79.猫と彼女とダンジョンへ(3)オペラ

「じゃああたし、ちょっと潜って来ましょうか? ちょっと中に入って規模感って奴を調べて、ついでにモンスターかずを減らして、行けそうだったらダンジョンコアコアを破壊してきますよ」


 そう言った美織里を、窘めようとしたのか。

 眉を潜めたエセ丸木に、改めて探索者バッヂを突きつけると言った。


「あなたのクラスは? あたしはクラスA。でも実際はSともSSダブルエスとも言われてるし、SSSトリプルエスに届いてるとも言われている。あたしは、あなた方みたいなAにも届かない探索者が信じられないだろう物を見てきた。ポイント・ネモの近くで消えた戦艦。ウユニ塩湖の深層に棲むドラゴンの闇属性の閃光ブレス。でもそこで得たすべての経験は、いつか消えていく。老いさらばえたりくたばったりで……シャワーの最中の、おしっこみたいに。だからせめて、そうなる前に使ってやろうっていうのよ――こういう場所でね」


 美織里の発言に、エセ丸木たちは言葉を失ったようだった。

 でも僕は複雑だった。


 何故なら、スマホでは――


 美織里:ちょっと、こいつらウザすぎるんですけど

 さんご:この髭の男はクラスB探索者だね

 さんご:実力は大したことないけど

 さんご:クラスA昇格を諦めてからは

 さんご:ダンジョン警備隊の業務に専念して

 さんご:人望を得ている

 美織里:もしかして人格者ってやつ?

 美織里:ますますウザいんですけど

 美織里:ていうかこいつ、あたしのお尻から必死に目を逸らしてて

 美織里:逆にキモいんですけど

 さんご:じゃあちょっとカマしてやろうよ

 さんご:僕がよく使ってる便利なテンプレを教えよう

 さんご:XXの部分は適当な言葉に置き換えて、適当にアレンジして欲しい


 といった会話の後、いま美織里が言った長台詞の原文が送られていたからだった。

 さんごと美織里は、スマホを見たり触れたりしなくてもメッセージを送り合う能力を手に入れたらしい。


 苦笑する僕を見て、エセ丸木の部下の探索者が言った。


「ところで君はなんだ? さっきからスマホばかり見て! 遊び半分で来てるなら――」


 美織里に気圧されて『窘めたい気持ち』の矛先を僕に向けることにしたらしい。

 でもそれを、美織里が遮る。


「彼は、あたしのアシスタントですよ。今日は、先頭で潜ってもらいます――光!『ラップ&バキューム』で行くわよ!」

「分かった!」


 頷く僕に笑いかけると、美織里は歩き出す。

 ダンジョンのゲートに向けて。

 美織里に気が付くと、野次馬たちが2つに割れて道を空けた。


「こんばんは! 春日美織里といいます! これからダンジョンに潜ってきます! 写メ、どんどん撮っちゃってください!」


 手を振りながら歩く美織里に、スマホが向けられる。

 その1つに近付いて、美織里が言った。


「拡散しちゃってOKですから」


 輝くような笑顔と共に示して見せたのは、探索者ジャケットに書かれた新事務所のロゴだ。


『Idea Materia』


 それが、美織里の新事務所の名前だった。


「そして今日は、彼が主力となって戦います!」


 美織里の声に、野次馬たちの視線とスマホが、今度は僕に向けられる。

 シャッター音の中を歩きながら、僕は、つい最近読んだ漫画の台詞を思い出していた。


『天空より舞い降りた主人公タイトル・ロール。まるで歌劇オペラだ』


 ゲートに着いたとき、僕らの背中には『みおりん』『ぴかりん』と連呼する声が降り注いでいた。



 ドイツのホテルで盛り上がりすぎて、気恥ずかしさで目も合わせられなくなってしまった僕と美織里だったけど、でもだからか帰りの飛行機の中では、長時間にわたって真面目な会話を繰り広げていた。いま僕が持ってるスキルをどう活かしていくか話し合う、それは会議と言っても良かったかもしれない。


『ラップ&バキューム』とは、その会議で生まれたアイデアだった。



「さっきも言った通り『ラップ&バキューム』で。15秒経ったら、あたしたちも入ってくから」

「うん!――じゃあ、行くね!」


 ゲートの前に立ち――


 「結界」


 まずは結界で、全身を『ラップ包む』。

 その状態でゲートをくぐる。


 ゴブリン、オーク、コボルト、グリフォン、リッチ、アラクネ……


 ゲートの内側では、種類も強さもばらばらなモンスターたちがもつれ合いながらゲートに身を擦りつけ、外部への道を探していた。


 そこへ、僕が現れたわけだから。


「「「「「「fsjgfdlgjfdlkjglsgjflgjs;lgjslj!!!!!!」」」」」」」


 咆吼が塊となって降り注ぎ、牙や爪や毒液が叩き付けられてきた。

 すさまじい密度の攻撃と殺意。

 でもそれで、僕を傷つけられるかといったら話は別だ。


「「「「「「jglkfdgjfdlkgjfgkljfdlkgjfdglkf!!!!!!」」」」」」」


 殺意の咆吼は、次の瞬間、怯えに支配された悲鳴と化していた。


 ZZダンジョンで大顔系の攻撃をはね除けた結界は、しかしカレンには容易く破られてしまったわけだけど。いまここで僕に襲いかかるモンスターたちはカレンほど強くなく、そして大顔系よりも弱かった。


 彼らの牙も爪も結界に触れた途端に消滅し、弾かれた毒液は逆に彼らの肉体を灼いた。リッチの放った呪いも、より凶悪になって術者にはね返る。


 数秒のうちに、僕の周囲にはモンスターの空白地帯が生まれていた。

 でもまた数秒、いや1秒も待たず、モンスターたちが殺到するだろう。


 でも、それで十分だった。


 ベルト型の魔導具――タイフーンユニットに触れ、スイッチを入れる。風車ファンが回転し、前方にいるモンスターから魔力を吸い上げる。

 

 これが『バキューム』だった。

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