184.猫と2番目のお嫁さん(前)
行為を終え、しばらく話してたら部屋が明るくなった。
時間が来たということなのだろう。
「大丈夫?」
「ありがと……もう立てる。『状態異常無効』、復活したから」
とは言ってもまだちょっとふらついてる美織里が立ち上がるのを助けて、部屋を出た。
「お楽しみ様でございます」
廊下で待ってた女性からガウンを受け取り、香の焚かれた廊下を歩いて、神殿の外へ。
「「うわあ……」」
思わず、声が出た。
僕らの目の前にあるのは、神殿を囲む道を歌いながら練り歩く、大勢の人々の姿だった。
その歌声は――意味不明。
「「「「「あばらびぶらばらひびきりばらびびぷりぷりびりぱらはりはらえるれろぴぷぴぷぴぷぴぷぺらはらぴーぴー」」」」」
どんな言語の歌詞でも『万能言語理解』を持つ僕には理解できるはずなのだけど、それができず、単なる意味不明な言葉、いや音の連なりにしか聞こえないということは、デタラメに喚いてるだけなのだろう。
「めでたく婚礼のお楽しみを済ませた2人に祝福の拍手を!」
神父が叫ぶと、一瞬だけ足をとめ拍手をしたのだけど、人々はすぐまた歌いながら、再び教会の周りを回り始めた。
それを尻目に、僕は控え室に戻る。来た時みたいな籠ではなく、歩きで。
「美織里も?」
「うん。あたしも
そして何故か、美織里も僕の控え室に行くように促されていた。
行きは籠の中だったから気付かなかったけど、神殿と控え室は思ってたより近く、キ=レモノさん達の待機する部屋まで1分もかからなかった。
「お楽しみ様でございます」
「「「「「お楽しみ様でございます!」」」」」
レモノさんと女性達に頭を下げて言われ、僕は。
「お、おかげ様で……」
しどろもどろで、そう返すしかない。
それから並んで置かれた寝椅子に案内され、水の入った桶とタオルを渡された。準備の時とは違って、終わった後は自分で身体を清めるのがしきたりらしい。
「(ボソッ)これってさ、本当は新郎新婦で綺麗にしあうんじゃない?」
美織里が耳打ちする通り、僕も、新郎と新婦で身体の汚れを拭い合うのが本来のしきたりなんじゃないかって気がしていた。そうやっていちゃいちゃするまでが、この世界の結婚式なんじゃないかと。
でも今回、僕が特殊な例――1日で3人の新婦と結婚――だったせいで、レモノさんも、そうするようには勧めなかったのだろう。
「「…………」」
美織里と隣りあって身体を拭くというのは、変な感じだった。僕らの場合、こんなに近い距離で裸になって、なのにお互いの身体に触れもせずいるというのはまずなくて、だから中途半端で、逆に微妙な緊張を強いられていた。
だからだろうか、間を潰すように、美織里がレモノさんに聞いた。
「さっき聖堂を出たとき、廊下に香が焚かれてたんだけど、来たときは無かった気がするんですよ。あれって、何か意味があるんですか?」
レモノさんが答えた。
「建国の王『イーサン・ド・スケベーヌ1世』様がお妃様と結ばれたときの故事に倣っています」
「故事って、どんな?」
「『イーサン・ド・スケベーヌ1世』と妃の『マニエラ』『モエラ』『セリア』は大変仲睦まじく、王の傍らには常に妃の誰かの姿があったといわれています。神殿で焚かれていたのは、そんな王と妃が最も好んでいたと伝えられる香木です」
「へー。故事っていうと、
言いながら美織里が手振りで示したのは、結婚式で美織里が登場した時に後ろにいた女性達の、槍と盾を持つ姿だった。
微笑んで、レモノさんが答えた。
「美織里様のおっしゃる通りです。美織里様には、『イーサン・ド・スケベーヌ1世』と『マニエラ』の故事にちなんだ登場をして頂きました」
レモノさんの説明では、僕が籠に乗って移動したのも、その故事に倣ってのことだったのだそうだ。
『イーサン・ド・スケベーヌ1世』は、後に妃となる『マニエラ』『モエラ』『セリア』と、1時期、離ればなれになっていたらしい。
理由は他国との戦争だったのだけど、戦争が終わり、イーサンは籠に乗ってマニエラ、モエラ、セリアを訪ね、プロポーズして回ったのだという。
イーサンが訪ねたとき、マニエラは戦争で男がいなくなった村で残された女達を鍛え組織し、隷属を迫る周辺の部族と戦っていた。
「マニエラにとってその村は、特に関わりがあるわけでもない、旅の途中で立ち寄っただけの場所に過ぎなかったのだそうですけど……」
タラシーノ国の結婚式では、マニエラだけでなく、モエラやセリアにちなんだ登場をするのも定番で、誰の故事を選ぶかは、新郎新婦の好みや性格によるのだそうだ。
続けてモエラやセリアの故事についても教えてもらったのだけど、それは、次の結婚式の準備をしながらになった。
「(にやにや)」
女性達の手で全身に油や薬草の粉を塗られる僕を、美織里は楽しそうに眺めていた。
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