、パイセンは綺麗で可愛くて性格も頑張り屋で芯が強くて、でもそこが逆に庇護欲を刺激して、おまけにちょっとお人好しで面倒見が良くて――あれ? 実は僕って、パイセンのことを好きなんじゃないの!?)



 拠点となってるカフェに戻ると、美織里とパイセンとさんごのサイン会はまだ続いていた。


 僕とパイセンを見ると、美織里は。


「ふ~ん」


 とだけ言って、片頬を吊り上げたのだった。



 これでデートの撮影は終わり、さっき話題に出た探索に行こうという話になったのだけど。


「彩ちゃん、ワイン飲んじゃってるのよね~。まあ予定通りだったんだけど」


「そうですね~。探索するって方が予定外でしたからね~」


「まあゲート潜ってすぐのところでトークして終わりってくらいの『探索』だけど、それでも炎上する可能性は高いし」


「『飲酒した状態でゲートを潜るとは何事だ』って言い出す老害……っていうかキッズ? が沸きますよね~。確実に」


「だったら、たとえばUUダンジョンのバーベキューエリアはどうなんだって話じゃない?」


「まあ、あれは探索を終えてから行くか、探索しないでバーベキューだけを目当てに行くっていう? 建前でやってますからね~」


 美織里と彩ちゃんが話す横で、僕とパイセンは。


「(ちらっ)」

「(ちらっ)」


 ときどき視線を重ねては目を逸らすということを繰り返していた。


 カフェの個室での話し合いは10分ほどで終わり。


「じゃあ、あたしとパイセンと光が探索。彩ちゃんは――飲食エリアにあるデカ盛り店で巨大メンチカツとオムレツに挑戦ってことで。着替えはカフェここのロッカールームを借りるってのもアリだけど――いまあたしに、神からのアイデアが舞い降りた!」


 そして僕らはカフェを出て、彩ちゃんはさんごと一緒にデカ盛り店へ。残る3人は、ゲート近くにある『KUSHIZASHI』という店に向かった。


『KUSHIZASHI』は探索用具のメーカーで、元々はバイク用品を作っていた。革ジャンやツナギの製造技術を活かした製品は評価が高く、各地のダンジョンにショップを出している。


 その1つが、NRダンジョンここにも出店しているのだった。


「ふぅう~! というわけで突発案件クレクレ企画『KUSHIZASHIで上から下まで装備を揃えてみた!』で~~~す」


 というわけで、持ってきた装備は使わず、KUSHIZASHIのショップで全部揃えることになった。


「いきなりお邪魔して申し訳ございませ~ん。『KUSHIZASHI・NRダンジョン店』の山本さんと鈴川さんで~す!」


「どうも店長の山本です」

「鈴川です」


「いや~。最近、移動に高速道路を使うことが多くて。それで気が付いたんですけど、どこのサービスエリアにもKUSHIZASHIさんのショップが入ってるんですよね~」


「はい。弊社はバイク用品のメーカーとしてスタートしておりまして、ご縁があり、各地のサービスエリアに店舗を展開させて頂いております」


「KUSHIZASHIさんのレザースーツやジャケットってスペックに出ない良さがあるって言われてますけど、あたし自身、長く使うならKUSHIZASHIさんの製品がベストだと思ってます」


「それは……ありがとうございます」


「数万ドルの装備を一回で使い潰すような一発勝負の探索だと、また別のアレがありますからね」


「そうですね。海外のそういったメーカーさんですと、産学協同というか……」


「軍事産業とか、そういった方向になっちゃいますからね。個人では値段もそうですけど……手続きもあって、簡単には買えない。その点、個人でこの値段で購入できる製品として、KUSHIZASHIさん以上のメーカーはないんじゃないかと思います」


「いやあ……ありがとうございます」


 美織里のそつがないトークの後、僕らは購入した装備を試着室で身に着け、そこからゲートへと直行した。


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