52.猫が「どうする?」と聞くのです
「おい! てめえオヅマ! どこ行きやがったてめえ! ぶっ殺すぞクラァ!」
中層入り口のあるこの辺りは広場のようになっていて、周囲の道を進めば自然とここへ辿り着くようになっている。
「てめえオヅマ、ボケ、出てこいやクラァ!」
だからオヅマを探す声も、すぐにここへと着いた。
「おぅ。オヅマてめぇ! 見つけたぞクラァ!」
現れたのは5人。
言葉遣いからも分かる通りの、どう見ても反社な男たちだった。
「おいぃ、ほひいぃ、おひいぃ……」
オヅマはといえば固まって、顔を俯かせている。もう諦めたのか、彼の持ち味の根拠のない傲岸不遜さみたいなものが消え失せてしまっていた。
でも胸の前に持ったスマホのカメラは男たちに向けられていて――配信中? こんな状況になっても? いや、でも多分……配信中だ。
「どうすんだオヅマてめえ!」
「はひ……はぃ……」
「逃げたら話し合いもなんも出来ねえじゃねえかおぃ!」
「はぃ……すんません……」
「どうすんだおぃ!」
「はぃ……はひぃ」
「はいじゃねえよどうすんだおぃ!」
「はひぃ……」
僕と弓ヶ浜さんを無視して、男たちがオヅマを詰問する。
でもちらちらと、僕たちの方に視線を向けてもいた。
でも自分の番が来ると、またオヅマを睨んで声を張り上げる。
男1「(ちらっ)オヅマぁあ!! ぶらぁああ!!」
オヅマ「はぃ……」
男2「(ちらっ)オヅマぁあ!! べらぁああ!!」
オヅマ「はぃ……」
男3「(ちらっ)オヅマぁあ!! ばらぁああ!!」
オヅマ「はぃ……」
男4「(ちらっ)オヅマぁあ!! ぼらぁああ!!」
オヅマ「はぃ……」
この会話は、どこに向かうというのだろう……着地点の見えないやりとりに、僕が不安を覚え始めた頃。
「おい、ちょい待てお前ら。待て待て待て待て」
男たちの中で、それまで黙ってた1人が口を開いた。
やはり1人だけ、スーツに身を包んだ男だ。
「まぁ……困ったねえ。おいお前ら。オヅマ君、怯えちゃってるじゃない。ダメだよ。これから話し合いをするって相手を怖がらせちゃあさあ。それじゃあ、オヅマ君も『はい、ついていきます。お話しましょう』なんて言えないだろう。なあ? お前らはそこら辺がまだまだっていうか、なっちゃいないんだよ。なあ? オヅマ君」
「は、はひぃ……」
「ほら、オヅマ君も言ってるぞ。『お前らなっちゃいないんだよ』って。言われちゃってるぞぉ?」
「い、いへ、そんな……」
そこまで聞いて、ようやく分かった。これは、あれなのだ――警察の取り調べで使われるという手法。最初は若い刑事が怒鳴り散らかして、そこへ先輩の刑事がやってきて犯人に優しく語りかける。そうすることで犯人の自白を引き出しやすくするという、そういう手法なのだ。この反社の男たちは、オヅマに対してそれをやっているのである。
(飴と鞭か――あれ?)
スマホが振動していた。
さんごと美緒里と僕だけのグループチャットで――
さんご:気付いたかい?
さんごが発言していた。
僕はそれに、スマホを片手で操作して答える。
光:(?マークのスタンプ)
さんご:スキルを見てごらん
言われたとおり、アプリを開いてスキルをチエックする。
表示されてるのは、いま僕が持ってるスキルの一覧だ。
そこへ新たに――
『威圧』『恫喝』『大声』『悪意充満』
そんなスキルが加わっていた。
さんご:あの男たちの魔力から、何か感じないか?
魔力から感じるって……あれかな?
光:雑味が多い?
さんご:そう。雑味が多い
さんご:彼らは、声や仕草に含まれる悪意を魔力で増幅して相手にぶつけている
さんご:それが、彼らのスキルだ
さんご:面白いのはその魔力に含まれる雑味の割合が
さんご:意図して増やされている点だ
さんご:それをぶつけられた相手は、どうなると思う?
大量の雑味をぶつけられたら……僕にもおぼえがあった。
光:魔力酔い?
さんご:(拍手のスタンプ)
さんご:そう。君も経験のある、魔力酔いだ
さんご:もっとも彼らの魔力量では
さんご:ちょっと現実認識に歪みが表れる程度に留まるだろうけどね
光:いまスキルが生えたのも?
さんご:彼らの魔力の雑味を取り込んだ結果だろうね
光:じゃあ、いま生えたスキルも?
さんご:いずれは、光魔法に喰われるだろう
さんご:まずは、光魔法が食べやすい形に加工されてね
アプリを見ると、既にそれは始まってたみたいだ。
さっきあった『威圧』『恫喝』『大声』が、
『威心伝心』
というスキルに置き換わっていた。
男の言葉は、まだ続いている。
「ってわけでさぁ……なあ? オヅマ君も分かってくれると思うんだけどさ、誤解を解くには、やっぱり話し合いが必要なんだよ。ほら、ちゃんと話し合う……話し合うための場所に来てもらえればさ。ちゃんと話の出来る人がオヅマ君の相手をするから。俺たちみたいな、がさつな奴らじゃなくてさ」
このままオヅマは、男たちに連れ去られてしまうのだろう。彼自身も承諾した、というよりは彼自身が望んだという形を作られて。オヅマがどこに連れられてくかも、そこでどんな目に遭うかも分からない。でも、ただ確かなのは……そこまで考えたところで、再びスマホが震えた。
さんご:どうする?
これからオヅマが、どんな目に遭わされるかは分からない。
でも確かなのは、それが男たちの望んだ通りの結果だということだ。
そして、男たちの望んだ通りにことが運ぶのを、僕は――
光:おもしろくないね
そう、感じていた。
●
音が鳴っている。でもダンジョンに吹く風の音に上書きされて、誰にも聞こえないだろう。僕にだけ伝わる振動だ。それは僕の腰に着けられた装置が発する音だった。
●
ちらりとではなく、しっかりと。
僕と弓ヶ浜さんを見て、男が言った。
「ああ、君……ぴかりん、だっけ? いま、ネットで有名なんだよね? それから、そっちのお姉さんも。ごめんねえ。探索をじゃましちゃったねえ。本当につまらないことなんだけどね、俺たちガサツだからさぁ。こんなつまらないことでもビャアビャア騒いじゃって大騒ぎなんだよ。でもさ。そこのオヅマ君も、一緒に来てくれるって言うから。もう話がつくとこだから。なあ? そうだよなあ? オヅマ君」
「は、あ、はあ――」
男の言葉に、頷きかけるオズマを。
「ちょっと待って」
僕は、手を上げて制した。
すると――
「ちょっと待って」
更に僕を制して、弓ヶ浜さんが言った。
「オヅマさん。あなた、手続きしないでダンジョンに入りましたよね? それ以前に探索者認定バッヂを持っていないでしょう。規則により、ダンジョン探索者協会はあなたを保護して事情を聞かなければなりません。これから中層のセーフハウスに行って、そこから上層に転移し、探索者協会まで同行してもらいます」
弓ヶ浜さんが見せるスマホの画面には、さっき送られてきた不審者情報が表示されている。
ふぅむ……わざとらしい仕草でそれを見て、男が言った。
「お嬢さんは協会の職員……ってわけじゃぁないよねえ?」
「私は職員ではありませんが、近くに職員がいます。これからその人を呼び出して、オヅマさんを引き渡します」
「でも職員じゃないなら……そんな義務、ないでしょぉ?」
「私は、協会への就職を希望しています。正規雇用されたいんです」
「へえ……」
「これ以上の説明が必要ですか?」
「ははっ。無いな――うん。お前ら、オヅマくんを連れて帰れ」
「ですから、彼は私が!」
「オヅマくんがダンジョンに入ったのはさ、俺たちのせいなんだよ。だから、俺たちは俺たちの責任でオヅマくんをダンジョンの外に連れ戻し、しかる後、探索者協会に出頭させます」
「しかる後って……いつなんですか?」
「さあ、それは1時間後かもしれないし――1年後かもしれないしぃ? おいお前ら! とっとと行け!」
そう、男は命じた――のだが。
「「「「あ、あ、あれれれれれ」」」」
男たちは、力が抜けた様子で、足を踏み出すことすら出来なくなっていた。
僕は言った。
「行きましょう。オヅマさん」
そう言って、オヅマの背中を押して歩き出したのだった。
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お読みいただきありがとうございます。
本章のラストバトルは主にレスバになります。
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