15.猫が解説してくれました

 食事を終え、しばし雑談の後の午後7時過ぎ。

 僕と美緒里を小屋まで送り、叔母さんは帰った。


 謎解きが始まったのは、それから更に15分後。

 パソコンを起動したり、溜まったスマホのメッセージを処理した後だった。


 美緒里は仕事と友人関係で数百通。

 それを――


「あーウザ。あーウザ。『どらみんどうなったの~』なんて気軽にあたしに訊いてくんなっての。『謎の少年の正体』? 今あんたが持ってる板状の物体で分かることが全てです、と。ヘイ某社AIケツ。いまのあたしの発言を大人の言葉に直してマッチするメッセージに適宜返信!……まだ100通以上残ってるわね。パターン2。あなたは今が既に夜なのが分からない低能なんですか? ダンジョンブレイクが起こったわけでもないのに、どうして日曜の19時すぎに探索者協会の事務所に行ったりインタビューに答えたりしなければならないんですか? 明日の朝9時にあたしが出勤するまで待てないような事態が発生してるなら、いまこの時点であたしの耳に入ってないわけがありません。あなたはあたしが北米大陸の半分が消えても居眠りかましてる低能だとでも思ってるのでしょうか? それともあなたが低能なのでしょうか? 正解は後者かと思いますが、あたしにそれを言わせないでください。これも同様に処理して返信。パターン3。あんたと話してる暇は無い。ところで右手の親指を鼻の穴に突っ込みながら左手の親指をお尻の穴に突っ込むとすっごくハイになれるらしいわよ。試してみたら? 同様に処理して返信。はい、残件0!」


 なんて言いながら、凄まじいスピードで処理していった。

 一方、僕はと言えば学校の友達から1通。


『日曜日がもう終わる。悲しい』


 というメッセージが来てただけで、でも返信に要した時間は美緒里の数百件とほぼ同じだった。


 僕らがメッセージを処理し終わるのと同時に、さんごが言った。


「この世界のダンジョンは、思ったよりチョロいかもしれないね」


 さんごの説明では『どらみんチャンネル』のどらみんが動けなくなったのは、僕が大量にスキルを取得したのが原因らしい。


「ダンジョンの中で、短時間に大量のスキルが取得されるのは珍しいことじゃない。ダンジョンでは同時に数百、数千の探索者が活動するのが普通だからね。でもあくまでダンジョン全体・・・・・・・での話だ。今回、光は同じ場所で短時間に大量のスキルを取得した。探索者がスキルを取得する際には、ダンジョンの魔力が消費される。これがダンジョンの外で魔物を斃してもスキルが取得され難い理由でもあるんだけどね」


 つまり、僕が大量のスキルを取得したのと同時に、大量の魔力が消費されたというわけだ。


「大量といっても、光が取得したスキルは20に満たない。付随するサブスキルを加えても100は超えないだろう。しかし、これが移動せず同じ場所に留まって取得したとなると話が違う。僕と光のいたあの周辺でだけ大量に魔力が消費されたことになるんだ。もちろん、特定の場所の魔力が薄くなれば他の場所から魔力が流れて充填される。しかし、魔力というのは意外と粘度が高くてね。流れるのが遅い・・・・・・・んだ」


 ということは、充填されるのも遅くなるわけだ。


「そして光は短時間でスキルを取得した。僕と光がいたあの場所の、魔力が充填されるスピードよりずっと速くね。僕がスキル取得を切り上げるように言ったのは、充分なだけのスキルが取得出来たのと同時に、あの辺りの魔力が尽きかけていたからというのもある。その影響は――分かるね?」


「どらみんがいた場所の魔力も、薄くなってた?」


「その通り――モンスターは、体内に取り込んだ魔力で活動している。だから君の持ち込んだ山菜モンスターも、ダンジョンに入ると同時に活性化した。どらみんはドラゴン――高位のモンスターだ。ゴブリンの数十倍の魔力を必要とする。どらみんチャンネルが定期的にダンジョン配信してるのも、ダンジョンの外で消費した魔力を補うためだろうね。加えてあの時、どらみんは効率よく魔力を吸収するために、体内の魔力流量を多くしてたんだろう。人間で言えば深呼吸して酸素を多く取り込もうとするのと同じだ。そんな状態で周囲の魔力が薄くなったらどうなると思う?」


「息を吐くだけ吐いて――でも、吸っても空気は入ってこない」


「まさに致命的だ。ゴブリン程度であれば活動出来るくらいの魔力濃度であっても、ドラゴンには無理――下手をしたら体組織の維持すら危うくなってたかもしれない」


「あの、それって……」


 改めて訊くけど、どらみんが動けなくなったのは僕のせいってことだよね?

 と、言いかけたところで美緒里が口を開いた。


「なるほど……だから光のぶつけた魔力でどらみんが復活したってわけね」

「ぶつけた?……魔力を?」


 いつそんなことを?――と全く思い当たらない僕に、さんごが言った。


「光魔法のことだよ」


 すると美緒里も。


「そう。光魔法っていうのは、極論すると魔力だけ・・・・で完結する魔法なのよ。たとえば――ちょっとモンスター使うわね」


 冷蔵庫の野菜室からモンスター山菜を取り出すと、テーブルに並べたそれに、美緒里は手の平をかざした。


「この山菜モンスターは、まだ生きてる。だから体内の魔力にも流動性がある。それにあたしは、いま自分の魔力を流し込んで同調させてる。それを一気に引き上げると――」


「ああっ! ぜんまいが!」


 山菜の端に並んだぜんまいが、一瞬で萎びて茶色く干からびた。


「逆に、一気に流し込むと――」


「わらびが!」


 ぜんまいの隣のわらびが、茎の真ん中で弾けて真っ二つになった。


「ダンジョンで光がやったのはもっと乱暴な、同調するプロセスすら省いた強引な魔力の流し込み――いきなり大量の魔力を流し込まれて、貧弱な魔力器官しか持たないゴブリンはキャパオーバーで戦闘不能になり、逆にどらみんは枯渇した魔力を充填されて復活したってわけ」


 そういうことだったのか……


「光の光魔法も、使い込んでけばサブスキルが生えていろいろ出来るようになるから。物理レベルでの干渉も、そのうちね――こんな感じで」


 言いながら美緒里が、テレビ台からじいちゃんの飲んでたビタミン剤の瓶を手に取る。瓶の底を軽く指で叩いた。すると叩いた美緒里の指先に、ちょこんと錠剤が現れていた。


 さんごが言った。


「もっとも、僕が作ってたようなダンジョンでは、こんなこと起こらないんだけどね。魔力の粘度を低くしたり、ブースターで流量を調整したりなんて機能はデフォルトで付いてる。だから、この世界のダンジョンを作ったのが誰かは知らないけど、大した腕じゃない。そしておそらく同じ存在によって作られたこの世界のスキルシステムも、同じくチョロい。そう遠からず、ハック出来ると思うよ」


「ふーん。そういうことね、だいたい分かった」


 何が分かったのかは分からないけど、美緒里は充分だと思ったらしい。

 会話を切り上げ、バッグを持って立ち上がった。

 そして、シャワールームに入る。


制服この服だと破れちゃうからさー。レザースーツと探索者用のジャケットいつものに着替えないとさ―」


 小屋のあたりはバスも通らず、タクシーを呼ぶにも時間がかかる、というわけで美緒里はいつも走って町まで帰っている。探索者のフィジカルで走ると普通の服では破れてしまうので、ダンジョンに入る時と同じ服装が必要なのだそうだ。


「泊まってってもいいけどー。そしたら光の服、貸してね―。あたしが素肌に男の子のシャツ着てるの見たいー? 100万ドル払うから撮らせてくれってオファーもあるんだけどー。全部断ってるんだけどー。光は見たいー? ねえ、見たいー?」


 僕が答えずにいると、やがてシャワールームから。


「これ、畳んどいて」


 と、制服が飛んできた。

 下着も混ざっていた。


 それから、美緒里が帰るまでの十数分間。

 投げかけられた質問を、僕は全部無視することに成功したのだった。


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お読みいただきありがとうございます。


現在、40話くらいまでストックがあるので、ストックが切れるまでは毎日&金曜と日曜は1日3話投稿を続けたいと思います。


面白い!続きが気になる!と思っていただけたら、

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