111.猫とフィギュアが話しています

『フィグゲロ 1/6 春田美織里(MTT from イデアマテリア)』


 もうすぐ発売になる、美織里のフィギュアだ。

 服は布製で、顔もリアルに作り込んである。


 それを黒い球――『淀み』の前に放ると。


「僕の言いたいことは、分かるね?」


 さんごは、そう言ったのだった。


『淀み』は、宇宙から来た情報生命体だ。

 僕らとは『情報基盤』というのが異なるそうで、本来なら言葉も魔法も通じない。


 そんな存在に対して、さんごは何を促しているのか。

 少なくとも、僕には全く理解不能だった。


 しかし『淀み』――そこに宿る人格には、伝わったみたいだ。


『淀み』がぴくぴく震えながら移動を始め、移動する先には美織里のフィギュアがあった。のたのたと近づき、でもその端が触れるとすぐにフィギュアと重なって、『淀み』は染み込むようにフィギュアの中へと消えていった。


「言語パッケージも仕込んである――言葉が通じないふりは、出来ないと思ってほしいね」


 そんなさんごの言葉に――フィギュアが立ち上がって、こう返した。


「命の恩人に、そんなことはしないさ」


 そして優雅にお辞儀をすると、こう言ったのだった。


「礼を言おう、異星の人よ――ありがとう」


 その時になって、目の前で何が起こってるのか、ようやく僕は理解したのだった。



「さ、さささんご、う、うちゅ、うちゅう、フィ、フィギュウ、フィギュ、フィギュアが喋ったしゃべ、べ、え、えええええ!?」

「光……初めて僕と会った時より慌てているのは、どういうことなんだい?」

「いいいいいいや、だ、だってさんごは猫だし!」

「……それで納得してしまうのは癪だけど、同時に面映ゆくも感じるのはどういうことなんだろうね……まあ、いいか」


 フィギュアを顎で指すと、さんごは言った。


「そこにいる彼は、君も理解してる通り宇宙から来た情報生命体だ。あのままでは地球由来の情報に呑み込まれ消滅していただろうし、千葉のあいつみたく『雑味』で身体を作られても面倒だから、とりあえず美織里のフィギュアに入ってもらった。日本語を話しているのは……説明が必要かな?」


 さんごの問いに、僕は首を横に振る。

 どういう説明を受けても『さんごが何かした』という以上の回答にはならない気がしたからだ。


「ふむ……」


 そんな僕らのやりとりを興味深げに眺めてたフィギュアだったのだけど、さんごの視線に促されると、再びお辞儀をして言った。


「私はリ=ゲム。ノード『バントラトラ』の王子だった存在だ。ノードとは、君達の概念にある『国』と同様の機構と考えてもらって構わない。これも君たちの概念にある『お家騒動』と同様の事情により、この星への『島流し』に処せられた。そして君たちに救われ、悲惨極まりないこの身の上を語っているというわけだ」


「さんごだ。気が付いてるかもしれないけど、かつては情報生命体だった種族の末裔だ」


「ほう」


「光です。宇宙にも王子様っている……いらっしゃるんですね。意外だなあ」


「光……そんなわけないだろう? 僕らにも理解しやすいように平易な言葉で置き換えてくれてるだけだ。昔の子供番組に出てくる悪の組織が、分かりやすい悪の表現として世界征服を目的にしてたのと同じだよ」


「え!? あれってそういう意図があったの!?」


「…………」


 さんごが黙ると、フィギュア→フィギュアの中の情報生命体→リ=ゲムが笑った。


「はははは。君たちが好ましい人格の持ち主なのが分かるよ」


 あれえ。そういう言い方、以前にもされたことがあるような……

 確かさんごと初めて会った時にも…………


「……第2話参照!」


 ぶすっとふて腐れるさんごに、更に笑みを深くして、リ=ゲムが続けた。


「取り繕う必要も無いだろうから言わせて貰えば、私の生殺与奪権は君たちに握られている。君たちが倒したその『淀みそんざい』は、おそらくノードの王となった叔父上からの刺客だろう」


「刺客?……って、島流しになったのに? 更に?」


「光の疑問はもっともけど――こう考えてみるといい。島流しになった彼の命を狙う勢力がある……ということは、逆に彼に死んでもらっては困る勢力もあるということなんじゃないかな?」


 そう言われても、よく分からない。

 だけど、浮かんでくる言葉があった。


「…………競争?」


「そうだ。彼――リ=ゲムを必要とする勢力が母国にあり、その勢力に彼を渡さないため、別の勢力が刺客を差し向けたという……とりあえず、そういう理解でいいのかな? リ=ゲム」


「ゲムと呼んでくれ。さんごの言う通り、王位継承権を失った私を再び担ぎ出そうとする勢力があった。それをさせないための島流しだったわけだが……母国ノードで何が起こってるかを考えると、背筋が寒くなるな」


「おそらく、君が母国に帰った時点で大勢が決まるような状況なんだろうね」


「おそらく、そうなのだろう。叔父上の母君は他ノードの出身だ。故に自ノード純潔主義に走らなければならなかったわけだが、そうなるとより濃く王家の血を継ぐ私を相手にするのは分が悪い。だから、同じく他ノードから嫁いだ母君を持つ兄上に私を追い落とさせ、それから兄上を謀略にかけた。既にその時点では、誰もが叔父上と兄上の争いに目を奪われ、序盤で退場した私のことなど気にも留めてなかったわけだが……」


「新王への熱狂が収まり、評価が行われる段階になると……というわけだね」


「そうだな。誰も居ない場所だから言えることだが……君たちのするような表現を使うなら、ぶっちゃけ叔父上って無能だしぃ。叔父上が王位を得るため、叔父上の母君の実家――他ノードが相当の金を注ぎ込んでいる。それを回収する段階になったら、我が母国は『詰み』だ…………私には、既に関わりの無いことではあるのだが」


「ところで、島流し先にこの星が選ばれた理由なんだけど?」


「私のノードでは、この星は流刑地として使われている。と言っても、ここ最近……君たちの時間概念で200年ほど前からのことだがな。何故か通信が遮断され、ネットワークへの接続はほぼ不可能。身体ひとつで追いやられたら情報生命体としては死ぬしかない、いわば『終わりの星』だ」


「なるほど。定期的に君たちの同族が落ちて来てたのは、そういうわけか」


「彼らがどうなったかは……君たちなら知ってるかもしれないが…………聞かない方が良いのだろうな」


 大塚太郎が言ってたことを、僕は思い出す。『まあ大体現地の人間が爆破して終わってるんだが』。うん、言わない方がいいだろう。というか絶対に言えないし、ゲム王子も聞かない方がいいだろう――王子が言った。


「ともあれ考えることは山ほどあるが、考える時間も山ほどある。そして今すぐ考えなければならないこともある――たとえば、当面どこに身を寄せるかとか――どうだろう? 故郷を追われ今はただの情報体となったこの身に、居場所を与えてはくれないだろうか」


 フィギュアとはいえ、美織里そっくりの顔でそんなことを言われたら、断るのは難しかった。

 と、その時だった――スマホが震えた。


 美織里:なんか、変なのが来てるんだけど

 美織里:ゲム王子っていうのを探してるんだって


 メッセージに添付された動画には、僕そっくりのフィギュアが写っていて。

 そのフィギュアが、女性の声でこう訴えていたのだった。


『私はノード『バントラトラ』の護衛騎士、リュ=セム。私が命を賭して守る存在であるところのリ=ゲム王子を追ってこの星にまかり越しました。美織里殿のご友人であれば、王子の居場所を探すのも可能であろうとのこと聞き及び、対価として我が情報体をお渡しするのも辞さない所存! どうか、お力を貸しては頂けませぬでしょうか』


 それを見て、ゲム王子が言った。 


「おお! セムではないか!」


 うん、そうなるよね。


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お読みいただきありがとうございます。


というわけで、新キャラとして情報生命体が仲間に加わりました。

夢枕獏先生の大帝の剣が好きなので……好きなので。


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