8.猫が収益化申請を始めたようです
昨夜、さんごが言った。
「僕は、お金を稼ぐことにするよ」
とっさに、僕はこう訊ねていた。
「それは、僕のため?」
「僕のためさ。光のためじゃない。文明社会において、自発的に経済活動に関与できない存在は収奪の対象としかならない。もちろん、僕にはそれを無視できるだけの力がある。『汎行機』と『
断る理由も無い。僕は、スマホとパソコンの操作方法とインターネットやSNSについてさんごに説明した。
さんごの食いつきが良かったのは動画配信で、だからさんごがこう言い出すのも予想の範囲内だった。
「動画配信者になろう。僕のこの可愛さを世界に発信すれば、すぐに収益化できるさ」
クラスのカースト上位女子みたいなことを言い出すさんごを、とりあえず見守ることにした。
というわけで、翌日――つまり今日家に帰ると、動画サイトにさんごのチャンネルが開設されていた。
『さんごチャンネル』
同時にSNSアカウントも開設して、さんごの写真やショート動画が投稿されている。
動画サイトの方にも、チャンネルの紹介動画が投稿されていた。
その動画では――
「こんにちは! さんごチャンネルの、さんごパパです。これから、さんごの動画を投稿していきたいと思います。えーっと、さんごはもともと僕のお祖父ちゃんが飼ってたんですけど、お祖父ちゃんが病気になって僕が引き取ることになりました。さんごは捨て猫で、これがその時の写真なんですけど、もうこの時点で結構大きいですよね? だから正確な年齢や種類は分からないんですけど、獣医さんは4歳くらいなんじゃないかって言ってました。これからさんごの可愛い動画を、いっぱい投稿していきますので、よろしくお願いします! さんごって可愛いな、さんごの動画をもっと見たいなって思ってもらえたら、高評価、チャンネル登録してもらえると嬉しいです。動画制作の励みになります。それから、さんごのこんな動画が見たいなってリクエストがあったら、コメント欄に書き込んで下さい。それでは次回の動画でまたお会いしましょう。さんさんさ~んご!」
――と、鼻から下だけ映った僕が挨拶しているのだが、もちろん、こんなのは撮った憶えが無かった。
●
それから、1週間が経った。
●
さんごチャンネルは登録者数1000人を超え、現在は収益化の審査中だ。
コメント欄には常連も出来て。
『hanano3152:いつも尊い動画をありがとうございます。今回は、いつもクールなさんごちゃんのお茶目な一面が見られて嬉しいです!』
なんてコメントに、
『さんごパパ:ありがとうございます!さんごは、けっこう天然なところがあるんですよね(汗の絵文字)』
なんてコメント返しをしたりしている――さんごが。
当然だが、僕はこのチャンネルにもSNSアカウントにもノータッチである。
今日も小屋に帰ると、パソコンに向かったまま、さんごが言った。
「ちょっと、見通しが甘かったかもしれないな」
「開設1週間で登録者1000人なんて、順調なんじゃないの? 僕の友達は1年間で登録者15人だったよ? しかも全員知り合いか相互フォロー。僕なんて3つもアカウントを作って高評価とチャンネル登録させられたよ?」
「そんな底辺と比べないでくれ」
「…………」
「僕の可愛さをもってすれば、10万人超えも可能だと思ってたんだ。しかし、猫が主役のチャンネルは多過ぎる。完全なレッドオーシャンだ。埋没しかかってるというのが実状だね」
「いやでも、まだ1週間だよ?」
「僕の可愛さをもってすれば、有象無象の現地猫どもなんて蹴散らせると思っていたんだ。実際、蹴散らしたからこその『チャンネル開設1週間で登録者数1000人』なんだよ。しかし誤算だったのは――」
ばたん。ずかずか。
「当たり前よ! ドラゴンやフェンリルが見れるのに、猫なんてバズるわけないじゃない!」
言ったのは、前触れもなしに来た美緒里だった。
仕事中なのかレザースーツに探索者ジャケットという出で立ちで、ベルトには探索用のツールボックスがぶら下がっている。
「猫なんてオワコンよ!」
「違う! 猫の可愛さは永久不滅だ!」
「猫はオワコン! 猫はオワコン! 猫はオワコン!」
「世界が終わっても、猫の可愛さは終わらない!」
「嘘よ! 終わらないものなんて無い! ママが言ってた――『世界が終わってもザッツ・ユーロビートは終わらないって思ってた』って! だから猫も終わり! 猫はオワコン! 猫はオワコン! 猫はオワコン!」
「ぐぬぬぬぬぬぬぬ!!」
言い方は愚劣だけど、美緒里に同意するしかない。
いま動画サイトで主流となってるのは、ダンジョンでテイムしたモンスターの動画だ。特に人気があるのが、美緒里の言ったドラゴンやフェンリルで、日常の様子や、一緒にダンジョンを探索する動画で平均数百万回のPVを稼いでいる。
「猫はオワコンじゃない!――しかしなんらかの付加価値によるブーストが必要なのは確かだ」
あれ?
さんごの言葉に、僕の身体の奥がぶるっと震えるのが分かった。
「僕の動画は、ただの猫の動画ではない! 超絶可愛いネコの動画だ! そしてそこに、こんな要素を加えたらどうだろう――『ダンジョンを探索する猫』」
え?
さんご、何を言ってるの?
「いいわね。それなら乗れる」
ええ?
美緒里、どうしてそこでパチンと指を鳴らすの?
「「というわけで光、ダンジョン探索しよう」するわよ」
ええええええ~~~~
どうして、そういうことに!?
あまりに唐突すぎる。
しかし。
「いいね。ダンジョン、行こう」
僕は、むしろ前のめりで頷いていたのだった。
若干、震えながら。
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お読みいただきありがとうございます。
気付いたのですが、美緒里の髪の色を描いていなかった気がします。
みなさんは、どんな髪色だと思いますか?
本日は24時にも投稿します。
面白い!続きが気になる!と思っていただけたら、
フォローや☆☆☆評価等、応援よろしくお願いいたします!
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