156.猫と離れて月曜日(前)

 美織里:補習、行きたくない

 美織里:迎えに来て


 朝6時にそんなメッセージを受信して、僕は朝食もとらずに小屋を出た。


 向かったのは、駅前にある、美織里の滞在してるホテルだ。


 ロビーで待ってたのは……


「おはよー、光、こっちこっち!」

「……おはよう」

「おはようございま~す」


 美織里とパイセンと彩ちゃん――MTT美織里トップチームの3人だった。


 これから僕と美織里は学校で補習なのだけど、その前にホテルのモーニングビュッフェに行こうという話なのだ。


 ちなみにパイセンと彩ちゃんは、その間、一緒に自主トレをするのだという。


「いつも思うんだけど、ここのビュッフェってやっぱ異常だわ。ほうれん草のソテーに伊勢エビが入ってるなんて、日本でもここだけなんじゃない? ベーコンの代わりに伊勢エビってどういう発想よ!」


 確かにここのモーニングビュッフェは、海産物――というかアワビや伊勢エビがふんだんに使われている。


 というのも事情があって、この街の海ではそれらの繁殖ぶりが凄まじく、地元の反社の人達が熱心に密漁しているからなのだった。


 では何故そんなに繁殖しているかというと、更に事情があって――あれ?


「ちょっと、真面目に話すことがあるから」


 気付くと美織里もパイセンも彩ちゃんも、ぴんと背筋を伸ばして、張り詰めた表情になっていた。


 美織里が言った。


「パイセンと光が付き合うこと、彩ちゃんにも話したから」


「……そう、なんだ」


 僕は美織里と付き合っている。そしてパイセンとも、一昨日の土曜日から付き合っている――付き合ってるといっても、おはようとお休みのメッセージを送るくらいしかまだしてないんだけど。


 美織里が続ける。


「で、彩ちゃんもあんたと付き合うことにしたから。とりあえず、告白とかそういうの、済ませてきて」


 そう言ってテーブルに置かれたのは、美織里が泊まってるのとは別の部屋の鍵だった。



「うん、その……ごめんね」

「いや、その……謝ることでは、ないかと」


 ホテルの一室。

 僕と彩ちゃんは、並んでベッドに座っていた。


「みおりんから……聞いてますよね。私が、ぴかりんのこと、どういう風に思ってるか」

「はい……聞いてます」


 彩ちゃんが僕のことを好きなのは、一昨日、美織里達から聞いた。


 では僕が彩ちゃんをどう思ってるかというと、好きだという自覚はない。


 でももし僕が記憶喪失になって、そこに現れた彩ちゃんが『私はあなたの恋人です』と言ったら嬉しいだろうし、記憶を失う前の自分はきっと幸福だったのだろうと思うに違いない。


「あのね、じゃあ、その……ちゃんと言わなきゃいけないと思うから……言いますけど」


 隣から僕を見上げる彩ちゃん(彩ちゃんは背が低い上に足が長いので、並んで座ると僕の胸にすら頭が届かない)を見ると、潤んだ目が震えていて、本当に僕のことが好きなんだと分かる。


 でも、問題は僕の気持ちだ。


「私は、あなたのことが――」

「待って」


 僕の気持ちは曖昧で、言葉にするのが難しくて、だからこそ、彼女に告白される前に言っておかなければ――告白された後で言ったら、軽くなってしまうような気がした。


 僕は言った。


「僕は、彩ちゃんのことが好きなのか分からない。好きだとは思うけど、でもこの気持ちを本当に好きって言ったらいいか分からないんだ」


「…………」


「彩ちゃんが僕の彼女だったらって考えるとどきどきして……ダンジョンデートの日、帰りの車でさんごを抱いて寝てたよね? 見てて……さんごが羨ましいと思ったし」


「…………や、ちょ」


「時々……いつも綺麗だけど、時々、特別に……凄く、綺麗だと思うし。それに……」


「ちょ、ちょっと待って――待って!」


「…………」


「それは――そのぉ、それはぁ……好きってことです……よ?」


「そう……ですか?」


「そう……だよ?」


 赤らんだ彩ちゃんの顔が近付いて。


「好き」


 唇が触れあって、離れた。


「あの……結婚するまで、そういうことはしないんじゃなかったですか?」


しない・・・よ?」


「え、でも……」


「3人で話しあったんですよ――どこまでが、しない内に入るセーフかって」


「それで……キスはセーフ?」


「うん――他にもね」


 彩ちゃんが抱きついて、僕の胸に、ぎゅっと頬を押しつける。


「じゃ、じゃあ……これは?」


 背中を撫でると――


「セーフ」


 セーフか。

 じゃあ次は――お尻だ。


「ん……セーフ」


 今度は脇腹を撫であげる。


「セーフ……だよ」


 じゃあ、もっと上――


「だ、だめ……」


 さすがにここは、アウトだったか。

 と、思ったら。


「セーフだけど……いまは、だめ。私じゃ、説明できない……我慢、できなくなっちゃう。どこまでがセーフかは――みおりんに聞いて」


「…………え?」


「私とぴかりんがするまで、みおりんもパイセンもしないって決めたの……だから、今日はみおりんがぴかりんに――どこまでがセーフか教えて、明日はパイセンで、明後日は私がするって――セーフの範囲内でするって……決めたの」


 と、言われて……


 それを受け入れる以外、僕には選択肢はないのは直感と経験で理解できたのだけど、はたして恋愛とはそのように段取りめいて行うものだったのだろうかという疑問を抱かずにいられないのも確かなのだった。


=======================

お読みいただきありがとうございます。


面白い!続きが気になる!と思っていただけたら、

フォローや☆☆☆評価、応援などよろしくお願いいたします!

コメントをいただけると、たいへん励みになります。


新作始めました!


ネトゲで俺をボコった最強美女ドラゴンに異世界でリベンジします!でもあいつ異世界でも最強みたいじゃないですか!ていうかバトルより先にイチャラブが始まりそうなんですが、一方そのころ元の世界は滅びていたようです


https://kakuyomu.jp/works/16817330665239304295

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る