161.猫と彼女と異世界へ(後)
「あの……それって、私も行ったらダメですかねえ?」
リビングに現れた彩ちゃんは、いつから話を聞いてたのだろう?
「光君がベッドから出てった辺りから聞き耳をすましてたんですが……異世界とか、そういうのに驚いたりとかそういうのは……もうないんで。お父さん……じゃなくて、さんご君から見て、私が着いてったら足手まといになったりしそうですかねえ?」
さっきベッドでも言っていた。『いまさらお父さんが異世界に
「問題ないね。彩の戦闘力は、異世界でも10指に入るレベルだ。さすがに『建国の聖母セリア』ほどではないけど、追いつくのに時間はかからないだろうね」
「光君は? 私が着いてっても嫌じゃない?」
「全然。むしろ心強いよ」
「じゃあお父さん、そういうことで」
「おう……まあ、いいか」
ということで、彩ちゃんも異世界に行くことになった。
「美織里やパイセンも誘った方がいいかな?」
「いや、あの2人のスキルは、異世界では凶悪すぎる」
「美織里はともかく、パイセンも?」
「使い方次第ではね。そしてパイセンは気付かなくても、パイセンのスキルを見た人間が、その凶悪な使い方に気付くのは想像に難くない」
「凶悪な使い方――例えば、相手を『足場』で作った箱に閉じ込めて窒息させちゃったりとか?」
「そうそう。針状の『足場』を相手の血管の中に出現させたりとかね。考え始めれば、同じくらい凶悪な使い方がいくらでも捻り出せる……今後、彩が
そんな僕らの会話を聞いて。
「いやー、異世界で王様になるなんて、私は、全く聞いてなかったんですけどね~」
腕組みして、彩ちゃんがお父さんを睨んだ。お父さんは「へへっ」と笑って誤魔化す。第一印象は怖かったけど、なんだか可愛い人のような気もしてきた。
「装備は、こっちの世界で使ってるジャケットやスーツでいいのかな?」
「ああ。光も彩も、普段の探索で遣ってる装備で構わない。そっちの方が、はったりが効くしね。なにしろ君達は『異世界より訪れし新たな王とその王配』なんだから、悪目立ちするくらいでちょうどいいのさ」
というわけで彩ちゃんは自分の部屋、僕はさっきスパーリングした仏間で装備を着けて、リビングに戻った。
「おう、かっこいいじゃん」
とお父さんが笑って、数分後、僕らは異世界に渡った。
●
異世界に渡る方法は、お父さんのスキルだった。お父さんが「るーららー」と鼻歌を歌うと、目の前の景色が歪んで、透明な水のカーテンみたいな揺らめきが現れて。
「行くぞー」
お父さんの声に続いて歩き出す。水のカーテンをくぐる。くぐり終えた場所から、肌に触れる空気の温度が変わる。
異世界の空気は、雨上がりの街みたいな匂いがした。もしくは水の無いプールみたいな、どこか不安で切なくなるような匂いだった。
辺りは暗かったけど――
「おう」
お父さんが手を上げて言うと、誰かが走り出す気配がして、すぐに明るくなった。
「「「うおーっ! 龍吾様! もしやもしやその御方は~~~っ!!」」」
そして現れたのは偉そうな、やたらと顔の筋肉に力が入ったおじさん達だった。
「うん、綾。それと彼氏のぴかりん君」
お父さんが言うと、偉そうなおじさん達の中でも、特に偉そうなおじさんが、彩ちゃんにひれ伏して叫んだ。
「なんと! なんとおおおおおおっ! 彩様ぁあああ! ガ=ナールで、ガ=ナールでございますうううう! ご幼少のみぎりに拝謁を許されぇえええ! お会いするのはそれ以来でございますがぁあああ! 彩様ぁあああ! 憶えて頂けてますでしょうかぁああああ!」
「え、ええ……っ?」
「あー。おまえ、赤ん坊の時に
『赤ちゃんの時に会ったことあるんだけど、おじさんのこと憶えてる?』くらいの内容を、血管が切れそうな暑苦さで訴えるおじさんと、戸惑う彩ちゃん。そして、そんなの慣れた様子のお父さん。
そんな3人の横で、僕は自分に向けられる視線に気付いていた。
平伏してるおじさん以外の――おじさん達だ。
その目には力がこもって、僕を見るというよりは睨んでるといった方が近かった。彩ちゃんの彼氏――つまり将来の王配候補と紹介された僕を、品定めしているのか。
(嫌だなあ……)
彼らがそうする理由は分かるけど、不快なのは変わらない。思わず身構えた、その時だった。
「「ぶへっ! ほぼおお……」」
僕を睨んでたおじさん達が、鼻血を出してうずくまった。血は鼻からだけでなく耳や口からも流れだし、おじさん達が手で顔を押さえても、したたる血は止まらず、彼らの足下に血だまりを作り始めた。
「君を『鑑定』しようとしたんだよ。それをレジストされて、魔力が逆流したのさ」
「『鑑定』……そんなスキルがあるの?」
「僕だって使ってるだろ? 君のスキルをチェックしたりするのに」
「あ、そうか……」
そんないつもの感じで僕とさんごは会話してたのだけど、平伏してたおじさんも含めて、おじさん達の顔が、みるみる驚愕に彩られていった。
そして叫んだ。
「「「偉大なる空に輝くペッキオ山の星にして猫神様!!」」」
「黙れ!!」
「「「…………っ!」」」
おじさん達を一喝して、さんごはゆっくりと、一言一言を区切りながら言った。
「不躾にも! 我が友に! 『鑑定』などをかけておいて! それで! よくも! 猫神様などと! ほざいたものか!……失せろっ!」
今僕らがいるのは円形の部屋で、床も壁も天井も石で覆われている。
さんごの声は、まるで石と石の継ぎ目から冷気が噴き出したかのように、おじさん達の表情を、一瞬で凍り付かせていた。
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お読みいただきありがとうございます。
作者メモ
おじさん達のイメージは、外人になった伊吹吾郎。
お父さんが光だけ誘ったのは、彩ちゃんの口から『自分も異世界に行く』と言わせるため
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