118.猫があのスレに降臨しました
OOダンジョンは、駅から5分ほど歩いた場所にある。
ダンジョンブレイクの時は行きも帰りも空を飛んでだったけど、道を歩いて行くと、まったく印象が違った。商店の並ぶすぐ向こうにゲートの建物が見えて、本当に街の中にあるダンジョンなのだと思い知らされる。
OOダンジョンに着いて――
入口近くにある詰め所に行くと、その人はいた。
ダンジョン警備隊の、隊長だ。
「江戸丸木です……そっちの2人は、初めてだな」
そういう名前だったと、そういえば初めて知った。ひげ面でやや肥満気味の巨漢。どこか白扇高校の顧問の鬼丸木を思い出させる風貌のその人を、僕は内心で『エセ丸木』と呼んでいた。そして本名も『エセ丸木』と似た響きだったのに、少なからず驚いた。
「そうですね……先日は、お世話になりました」
エセ丸木――江戸丸木と会うのは2度目で、1度目は美織里とダンジョンブレイクを討伐した時だ。その時の印象は、あまり良くない寄りの『良くも悪くもない』だったのだけど。
「それで? 怪我でもしたか? こっちには何も指示が来てないが? ここに行けって誰かに言われたのか? そんなの言われても、俺は知らんぞ」
驚いたことに、今日ははっきりと印象が悪かった。
少なくとも、先日は隊長としての覇気が感じられたというか、こんな拗ねたような話し方をする人ではなかったはずだ。それは詰め所にいる他の隊員も同じで、みんな僕らに背を向け、濃厚な『こっち見んな』オーラを放っている。
『ウェイトウェイト』と、想像上の手で背後の2人を押さえながら、僕は言った。
「今日は、報告に来ました」
「報告? 俺は、あんたらの上司でも無ければ先輩でもないんだが?」
「ダンジョン協会への報告です。1番近くにある協会の施設がここだったので、駅前で何があったか報告に来ました」
「いや、だから報告する相手は俺じゃないだろうって」
「でしたら、協会のどなたかに取り次いでもらえませんか? 僕らはマネージメント事務所と契約してますけど、
そう言った僕に対する、江戸丸木の反応は――
「…………へっ」
だった。
すると、神田林さんが言った。
「……ここでこの人に報告して終わりってことでいいんじゃないですか? 言った言わないになるでしょうから、録画して……ああ、配信してもいいかもしれませんね」
声は静かだけど、言ってることは迷惑配信者と変わらなかった。
彩ちゃんも、
「録画なら……もうしてますけど?」
と、スマホを出してみせる。
「うぐ…………」
声を詰まらす江戸丸木は、幸運だったとも言えるだろう。ここに美織里がいたら『あ~、あたしったらうっかり~』とか言いながら配信中の画面を突き付けてたかもしれない。
「分かった……分かったよ」
とうとう観念して、机に山積みになった書類をガサガサやりながら江戸丸木が言うには――ダンジョン警備隊は忙しい。シフトを回すので精一杯だ。先日のダンジョンブレイクで乱れたシフトはまだ回復出来ていない。警備隊のルーティンを守るのも自分の仕事だ。正直、OOダンジョンに関わりの無いことは持ち込んで欲しくない。駅までの戦いは自分もネットで情報を集めたが、
しばらく待つと――「ほら」と、面倒くさそうに電話の受話器を渡された。
電話が繋がってる先は、ダンジョン探索者協会の洞害事案窓口という部署だった。ダンジョンの外で起こった事故や事件について連絡を受ける部署だ。「失礼」。横から彩ちゃんが手を伸ばして、電話機のボタンを押す。相手の声が受話器ではなくスピーカーから聞こえるようになった。
「探索者番号238786の春田光といいます。はい。238786番の春田です――」
僕はさっき駅前で起こったことを話し、その途中でネットの掲示板の書き込みについても触れた。
それは、こんな書き込みだった。
●
【ダンジョン探索者・春田美緒里を語るスレVol.2392】
782:名無しの探索者
ここで話題を投下
某所に落ちてた動画なんだが、どう思う?
http://dansionchannnel.uploader/984734597634~
783:名無しの探索者
怖っ!
784:名無しの探索者
≫782
カレン?
785:みおりん探索厨
先日話題になった、カレンの病室の写真。
http://dansionchannnel.uploader/984734571213~
≫782の動画。
http://dansionchannnel.uploader/984734597634~
2つを比べて見ると、同じ病室と考えて良さそうですね。
入院中のカレンを何者か(というより何か?)が訪れ、カレンの容姿をコピーして去ったと。
ということは……
786:名無しの探索者
ガチホラーじゃん
792:名無しの探索者
ダンジョン板よりオカルト板向けの話題なのでは?
798:名無しの探索者
≫785
ということは?
832:名無しの探索者
≫785
カレンのそっくりさんがそこら辺を歩いてるってこと?
●
このスレッドに投下された動画は、今朝さんごから見せられたのと同じものだ。
このスレッドについて触れてから、僕は電話の向こうの職員さんに説明した。スレッドで行われているやりとりを見て、カレンが入院中なのを知ったこと。それを根拠に、駅前に現れたカレンが偽物だと判断したこと。現地に大量の鳥形モンスターが発生しており、またスレッドに投稿されてた動画からカレンの偽物をモンスターと判断。鳥形モンスターと連携している様子も窺えたため、攻撃を行ったこと。
それから最後に――
「というわけで、これからどうしたら良いのか僕らでは判断出来ないので、連絡しました。どうしたら良いでしょうか? 仲間の1人が頭に怪我をしていて病院に行かせたいんですけど、誰か現地に残っていた方が良いでしょうか? はい。はい――分かりました。よろしくお願いします。失礼します」
電話を切って、僕は言った。
「折り返しの電話で、指示をくれるそうです」
それを聞いて何か言いたげな顔になる江戸丸木だったけど、彩ちゃんのスマホに気付いて背中を向けた。誰もが無言で僕らから目を逸らし、時折ため息が聞こえてくる状態に耐えてると、10分もかからず電話があった。
協会からの回答は――
「はい。はい。はい……分かりました。いつでも着信出来るようにしておきます。連絡先は――」
何かあったらスマホに連絡するので、まずは病院に行って下さいとのことだった。
「「「お邪魔しました~」」」
詰め所を出る僕らが、嫌味たっぷりの表情だったのは言うまでもない。
OOダンジョンを出たところで、さんごが言った。
さんご:あの男は、原則を守ろうとしているだけだ
さんご:原則を守った結果、人が死に建物は崩れたかもしれない
さんご:だが、原則を守るならそれが正しい
さんご:それを防いだ君たちはイレギュラーであり、原則からすれば余計なことをしたということになる
さんご:原則というのはそういうものだ
さんご:それに従った結果、いずれそれに従う社会が崩壊するだろうことも含めてね
明日の講習が予定通り行われると告げられたのは、その1時間後のことだった。
===========================
お読みいただきありがとうございます。
というわけで、塩対応な江戸丸木隊長でした。
エビデンス作りのために人を巻き込むんじゃねーよというのが彼の考えです。
面白い!続きが気になる!と思っていただけたら、
フォローや☆☆☆評価、応援などよろしくお願いいたします!
コメントをいただけると、たいへん励みになります。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます