155.猫と二人の日曜日2(後)

「車の現在地は、Nシステムをハックすれば分かる――どうやら、いま2人がいる位置からそんなに離れてないみたいだね」


 男から彼女たちが奪った車は、駅から数キロ離れた場所にある、橋の脇の駐車場に乗り捨てられていた。


「怖くなったか、疲れたのか――きっと、その両方なんだろうね」


「冷静になって、自分たちのやってることの危うさに気付いたのか……でも良かった。事故は、起こしてなかったのね」


「だったら、警察にみつかってたさ」


「それもそうか」


 さんごと小田切さんの会話を聞きながら車を見ると、大きな傷はみつからなかった。つまり、どこにも――誰にもぶつからなかったということだ。


 僕らの車は、橋を渡る。


 海岸沿いの道に出ると、向こうから歩いてくる人影とすれ違った。


 僕らの探してる、2人だった。


 ほんの数分前、彼女たちは、SNSにこんな投稿をしていた。


『海、めっちゃ綺麗』


 砂浜から海を撮った写真に、ついつい『いいね』をしそうになって、僕は思いとどまった。


「どうする? 光。彼女たちを拾って警察に届けるかい」


「そうだね……でも、とりあえず無事なのは分かったわけだし――」


「これから、どこに行くかも分かってるわけだしね」


 彼女たちが家に帰らなかったのは、探索者協会のショップで買い物するためだ。


「うん……警察に連れてくのは、その後でもいいよね。だから……いますぐ拾わなくてもいいと思うんだ」


 どこが緩んだ気持ちで、僕は言った。彼女たちの冒険にとって、僕が現れるのは不純物にしかならないと思ったのだ。だから――


「だから、僕らが現れるのは、あの子達が買い物を終えた後でいい……その方が、いいんじゃないかな」


「じゃあ、2人が例のタペストリーを手にとったところで声をかけるっていうのはどうだい?『これ、買ってくれるんだ。ありがとう――でも、ちょっと恥ずかしいな』なんて言って自撮りに付きあってやったら超バズって好感度爆上がりだよ」


「えー、それは……そんなの、僕に出来るかなあ」


「いや、それに近いことはいつもやってるでしょ」


 小田切さんの突っ込みを無視してたら、対向車線を走る車とすれ違った。


「ちょっと不味いかな」


 さんごの言葉に、僕は頷く。


「行こう――ちょっとばかりじゃなく、不味いよ。これは」


 すれ違った車――助手席に乗ってたのは『ぴかりんファンが集まって語る会』の主催者だった。


 車を奪った2人を探して、遂に見つけたのだろうというのは、考えるまでもなかった。



『ぴかりんファンが集まって語る会』の主催者――女子中学生2人を連れ去ろうとして逆に車を奪われた男は、唇を曲げた、ゴムマスクが歪んだような表情で、歩道を歩く2人を指さしていた。


 一瞬すれ違っただけでそれだけの情報が伝わってくるのは、表現者としてなら優秀なのかもしれない。もっとも彼の職業なんて、僕は知らないわけだけど。


 2人の脇に車を止めると、仲間数人と一緒に、男が車道に降りた。


 そこから歩道に駆け込み、2人の前後を塞ぐ。

 僕らも車を停めて、駆け寄った。


「おまえ――」


 と男が言ったところで、僕は男と2人の少女の間に割って入った。ぎょっとした顔になり、男が言葉を詰まらす。


「おまえ――」


 もう一度、男が口を開いたところで、僕は言った。


「この顔が、誰だか分からないとは言いませんよね?」


「ふぇ……? あっ、あ……」絶句する男の脇で、男の仲間が、僕を指さして言った。「ぴかりん!?」


「そうです。ぴかりんです――彼女たちを連れて帰りますけど、いいですよね?」


「ぐっ……あ、そいつら、車、俺の、」


「事情があるというなら、聞きましょう。ただ最初に言っておきますけど、僕たち探索者はスキルを持たない一般人に暴力を振るうことはできない。でも――」


 スマホを取り出し、あからさまに分かるように動画撮影のアプリを起動して、僕は言った。


「あなた方を、社会的に殺すことは出来ます? ただ、こうするだけでね」


 録画ボタンを押すと――反射的になのだろう。「やめっ!」男がスマホに手を伸ばして奪おうとする。僕は1歩下がる。「ふわっ!」それだけで男は体勢を崩し、歩道のアスファルトに転がって倒れた。


「いでっ、うう”……」

「まさか、僕のせいで転んだとはいいませんよね?」


 顔を近付けて聞くと、男より男の仲間の方が先に折れたらしい。男の背を叩くと車に戻り、男もその後を追って車に乗った。


「あなたの車、この先の橋のところにありますから」


 僕の声は、男に聞こえただろうか。


 でもそんなのは、この後に待ってることに比べたら、どうでもいいことだった。


「大変だったね」


 振り向いて僕が言うと、2人の少女は、驚いたような怯えたような表情で、僕を見ていた。


「警察から、行方不明になってる子がいるって聞いて、探しに来たんだ」


「……ごめんなさい」

「ごめんなさい」


 頭を下げる2人を見ながら、僕は焦った。もう何も言うことがない。何も思い付かない。思った通りだ。僕は、彼女たちみたいな、知り合いでもない、でも僕を慕ってくれる、そんな人達とどう接したらいいのか分からなくて、だから、どんな言葉をかけたらいいのかも分からない。


(どうしよう――)


 でも、ふと海を見たら自然に言葉が出て来た。


「海……見に行ってたの?」


「はい」

「はい……すごく、きれいでした」


「楽しかった?」


「「はい」」


「そっか。だったら……良かったね」


 そう言った僕に2人が笑って、これで良かったのかな、と思えた。


 その後、コンビニで買ったパンや飲み物を食べさせて、2人を探索者協会まで連れて行った。


 協会の事務所で小田切さんや支部の偉い人に説教されて、さすがにしょんぼりしてたそうなのだけど、最後に例のタペストリーを渡されたら、はしゃいで喜んでたそうだ。


 こんな感じで、僕の夏休み2日目は終わった。


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ネトゲで俺をボコった最強美女ドラゴンに異世界でリベンジします!でもあいつ異世界でも最強みたいじゃないですか!ていうかバトルより先にイチャラブが始まりそうなんですが、一方そのころ元の世界は滅びていたようです


https://kakuyomu.jp/works/16817330665239304295

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