110.猫と運命を待ち伏せる
事務所に着いたのは、日付が変わる1時間ほど前だった。
明日からは、神田林さんたちと合流して『クラスD昇格者向け講習』だ。
初日は座学。その後は2日間のダンジョン探索で、神田林さんたちは既に東京に到着しているそうだ。
「いったん
事務所では小田切さんが待っていて、夜食を暖めてくれた。唐揚げとコロッケと筑前煮。炊き込みご飯も付いていて、全部おてもやんのお母さんからの差し入れだそうだ。そして当のおてもやんはといえば、コロッケひとつだけ食べて呻きともイビキともつかない唸りをあげている。
「おえ”ぇええ……うばぁあ……ぼおおお……ぼほおおおおおお…………」
食事の後は、僕らもホテルに移動するはずだったのだけど。
「やめておこう。部屋を取ってくれた小田切には悪いが、田舎者の僕らに東京のホテルは上等すぎる。光も、昨日でよく分かっただろ?」
「確かに、ちょっと綺麗すぎて緊張しちゃったかもね」
確かに昨日泊まったホテルは、どこか緊張を強いられるところがあった。以前東京に来たとき泊まったホテルとは、また空気が違っていたというか……つまりは昨夜泊まったホテルが気に食わないというだけの話になってしまい、部屋をとってくれた小田切さんには大変申し訳ないのだけど……
「わかった。
「そう。
と、僕にはよく分からない感じで2人が頷き合い、僕とさんごは事務所に泊まることになった。これもおてもやんのお母さんが持ってきてくれた寝具を借りて、グッズのサンプル保管場所となってる部屋に寝場所を作る。
「じゃあ、明日の8時には誰か来るはずだから」
そう言って、小田切さんは事務所を出て行った。
この頃には、さすがに僕もさっきの会話の意味を理解していた。
「電気は、消した方がいいかな?」
「消そう。その方が、あっちも入って来やすいだろうしね」
「あっちって、さっきの
「そうとは限らないけど、その可能性が高い。後処理のことを考えても、ホテルより事務所の方がまだマシだ。何が在って、誰が居るかを把握出来ている――それだけで
つまりさんごは、これから僕に何かが起きる――もっといえば、何かが襲ってくる可能性が高いと言っているのだ。
「運とかツキとかいったものは、決して予想出来ないものではないし、待ち構えることだって出来る。考えてごらんよ。これまで君が講習を受ける度、何かが起こっていた。モンスターや人間によってね。そして君が講習を受ける目的はクラスDになるため。そして明日はその総決算となる『クラスD昇格者向け講習』の初日だ――大顔系やオヅマや凶刃巻島や白扇高校を使って僕らにちょっかいを出して来た『運命の操り手』とでも呼ぶべき存在が、手をこまねいて見ているわけがない。種々様々なトラブルが煮詰まった、トラブルの煮っ転がしみたいなトラブルが起こるはずさ」
「じゃあ、今夜は徹夜だね?」
「いや、そこはしっかり眠ってもらうよ。トラブルを気にして眠れず最悪の体調で講習初日を迎える――そういうトラブルだってあるんだからね」
「って言われても眠れないよ……」
などと言ってた僕だったのだけど、電気を消して目をつぶったら、5秒で眠ってしまった。流れの速い川に足を取られ、そのまま水中に引きずり込まれてしまったみたいに。もっともそんなことを意識出来るくらいだから、眠りは浅い。目が覚める時も同じだった――
(来る)
意識して、僕は目を覚ました。ばちりと音がしそうな勢いで目を開く。闇を見る。薄闇の天井を。さんごの声がした。
「起きろ、光――来るぞ」
それは……がちゃん。窓から来た。通りに面した窓を割って、飛び込んできたのは2つ。さんごが言った通り
黒い球だ。
数時間前、千葉の山中のクラブで目にしたのと同じ黒い球が2つ。青みがかったグレーのタイルカーペットの上を転がって、止まった。明らかに意思を持って行われたと思しき、ぴたりとした制動によって。そして黒い球の上には、あれがある。
『淀み』――空気が渦を巻いて止まったような。
さんごが言うところの『情報生命体』だ。
ただ2つあるうちの片方が、もう片方のとも、千葉で見たのとも違っていた。
その『淀み』は、銀色の粒子を含んでいた。
見てると『淀み』から粒子が染みだし、たちまち『淀み』を包む鎧となった。下側からは角のような突起が長く伸び、上側では短い突起が無数の棘のようになっている。更にその中間では、小さな銀色の球が『淀み』の外周を護るように廻っていた。
さんごが言った。
「
答えず、僕は放った。
「
『射撃With雷』――『
そして、その威力はというと……『
ばっちり、効いていた。
「中身の精神生命体にも効いてるはずだ。『万物を越境する言葉』の効果でね」
「はは……」
さんごの言葉に、僕は苦笑いで返すしかない。千葉での戦いで手に入れたスキル『万物を越境する言葉』――これによって僕の魔法は、幽霊や宇宙から来た精神生命体にも威力を発揮するようになったのだという。でもまだ数時間前のことだ。さんごの説明を理解は出来ても、まだ実感が伴っていなかった。
「完全に、倒しちゃってもいいんだよね?」
「ああ、やってくれ」
さんごが答えるのと同時だった――放たれていた。
『淀み』の上側に生えた無数の棘が、一斉に、僕らに向かって発射されていた。
「結界!」
それを僕は、結界で防いだ。
結界の表面で『棘』が拉げる様は、天ぷら油の中で天かすと化す小麦粉のようでもあり。
「
そして反撃で雷を放つと、『淀み』の外周を廻る銀色の球に受け止められた。
「
しかし次の3連打で球は力を失い、角も折れ、床に転がった。
『淀み』を包んでいた銀色も、粒子に戻って宙に漂う。
割れた窓から差し込む常夜灯の光の中、後には『淀み』だけが残っていた。
「最後は『圧』で潰してくれ……そうだ! どうせだから、手でやってみなよ」
「……手で?」
これまでは相手――幽霊や情報生命体を体内に取り込んでから、魔力の『圧』をかけて潰していた。それで戦いを終わらせていたのだ――でも、それを『手でやってみなよ』とは?
「パイセンや彩ちゃんが、UUダンジョンでやってただろ? あんな感じで、手の平から出した魔力で『圧』をかけるんだよ」
「ううん……こんな感じ?」
離れた場所からモンスターの内臓を掴んだり打撃の威力を当てたり――UUダンジョンで神田林さんたちがやってたのは、そういうことだった。それと同じ感じで、離れた場所から魔力の『圧』をかけてみろと、さんごは言ってるのだ。
「こんな感じで……ぎゅ? ぎゅ?」
「そう。ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅ」
「ぎゅっ、ぎゅっ、ぎゅ」
『淀み』に手の平をかざし、両手で包み込むようなイメージで魔力の『圧』をかける。
「ぎゅ~~~」
「ぎゅ~~~」
そうしてると、これまでは自分の中に取り込まないと感じられなかった相手の声や息遣いが、触れずとも伝わってくる感触があった。
だから、その最後も分かった。
「ぎゅ~~~~~、うん。終わった?」
「終わった――行け! さんご隊!」
さんごが言うのと同時に、首輪から小さなさんご達――さんご隊が現れる。
「「「「「みゃおみゃおーん!」」」」」
角や球の残骸をカリカリひっかき始めるさんご隊。
そうすることで、残骸に残った情報をハッキングしているのだ。
カリカリカリ……カリカリカリ……
角も球も、見る間に傷だらけになっていく。
そんな様子を見ながら、振り向きもせずさんごが言った。
「僕の言いたいことは、分かるね?」
ぽとりと音がして、見ると
もうひとつの黒い球――『淀み』の前に。
それとは『フィグゲロ 1/6 春田美織里(MTT from イデアマテリア)』
美織里のフィギュアだった。
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