13.猫が人助けを提案しました
こうして、僕はスキルを手に入れた。
調理道具をさんごの
「予定通り、最初に入ってきた
というわけで、さんごの言う通りさっきの土壁に触れようとした、その時だった。
ぶぶぶぶぶぶ…………
美緒里の探索者用スマホが、震えた。
画面に映る、メッセージ。
『探索者協会公式:XXダンジョンで遭難者発生。このメッセージが黄色もしくは赤色の文字で表示されている場合、遭難者はあなたの近くにいます。2次遭難を避けるため、探索者協会の指示があるまでは自身の安全の確保を第一として下さい。決して自分の判断で遭難者の捜索に向かったりしないで下さい。あなたも遭難する可能性があります。遭難者を目撃した場合、もしくはあなた自身が既に遭難している場合は、このメッセージに返信して下さい』
赤い文字を読み終える前に、悲鳴が聞こえた。
「いや! いや! 来ないで!」
声のする方に走ると、数百メートルも離れてなかった。
「ヒアゥィッ」
「ヒアゥィッ」
「ヒアゥィッ」
「ヒアゥィッ」
少女が、ゴブリンに囲まれていた。
眼鏡に三つ編みのお下げ。ジッパーを一番上まで上げた探索者ジャケット。それとドラゴンの頭部を象った先端に、宝玉を嵌め込んだ
見覚えがあった。
そして少女が抱きしめてるオレンジ色の塊を見て、それは確信に変わった。
「『どらみんチャンネル』の彩ちゃんだ!」
『どらみんチャンネル』は、1年ほど前に開設されて今では2百万人の登録者数を誇る人気チャンネルだ。テイマーの彩ちゃんと、ドラゴンのどらみんの日常動画が主なコンテンツで、でも一番盛り上がるのは時々配信されるダンジョン探索ライブ。
どらみんは彩ちゃんにテイムされてるわけではない。傷付いて弱ってるところを彩ちゃんに拾われ看病されるうち、自然に懐いたのだそうだ。ドラゴンをパートナーにしている探索者は世界で3人しかいないという希少性。そして何より、探索で見せるどらみんの圧倒的な強さで人気を集めている。
彩ちゃんの方針で低レベルダンジョンしか探索してないけど、毎回RTAに近い攻略速度で、ダンジョンボスさえ、どらみんは毎回1撃で瞬殺している。
「ぐきゅるるる…………」
でもいまどらみんは、彩ちゃんの腕の中で弱々しく呻くだけ。目に涙を浮かべて、身体を震わせている。それが僕には、ゴブリンへの恐怖よりも、彩ちゃんの窮地に何もできない自分を悔しがってるように見えた。
「助けよう――いいね? 光」
僕の肩に飛び乗ると、小声でさんごが言った。
「もちろんだ!」
僕が頷くと、さんごはジャンプして、彩ちゃんに一番近いゴブリンに襲いかかる。
「うにゃにゃにゃにゃ!!」
ゴブリンの顔を引っ掻いて着地。
彩ちゃんを護る位置へと動く――まるで普通の猫みたいな4足歩行で。
その訳を、さんごとは別のゴブリンに殴りかかりながら、僕は理解した。
(配信中か……)
彩ちゃんのものだろう配信用ドローンが、宙に浮かんでいた。
いきなり全世界に向かって喋って2足歩行する猫であると――正体を披露するわけには行かないという訳だ。
「ヒアッ!!」
懐中電灯で殴ると、ゴブリンの頭がへこんで潰れた。
『剣撃』と『剛力』のどちらかは分からないけど、スキルのおかげだろう。
今更だけど数えたら、ゴブリンは4匹。
いま1匹斃したから、残りは3匹だ。
酷道での戦闘では5匹だったから、あの時よりは少ない。でもあの時は武器を持っていた。いまは懐中電灯しか持ってない。でもいまの僕にはスキルがある。でも、でも、でも…………考えながら蹴飛ばすと、襲撃スキルが働いたらしく、ゴブリンが真っ2つになって転がっていった。
残るは2匹。
とっさで、考えがあったわけではなかった。
彩ちゃんに一番近いゴブリンに、僕は懐中電灯の光を当てた。
すると。
「ヒアウィ~~~~」
ゴブリンが、へなへなとその場にしゃがみ込んだのだった。
「!?」
予想外のことに、僕は動きを止めた――止めてしまった。その隙をつかれて、もう1体に噛まれた。手だ。でもグローブを着けたままだったから、歯が食い込みはしたけど、突き破られることはなかった。
「うわぁあああっ!」
叫んで、力任せに。
噛まれたままの手を振ると、折れた歯を巻き散らかしながらゴブリンが地面にバウンドして転がる。
後日『どらみんチャンネル』のアーカイブを見せてもらったら、この後の僕の動きは滑稽そのものだった。
せかせかした小走りでゴブリンに駆け寄ると、頭を踏み潰し。
「えい!」
それから彩ちゃんの前でしゃがんだままの最後の1体に、これまた小走りで近付き。
「えい!えい!」
蹴り倒して踏み潰した。
「はー、はー」
それから、台本を棒読みしてるみたいな声で息を吐く僕。
戦闘を終えて、体中が震えていた。
初めての戦闘の時は、こうではなかった。
同じ戦闘直後でも、もっと落ち着いてた気がする。
でもあの時は、最後に美緒里が出てきて無茶苦茶にしたんだった。
いまは、あの時とは違う。
いま僕は、自分で戦いを終わらせた。
まだ残る、戦いの興奮と向き合っていた。
戦いが本当に終わったのか、どこか信じられない気持ちで。
「あ、ありがとうございます。どらみん……。ありがとうございます。どらみん……」
彩ちゃんも、混乱してるみたいだ。
僕へのお礼とどらみんへの声がけを交互に繰り返している。
ひどく痛ましく思えた。
どらみんチャンネルの視聴者も、いたたまれないだろうなと思う。無敵のどらみんと彩ちゃんの、こんな姿を見てしまったのだから。自分が責められてるように感じる人も、きっといることだろう。
そんなことを考えてたら、さんごが動いた。
彩ちゃんから離れて歩きだす。
すぐ分かった。
まだ配信を続けてるに違いない、ドローンの死角に移動したのだ。
ドローンのカメラに映らない場所で、一瞬だけさんごが立ち上がり。
ハンドサインで僕に命じた。
『懐中電灯で、どらみんを照らして』、と。
「?」
わけもわからないまま、僕は従う。
さっき照らされたゴブリンは、しゃがみ込んで戦闘不能の状態に陥ったわけだけど。
同じ懐中電灯の光を、どらみんに向けてみると。
「ぐきゅ、きゅ? きゅ~~~ん」
どらみんは、驚いた様子で顔を上げると、小さな手で彩ちゃんの頬を撫で始めた。
「どらみん? どらみん……大丈夫なの? もう、大丈夫なの?――どらみん!」
泣き出す彩ちゃんに、抱きつくどらみん。
そこへ――
「ふにゃ~ん」
彩ちゃんの手に頬を押し付け、しれっと混ざるさんご。
「ありがとう。君も、ありがとうね」
「みゃうーん。ごろごろごろ」
彩ちゃんに撫でられ、さんごが喉を鳴らす。
その姿はもちろんドローンのカメラに写り、配信されてるわけで――
(まさか!?)
慌ててスマホを取り出し『どらみんチャンネル』を開くと。
コメント欄には、彩ちゃんとどらみんを気遣うコメントに混じって、
『猫ちゃん、グッジョブ』
『猫ちゃん、可愛い』
と、さんごを称えるコメントが。
そして――
『この猫ちゃん、どこの子? 飼い主は探索者だよね? チャンネル持ってたら観たい!』
『知ってる! この子『さんごチャンネル』のさんごちゃんだよ!』
まさか、彩ちゃんを助けようと言ったのも、最初からこれを狙って?
いや、まさかそこまでは……しかし!
僕は、見てしまったのだった。
彩ちゃんに近付きながら、さんごが一瞬だけ浮かべた表情を。
『計画通り……』
とでも言いたげな、表情を。
どん引きするしかない、僕だった。
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