117.猫が密かに頑張った

 偽カレンとの戦いが終わり――


 陸橋に行くと、王子は『ぱちり』とウインクしたきり物言わぬフィギュアに戻った。


 神田林さん達はというと、神田林さんは平気そうだったけど、彩ちゃんのこめかみに大きな痣が出来ていて……


「あー。最後に一発、顔で止めちゃったんですよ」


 とのことだった。


あそこ・・・でスッキリしたかったんですけどね~。頭に喰らっちゃったら諦めるしかない」


 と、悔しげに目を遣るのは駅前のショッピングセンター。

 朝、神田林さんと盛り上がってた施設だ。


 そこのスーパー銭湯で汗を流したかったのは僕も同じなんだけど……


 さんご:今日は諦めるしかないね

 さんご:頭部の内出血が、脳にどんな悪影響を及ぼすか分からない


 さんごの言う通りだ。格闘家も試合の後は飲酒や熱いお風呂に入るのを控える。頭部にダメージを受けたのなら尚更だ。今日はぬるいシャワーを浴びるくらいにすべきだろう。もっとも僕はカレンと戦ったあの日、そのすぐ後に――何度でも思い出して、思い出すたび恥ずかしくなってしまう話題だから、触れるのは止めておくことにする。


「了解……今日は汗を流す程度にしておきます」

「スーパー銭湯は、また今度のお楽しみということで」


 ところで神田林さん達も、普通にスマホ無しでさんごからのメッセージを受け取っている。解禁されたのは今朝集まったホテルからで、あの場にいた王子と神田林さんと彩ちゃんと小田切さん、それからどらみんは、さんごと脳内で会話が出来るようになっていた。


「で、これからどうします? 流石に警察や探索者協会が出てくると思うんですけど」


 あれだけ派手な戦いを繰り広げたのだ。黒服の男達が遠ざけたとはいえ、騒ぎになるのは免れないだろう。駅前が封鎖されたことで人の流れが乱れ、その原因を知りたがってる人が大量にいるはずだ。遠くから駅前の様子を見る方法なんていくらでもあるし、僕らの戦いが動画でアップされててもおかしくはない。


「さて、どうしたもんでしょうかねえ。こういう時は、まずやらかした本人には連絡が来ないもんですから。やらかしがデカければデカいほど、現場は無風状態だったりするもんなんですよ」

「彩ちゃん……やらかしたことあるんだ」

「パイセンも大学に入れば分かりますよ。大学生ともなれば、そんなことの1つや2つ……」

「それって、彩ちゃんの後輩が学園祭で……」


 いつか、雑談で聞いたことがある。大学時代、彩ちゃんの後輩が農薬から爆弾を作り、こともあろうにその威力を学園祭の出し物として披露してしまったのだそうだ。爆弾の製造現場は学生寮で、当時B大村の村長――寮の最高権力者だった彩ちゃんも無関係ではいられず……


「いや、あれはあれでまだ……とにかく、警察や協会が私たちの身柄を押さえに来てない時点で察するべきでしょうね。現場へは、静観の指示しか出てないんでしょう。あっちの彼らも、事後承諾で動いてる部分が多かったでしょうし」


 彩ちゃんの視線の先には、黒服の男達がいた。彼らが駅前を封鎖したのも、完全に話を通してからやったのではないだろうと言ってるのだ。偽カレンを追いかける過程での強行――つまり彼らは彼らで、やらかしてしまってるのに違いはないと。


「いまは、偉い人同士で話が回ってる最中ですかね。私たちに何かあるとしたら、その話がついた後――小田切さんを通じてなんじゃないかな」

「でも、このまま帰るのも不味いよね」

「……そうですね」

「そうなんですよねえ…………」


 実を言えば、どうしたらいいのか、そのプランは僕の中にあった。きっと神田林さんと彩ちゃんも同じ考えだろう。でも、それを僕らだけで決めてしまって良いかは別の問題だ。


 しかし――


「うん。小田切さんに話してみよう」


 悩んでても時間が経つばかりだし、僕らの状況を知らせる必要もある。

 小田切さんに電話すると、ワンコールで繋がった。


『みんな怪我は? 大丈夫?』

「彩ちゃんが顔に打撲。神田林さんは、問題なしだそうです」

『あなたは?』 

「僕も、問題なしです。小田切さんの方には、何か行ってますか?」

『それが何も無いのよ。ネットで騒ぎになってるのを知って、見たら動画までアップされてるじゃない? お陰で私は、ネットで社員の危機を知る間抜けな社長になってるわけなんだけど?――って、嘘よ嘘。戦いに入る前にさんごから連絡は受けてたし、戦いの様子も中継してもらってた。お疲れ様。現状を言うと、誰かさん・・・・が頑張ってくれたお陰でイデアマテリアが炎上する心配は無さそう。ネットの論調は、あなた達が被害者って認識で推移してる』

「じゃあ、協会や警察からも――」

『――無いわね。最悪、このまま泳がされるかもだわ』

「泳がされる?」

『偉い人同士の話し合いの、帳尻あわせに使われるかもってこと。何も言わず、私たちがボロを出すタイミングを待ってね――そうなる前に、こちらもコミットする手立てを考えなきゃならないんだけど』

「コミット……手立て…………」


 話についてけなくなりそうだったので、とりあえず僕の考えを伝えることにした。


「このまま現場を離れるのは不味いと思うんです。僕らがここで何を考えてるのかを示しておかないと、後から『あの時こう考えてたんだろう。だから黙ってあの場を立ち去ったんだろう』ってこじつけられて、それが本当のことにされてしまうかもしれない。だからまず、1番近くにいる協会の人に話をして、協会の指示を仰ぐ姿勢を見せたいと思います」


『いいじゃない! それこそが私の望む『コミットする手立て』よ。じゃあ『誰かの頑張り』の結果を見て、それも話の材料にして――例のスレッドにも上がってるから』


 電話を終えて頷き合い、まず大声で聞いた。


「「この中に、探索者協会の人はいますか!」いますか!」いませんか~?」


 黒服の男達から、返事は無かった。


「ということは、あそこだね」

「……ですね」

「ですよね~」


 というわけで、僕らは陸橋から移動することにした。

 向かう先は、OOダンジョンだ。


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およみ頂きありがとうございます。

本日で、連続100日投稿達成しました!

カクヨムコンの準備のため、しばらくは文字数少なめになりますが、よろしくお願いします。


今回は、まあ小田切さんから探索者協会に連絡すればいいじゃんって話なんですが……数話後の台詞を先出しすると、こんな理由があったりします。


「ぴかりんが、最初に協会の指示を引き出してくれたお陰ね。正直、協会あいての温度感も分からない状態で私が出てくのは悪手でしかなかったのよ。最低限の意思表示で、相手にボールを渡すことが出来た。あれで、何かあったらこっちに連絡するっていう言質もとれたわけで――うん。お手柄お手柄」


大将である小田切さんが出て行くのは、先鋒の光で小手調べしてからの方が良いだろうというわけです。でもそれをいきなり光に投げるのは言葉に注意が必要……というわけで、ああいうやりとりになりました。


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