155.猫と二人の日曜日2(前)

 駅を過ぎたところで、車は信号に捕まり止まる。


「一晩を過ごすため、最初に彼女たちはネカフェに向かった。でも、身分証が必要なのとナイトパックの料金が思ったより高かったので諦めている。そこでSNSを見ると――」


 スマホに表示されたのは、彼女たちとは別の人物のSNS投稿だった。


 そこには、こう書いてあった。


『ぴかりんファンが集まって語る会! 今週もやります! 場所はシーバルXYZ #seabar_xyz 会費は1500円で朝までオールもOK!』


 うわあ……うんざりした声は、小田切さんだ。


「それよそれ。まさにそれ……イデアマテリアの探索者うちらのファンが集まるイベントを開いて小銭を稼ぐっていう……」


「禁止できないんですか?」


「無理。法的には問題ないからね……あくまでファンが集まって語り合うっていうていでやってるわけで……」


「海賊版のグッズを売ったりするのとは、違う扱いなんですね」


「うん。主催者がイデアマテリア関係者を名乗ってるわけでもないしね。それより心配なのは――さっきも言ったけど、そういうところに集まる女の子に『ぴかりんに会わせてあげる』なんて言って近寄る輩……これから夏休みで、そういうのに引っかかった女の子の苦情が、全部こっちに来かねないのよ」


 会場となっている店は、ちょうど、いま通り過ぎようとしている辺りだった。


 さんごが言った。


「1500円ならネカフェより安いということで、2人は主催者にメッセージを送る――それに対する返事がこれだ」


『大丈夫大丈夫。お金もいらないから。でも、中学生っていうのは黙っててね』


 続けて再生されたのは、店の隣にあるコンビニの監視カメラだった。

 そこには、主催者らしき男と待ち合わせて店に入る2人の姿が映されていた。


 車が走り出す。


 スマホに映る動画も変わる。

 次に映されたのも、同じコンビ二の監視カメラの映像だった。


 店の前に停まった車に、2人が主催者の男に連れられて乗り込み、走り出す。


「『ぴかりんに会わせてあげる』よりはマシな誘い方だったみたいだね。主催者そいつが仲間に送ったメッセージもあるけど――見るかい?」


「いや、いい……」


 僕は、さっき見た2人の動画を思い出していた。山道を歩きながら『また来ようね』『うん。今度はぴかりんいるかもね』『みおりんもね』『ぴかりんって、本物もすっごくかっこいいんだろうね』『絶対、そうだよね』話していた2人の声が蘇る。


 僕は、あの会話に、自分が何を感じたのか分からない。でも僕が感じた何かを、踏みにじられるのは許せない気がした。そんなことは、あってはならない気がしていた。


 静かに通る声で、さんごが言った。


「憶えてるかな? 僕はこう言った。『彼女たちはそれほど酷い目にはあっていない』――これを見てくれ」


 メッセージアプリの画面が映る。

 乗せられた車内で、2人はこんな会話を交わしていた。


『この人、ヤバいよね』

『ヤバいよね』

『逃げよう』

『どうやって?』

『買い物してお金を払ってる間に逃げよう』

『つかまらない? 追いつかれちゃうよ』


 いま僕らの車が走ってるのは、動画で車が走り出したのと同じ方向だ。

 コンビニが見えた。


「彼女たちは、うまく男を言いくるめたんだろうね。そこのコンビニに入って男に買い物をさせて――小田切、僕らも買い物をしていこう。彼女たちもお腹がすいてるだろうからね――それで彼女たちがどうしたかは、これを見てくれ」


 次にスマホに流れたのは、コンビニの店内のカメラの映像だった。


 映ってるのは、主催者の男と2人が買い物をしてる様子だ。お菓子や飲み物をカゴに入れ、男がレジの前に立つ。


 商品のスキャンが終わり、男がスマホで会計を済ませる。店員が、レジ袋に商品を詰め始めた。


 その時――2人が駆け出した。


 映像が変わり、同じコンビニの、今度は店外を撮すカメラになる。


 コンビニから2人が駆け出す。車に乗る。ドアが閉まる。男が追いつく。車が走り出す。カメラの画角の外に消える――そこまでで、10数秒しかかかっていなかった。


「なるほど……ちょっと安心した。ちょっとだけだけど」


 一連の動画やメッセージを見て、小田切さんが息を吐いた。

 いま僕らは車を降りて、カメラのコンビニで買い物を終えたところだ。


「ちょっと質問なんだけど――キーはどうしたの? 車のキーは。まさか付けっぱなしで買い物してたわけじゃないでしょ?」


「動画のここなんですけど、男がスマホで決済する時、スマホと一緒にキーも出しています。ポケットの中で引っかかったのかな……ほら、この影みたいなの。決裁する間、キーをカウンターの上に置いてますね」


「それを見て――即座の判断で奪って逃げたわけね。たいした勝負勘……って言っていいのかな?」


「キーを奪うタイミングも上手いね。会計が終わる瞬間を狙ったのは、小田切の言う通り大した勝負師だよ。男は、品物を置き去りにするか迷ってスタートが遅れて――みてごらん。品物と逃げてく彼女たちの間で何度も首を振っている」


「たった数千円を惜しんで、車を失っちゃったわけね。あ-、それと。どうしてこの子たち、車を運転できちゃってるわけ? 中学生よね?」


「さっきのメッセージ、ちゃんと最後まで見たかい?」


「最後まで……あ、スクロールできるのね」


 さっきのメッセージ――


『買い物してお金を払ってる間に逃げよう』

『つかまらない? 追いつかれちゃうよ?』


 と終わっていたかに見えた会話は、スクロールすると続きがあって……


『車なら大丈夫だよ。盗んじゃおうよ』

『運転できるの?』

『できるよ! ぴかりんの動画で見たし』


 ……ぴかりんの動画?


「ドイツで車の練習をしただろ? あの時の動画を公開したんだ。適当にレバーを動かして足で何かを踏めば走るってくらいにしか参考にならなかっただろうけどね」


「…………」


 2人が奪った車を見つけたのは、その10分後のことだった。


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新作始めました!


ネトゲで俺をボコった最強美女ドラゴンに異世界でリベンジします!でもあいつ異世界でも最強みたいじゃないですか!ていうかバトルより先にイチャラブが始まりそうなんですが、一方そのころ元の世界は滅びていたようです


https://kakuyomu.jp/works/16817330665239304295

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