78.猫と彼女とダンジョンへ(2)エセ丸木はそんなに不快でもない

 お稲荷さんの祠の陰から、さんごが現れて言った。


「小田切から連絡だ。探索者協会から、美織里にダンジョンブレイクの対応依頼が来ている。GPSでOOダンジョン付近にいる探索者を探したところ、クラスA探索者の君が見つかり、それで指名がかかったということだ。ちなみに、どうして小田切が僕に連絡したかというと、美織里に連絡しても確実に無視されるからだ」


「「!!」」


 説明的なさんごの台詞に、僕はいいようの無い苛立ちを憶えていた。


 神田林さんたちの焼き肉写真を見て、いま僕は口が肉になっている。

 そして同じくらい、美織里と…………エッチなことをするつもりになっていた。


「……行くわよ」


 低くて静かな声で、美織里が言った。


「行こう……」


 僕も、それに頷く。

 ダンジョンブレイクを収めて、ステーキを食べて、美織里とエッチなことをするのだ。


 ためらいや恥じらいは、いまの僕からは消え去っていた。



 そんな僕らだから――さんごの首輪から出した装備に着替えながら。


ステーキハウスみせの予約は23時――それまでに済ませるわよ」

「いま22時ちょうどだから、実質3、40分?」


 そんな会話をしつつ、レザースーツを着るため下着だけになったお互いの姿を、ガン見している。


「ジャケットはどうする? 7月1日を前にお披露目するかい?」


 さんごが言ったのは、新事務所での活動のため作った探索者ジャケットのことだ。事務所に所属する探索者のコスチュームは基本的に自由だけど、僕と美織里は、新事務所とカップルチャンネルのロゴが入ったお揃いのジャケットを着ることになっている。


「いいわね。それで行こう」


 と美織里。


「OK。バズらせよう」


 と、さんごが首輪から探索者ジャケットと、僕のベルト型魔導具を取り出す。

 後はブーツとツールボックス、もうお馴染みの美織里のサーフボード――それだけでは無かった。


「ジョーカーユニット――完成したのね」

「ああ。タイフーンユニットとの同期に苦労したけどね」


 さんごから渡されたのは、ベルト型魔導具――タイフーンユニットに機能を追加する装備だった。


「じゃ、行こっか。30分で終わらせる」


 銀色のサーフボードに乗り、美織里が言った。

 僕も美織里の後ろに乗って、さんごは僕の肩に乗る。


 サーフボードが浮かび――


 次の瞬間、僕らは空を飛んでいた。

 OOダンジョンに着くまで、10秒もかからなかった。



 OOダンジョンのゲートは、元は区役所だった建物の中にある。

 地下駐車場の入り口だった場所が、そのままゲートになっているのだそうだ。


 建物前の広場には、野次馬が群がっていた。

 それを警官や応援の探索者が退去させようとしているのだが、うまくは行ってないようだ。


 道路にはパトカーとワゴン車が何台も並んでいて、そこで話し合ってる人たちがいた。彼らが、このダンジョンブレイクの対策本部ということなのだろう。服装で見ると、4割が警官で3割が探索者ジャケット。残りの2割が消防士服で、1割がスーツ姿。


 そこへ、僕らは降り立った。

 美織里が言った。


「クラスA探索者の春田美緒里です。探索者協会より、OOダンジョンのダンジョンブレイク対応を依頼されて来ました」


 突然現れた僕らに、対策本部の面々は鼻白んだ様子だった。美織里の名前や顔を知ってる人もいたかもしれない。むしろ知らない人の方が少ないだろう。でも間近で見る彼女は、ただの美しい少女に過ぎないのだ。


 輪の中心にいた探索者が、隣の警官を目で制して前に出た。

 ひげ面でやや肥満気味の巨漢。どこか白扇高校の顧問の鬼丸木を思い出させる風貌から、僕は内心で、彼のことを『エセ丸木』と呼ぶことにした。


 エセ丸木が言った。


「協会からは、クラスA探索者が派遣されると聞いたが――」

「言ったでしょ? そのクラスA探索者よ――はい、これ見て」


 そう言って美織里は、エセ丸木の鼻先に探索者バッヂを突きつける。

 そこへ駆け寄ってきた別の探索者が、エセ丸木に耳打ちした。


「連絡が来ました。クラスA探索者の、春田美緒里氏に依頼任務を発注したと」

「そうか……」


 美織里が言った。


「もう少ししたら、あたしが受注したって知らせも届くはずよ。で、現在の状況は? 避難警報は出てるの?」

「まだだ。ダンジョンブレイクの規模感が分かっていない。このブロックは既に封鎖を始めてるんだが――」


 エセ丸木の視線を追うと、そこでは元区役所を野次馬が囲んでいる。

 100人ではきかない数だった。


「規模感ね……どれくらいで分かる? 周辺区域への発報は?」

「22時45分が目標だ。22時30分までに規模感を出して、それを基に警察が発報の判断をする。規模感が不明なままだったら――東京都の前例では、ゲートから半径1キロ以内が封鎖される。規模が想定の最小なら、半径100メートル以内だが……このままでは、どうやら1キロの方になりそうだな」

「ふうん」


 美織里の視線を追うと、そこには……ああ、あれが件のステーキハウスか。

 どう考えても『100メートル以内』に入ってしまう位置だった。


「じゃあ、どっちでも変わらないかぁ……」

「?」


 そこへまた別の探索者が駆け寄り、タブレットを見せて言った。


「魔素ジオメトリ来ました――規模感以前の問題です! コアが低層に出来てます――コア再生に失敗したんですよ!」

「っ!――まさか、この赤が!?」

「へ~え。ゲートの真裏にうじゃうじゃうじゃうじゃ……保って3時間ってところかしらね」

「建屋外対応……調整依頼しますか?」

「ああ。しかし……いや、間に合わせんとな」


 目の前で繰り広げられる会話を、僕はどれだけ理解できてるだろう?

 ダンジョンブレイクについての知識を思い出しながら、整理してみたいと思う。



 ダンジョンブレイクとは、ダンジョンからモンスターがあふれ出す現象だ。

 原因は、ダンジョンコア。

 ダンジョンの深層にあるコアに異常が起きたり、まれに複数のコアが出来てしまったりすると、ダンジョン内の魔力に異常が生じてモンスターが大量発生する――これが、ダンジョンブレイクだ。


 通常は、ダンジョンのゲートをモンスターはくぐれない。ダンジョンコアが、そのように制御しているのだ。ダンジョンコアは独自のしきい値を持ってると言われていて、時折、小型モンスターがゲートをくぐって出て来たりもする。しかし、ある程度以上のサイズだったり、大群を成してるモンスターがゲートをくぐった事例は無い。


 ダンジョンブレイクを、除いては。


 ダンジョンブレイクが起こると、ゲートでの制御にも異常が出て、詳細は不明だけど――何らかの状態を満たすとゲートが開放され、モンスターが外に出られるようになってしまう。そしてその条件が満たされる可能性は、モンスターが多ければ多いほど高くなる。エセ丸木が言ってた規模感とはこのことで、モンスターの数とゲートが解放される可能性を合わせて言い表す言葉だった。


 そしてエセ丸木の部下が言ってた――『コアが低層に出来てます』


 ダンジョンコアは、通常はダンジョン深層に作られる。定期的に再作成されるそうなのだけど、OOダンジョンもそれを行ってるところだったのだろう。しかし今回は『コア再生に失敗したんですよ』ということで、深層でなく低層に作られてしまった。


 なぜ低層に作られたらだめなのかといったら、モンスターの発生位置がずれるからだ。


 ダンジョンブレイクの研究から判明したのだけど、ダンジョンコアは、決まった場所にモンスターを発生させる。そして場所の指定はダンジョンコア自身からの絶対位置で行われていて、つまりダンジョンコアの位置がずれればモンスターの発生場所もずれることになる。


 今回の場合、ダンジョンコアが低層に作られることでモンスターの発生位置がずれ、結果としてゲートの裏側に大量のモンスターが発生し――ゲート開放の条件が満たされる可能性が、爆発的に高まってしまったというわけなのだった。


 最初に言った通り、ダンジョンブレイクは、ダンジョンコアの異常が原因で発生する。

 だからダンジョンブレイクを収める方法はシンプルで、単純にダンジョンコアを破壊するしかない。


 しかしゲートの裏側――簡単に言うとダンジョンに入ってすぐの所にモンスターが密集している状態では、ダンジョンコア破壊のための部隊を送り込んでも、群れ成すモンスターに飲み込まれ全滅を余儀なくされるだろう。


 だからこの場合、いったんモンスターが溢れ出すのを待って、ゲートから出て来たモンスターを倒し、数を減らして、それからダンジョン内に部隊を送り込むしかない――これが『建屋外対応』と呼ばれる対処法だ。もちろん、モンスターが外に出るわけだから、周辺の封鎖は厳重に行わなければならないし、討伐に駆り出される探索者の人数も膨大な物になる。



 そんな状況を前に、美織里が言った。


「じゃああたし、ちょっと潜って来ましょうか?」


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