14.猫が生暖かい目で見るのです

 その後、どうなったかというと――


 戦闘が終わって5分も経たず、ダンジョン警備隊がやってきた。

 彼らは探索者協会の下部組織で、ダンジョンで遭難した人を救護するのが仕事だ。


 今回は『どらみんチャンネル』の視聴者からの通報と、彩ちゃん自身もスマホから救難信号を出していたのとで駆けつけたのだった。


「いつもみたいに探索してたら、どらみんが急に動けなくなっちゃったんです。飛ぶのなんて無理で立ち上がるのも出来なくなっちゃって、それで私がどらみんを抱いてダンジョンを出るか、救難信号を出そうか迷ってたらゴブリンが出てきて、私はいつも戦闘はどらみんまかせで戦えないので、救難信号を出して逃げることにしたんです。それで……それで…………」


 彩ちゃんは、緊張の反動からか饒舌に事情を説明してたのだが、過呼吸になってしまい担架で運ばれることに。


 そして、僕はというと……


「え!? 君、探索者じゃないの? 認証バッヂ持ってないの? じゃあなんでダンジョンにいたの? どういうこと!?」


 無許可でダンジョンに入ったことについて、激しく詰められてしまった。


 一応、こういうことになった場合のシミュレーションも美緒里としてたので、美緒里に教えられた通りのセリフと表情で答えることにした。『それ~。その表情かお最高~』と爆笑しながら写メを撮られまくった屈辱の記憶を蘇らせながら、僕は言った。


「山でキャンプしようとしてたらあ~、猫が洞窟みたいなとこに入ってしまったのでえ~、追っかけて僕も洞窟に入ったらあ~、なんか変な感じで壁に吸い込まれてえ~、それでえ~、ここがダンジョンだとかあ〜、分からなかったのでえ~」


 唇を尖らせ顔全体をひくひくさせながら言い募る僕に、ダンジョン警備隊の人たちが、


『こいつはダメだな……説教しても無駄だ』


って感じの表情になっていく。美緒里が立てた『光に芝居なんて無理なんだから変顔となんかムカつく喋り方で誤魔化すしかないわよ』作戦は確かに有効だったようなのだが、僕の心が切なく削れていったのも事実なのだった。


 結果として、保護者に迎えに来てもらって終了ということになった。

 保護者ということで叔父に連絡が行ったのだが、迎えに来たのは叔父ではなかった。

 

 叔母さんだった。


「すいませ~ん。うちの子が~。光く~ん。ダメでしょ~。ご迷惑おかけしてすみませ~ん」


 叔母さんを一言でいうと、華やかな人だ。

 ダンジョンの入口近くに立てられた薄暗い警備事務所が、叔母さんが入ってきたのと同時にぱあっと明るくなったようで。警備隊の人と二言三言話して書類にサインをすると、叔母さんは事務所の隅の折りたたみ椅子で小さくなってた僕を、あっさり外へと開放してくれた。


「すみません。仕事の途中でしたよね」


 謝る僕に手を振って、叔母さんは笑った。


「いいのいいの。仕事って言ってもリモートで会議に参加するだけだから。それに今日はちょっと用事があってね、仕事は休みだったのよ。っていうか、そもそも日曜日だし」


 それにしては、いかにも仕事中って感じのスーツ姿なんだけど。


 叔母さんは学生時代に起業して、いまはこの町に作った支社から東京の本社に指示を出しているのだそうだ。

 多忙らしく、僕が叔父の家で夕食を食べる時、叔母さんが家にいることはほぼ無い。逆に叔母さんが家にいる時は、ごはんに味噌汁だけのいつものメニューにデパ地下の惣菜なんかが加わって豪華になる。


 サングラスをかけ、警備事務所の前に停めてた車に乗り込みながら、叔母さんが言った。


「駅前のホテルのビュッフェが美味しいって会社の子が言っててね。今日は光くん、付き合ってよ」


 というわけで、今日の夕食も豪華になることが確定。

 しかし。


「ああ、そうか。猫ちゃんがいるのよね~。じゃあ、何かテイクアウトして光くんちで食べようか――その方が美緒里も喜ぶし」

「そうですね……」


 後部座席で待ってる美緒里は、ドアのガラス越しでも分かるくらい、あからさまに笑いをこらえてる様子だった。

 僕がドアを開けるなり、美緒里が言った。


「ねえ光。あたしが言った通りにやった?」

「うん」

「え、本当に!? やって! もう1回やって! 録画するから!」


 録画は、流石に勘弁してもらったのだが。


「山でキャンプしようとしてたら~、猫が斜面の洞窟みたいなとこに入ってしまったのでえ~」

「ぎゃははははははは!」

「美緒里、ダメよ。女の子の笑い方じゃないわよそれ。ぷ、ぷ、ぷぷ~」


 美緒里だけでなく、叔母さんにも爆笑されてしまった。


 叔母さんと美緒里は、仲が良い。

 叔父と美緒里は、仲が悪いけど。

 そして叔母さんと美緒里は、血が繋がってない。

 叔父と美緒里は、血が繋がってるけど。


 その後、テイクアウト目的で入った海沿いのレストランがペット連れ込みOKだったので、そこで夕食を食べることになった。

 

 食事を終える頃になって、僕は訊いた。


「ところで美緒里、その服だけど……」

「似合う?」

「似合ってるよ……すごく」

「そうでしょ~? 来月から、あたしも光の同級生だから!」


 美緒里は、僕の学校の制服を着ていたのだった。


「今日は、その手続きだったのよね~」

「ね~」


 美緒里がこの町に現れた時から、ある程度は予想してたんですけどね~

 にやけそうになる顔を、さんごに変顔して見せるていで誤魔化す僕だった。そしてそんな僕を見てさんごが鳴いた。


「みゃ(生暖かく見守る目で)」


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