116.猫の発注は受けたくない
神田林さんの作ったトンネルは、1つだけではなかった。
弾丸を放つと同時に、僕はもう1つのトンネルを通って偽カレンの上空に飛び出し、その勢いのまま、弾丸を撥ね除けた直後の横面を殴りつけたのだった。
『
着地した僕に、がくがくと首を振りながら体を向ける偽カレン。僕が殴った頬から鎖骨のあたりまで、轍のような傷が走っている――しかし、もう消えた。
「ふんっ!」
取り出したバットで殴りかかると――ごん!
銀色の盾が現れ受け止められた。
その間に偽カレンは、足首から下だけを動かす奇妙なバックステップで距離を取っている。
追撃をしようと踏み出し、僕は――
「!」
止まって、バットを頭上に掲げた――がん!
なんとか受け止めたものの、腕はおろか、頭蓋までまで震えるような重い一撃だった。
偽カレンの手に、双剣が握られていた。
バックステップで僕を誘い出し、空中に現れた剣を握るや、僕を頭から両断するコースで振り下ろしたのだ。
魔力から望んだアイテムを作り出す能力――『ディダ』による技か。
『
偽カレンの双剣は、距離をとることすら許してくれない。
そして、重かった。
がん! がん! がん! がん!
(!)
通算5回受けたところで、バットが折れた。
(おかしい……)
バットを捨てて身を低くし、逆に偽カレンに近付き、偽カレンを通り過ぎ『
(…………こんなに、脆かったっけ?)
僕の腰では『タイフーンユニット』の風車が回っている。そこから吸い込まれた魔力は、ベルトを通って左腰の『ジョーカーユニット』に送られ、僕の望んだ形に精製される――千葉で『葛餅』と戦ったとき使った、黒いバットに。
新しく作ったバットを振って、僕は違和感を再確認する。
偽カレンに折られたバットも、いま作ったバットも、千葉で使ったそれより弱く感じられた。握った手に返ってくる、力強さみたいなものが足りないのだ。偽カレンによる弱体化?――答えは、さんごが教えてくれた。
さんご:王子の話を思い出してくれ
さんご:彼らの物質精製スキル『ディダ』は
さんご:その過程で魔力を『ティフェ』という物質に変換する
さんご:いまこの辺りの魔力は、全て『ティフェ』になってしまっているんだろう
「『ティフェ』になった魔力だから、上手くバットを作れない?」
さんご:そうだ。
さんご:『ティフェ』になった魔力に『タイフーンユニット』が対応出来ていない
さんご:今さんご隊が修正パッチを作っている
さんご:3分以内に対応するよう命じたから、それまで上手く誤魔化してくれ
「分かった――そういうことなら。そういうことだって分かっていれば……なんとか出来る!」
さんごと会話してる間も、偽カレンの猛攻は続いていた。降り注ぐ双剣を、バットでは受けない。ひたすら避けて、偽カレンの死角に回り込むだけだ。パターンが読めてきた。偽カレンは、前に向かってしか攻撃を出せない。横や後ろに回り込んだ敵への対応は、捨てている。
おそらく――視界の隅に、一瞬、陸橋の様子が見えた。
陸橋では、王子と王子を護る彩ちゃんに、偽カレンの『鳥』が殺到している。神田林さんも迎撃に加わって、なんとか持ちこたえている感じだ――だからだ。
僕と偽カレンの周囲にいる『鳥』は、僅かなものだった。
おそらく、横と後ろの防御を『鳥』に任せるのが、偽カレンの戦闘スタイルなのだ。だから『鳥』のほとんどが王子に向かっているいま、そこがガラ空きになっている。
それに気付くと同時に、思い出すことがあった。
1つは、模擬戦でカレン――いま戦ってる偽カレンではなく、本物のカレンから1本とったという猪川さんの話。それからもう1つは、白扇高校探索部との模擬戦。
「ここっ!」
偽カレンの双剣を避け、その横をすり抜けながら、バットで触る。
ちょこん、と偽カレンの膝を。
それは本当に触れただけの、全く威力の無い攻撃――ではなく接触に過ぎなかった。
しかし――『
偽カレンが動きを止め、膝をがくがくとさせた。
見れば膝から下が、あらぬ方向へと曲がっている。
砕けたのだ。
『「
振り向いた偽カレンが、また剣を振る。
また僕は避けながら、バットで触れる。
『
今度は上腕が砕け、剣を持った手がだらりと下がった。
「…………っ」
でもまだもう片方の剣が残っている。次の攻撃に備えて、僕はバットを構え直す。思い出す。あの時も、触れただけだった。白扇高校との模擬戦で不可解だったのは、実戦なら全くダメージを与えられない、意味の無い攻撃がポイントとして加算されてたことだった――まったく威力の無い、ただ相手に触れることだけが目的の、スピードしか無い攻撃が。
でも、そこに威力を加えられたら?
そして僕に、それを出来るスキルがあったら?
『
三たび振り下ろされる剣を避け、バットを偽カレンの腰に触れさせた。
「重力」
そしてバットから伝わった『重力』が偽カレンの腰骨を砕き、横ざまに吹き飛ばした。
最後に振るわれた苦し紛れの剣には、これだ。
「
ファストファインダースのガルシアさんから学んだスキル――何発もの斬撃を、同時に同じ場所へと叩き込む技だ。僕はこれをアレンジして、ひとつひとつの斬撃の方向に変化を与えていた。
例えば合気道の技は、異なる方向に向かう力を同時に与えることで相手の抵抗力を奪うのだという。僕の狙いはそれだ。
『
剣を受け止めたバットから伝わる複雑な力に対応しきれず、偽カレンは自ら望んでそうしたように地面を転がり、倒れた。
さんご:さんご隊の修正パッチが完成した
さんご:例外処理ばかりの汚いコードだけど
さんご:急場を凌ぐには十分だろう
「「「「「にゃおにゃおーん」」」」」
さんご隊――小さなさんご達の、そんな声が聞こえた気がした。
『
「うん――強い!」
今度のバットは、大丈夫そうだった。大洋のミヤーン――八相の構えをとり、偽カレンを見る。偽カレンは仰向けで、顔だけをこちらに向けて持ち上げている。小さく口が動いて、声がした。
『
(?)――ふと沸いた違和感は、いったん無視して。
僕は、バットを振り下ろした。
黒く重い一撃が、受け止めた剣をへし折り――がちん!
『
再び声を漏らす偽カレンと、僕の間に。
『鎖』があった。
偽カレンを護るように、宙から生えた『鎖』が張り巡らされていた。『鎖』にバットを受け止められたまま、僕は気付く。これは偽カレン――ゲラム=スピではなく、カレン――カレン・オーフェンノルグのスキルだと。
「!」
背筋を走る寒気に従い、僕は後ろに飛ぶ。一瞬前までいた場所に『鎖』が突き刺さっていた。追って来る『鎖』を避けながら見れば、立ち上がった偽カレンが、自らの胸に抜き手を突き刺すところだった。そこから取り出したのは――黒い球。そして黒い球が、一瞬で銀色に包まれると。
『
偽カレンは身体を捻り、その反動の全部を使ったような勢いで、空へと黒い球を放り投げた。ビルの間を抜け、黒い球はどこまでも飛び、見えなくなって、すると偽カレンの姿もまた消えていた。
僕は思った。
ゲラム=スピとカレン・オーフェンノルグ。
これは、そのどちらとの戦いだったのだろうかと。
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お読みいただきありがとうございます。
というわけで、偽カレンとの第1戦でした。
決着は、この後のダンジョン探索でつける予定です。
今回のさんごの無茶振り&さんご隊の仕事へのしょっぱい評価。仕事を請けたさんご隊としては、(ぐぬぬ!)って感じだったんじゃないかと思います。
がんばって作った書類を提出したら『ま、しょうがないかなって感じかな~』なんて上司に言われたというような経験は、皆さんにもあるんじゃないでしょうか。
面白い!続きが気になる!と思っていただけたら、
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