112.猫が鞍具も作るでしょう

『フィグゲロ 1/6 春田光』


 そういう商品名のフィギュアが、年末に発売される。

 メーカーからのサンプルは既に届いていて、それを事務所ここで見たのは、昨日の午後のことだった。


 それが、何故かいま東京から120キロ離れた自宅にあり。

 そして、スマホのビデオ通話でこんな会話をしているのだった。


 僕のフィギュアに入った情報生命体うちゅうじんと、美織里のフィギュアに入った情報生命体うちゅうじんが。


『王子ぃい! リュ=セムです! リュ=セムでございますぅうう!』

「おおセムよ! 心配をかけたようだな」

『いひええええ! 王子を護ることこそが我が命でありますからぁあああ!』

「ははははは! よしよし。セムは本当に暑苦しいな!」


 美織里によると、こういうことだった。


『窓から飛び込んできたんだけどぉ。そぉ。あの黒い球ぁ。それでぇ。光のフィギュアと戦わせてたらフィギュアに入って来ちゃってぇ。それでぇ。それで……王子っての探してるって言うから、あたしの友達なら探せるかもよ~って言ったら会わせてくれって言うからぁ。それでぇ……それでぇ?』


 美織里は飲酒してるらしく、そういう状態の美織里も大変可愛かった――いや、正直に言おう。そういう状態の美織里も、大変可愛くてエッチな感じだった。僕も、若干エッチな気持ちになってしまったのは否めない。


『光はぁ。土曜日に帰ってくるでしょぉ? それまでぇ、この子はぁ、あたしが面倒見てるからぁ。王子はぁ、そっちで保護しといてぇ。こっちで会わせればぁ。いいんじゃなぁい?』


 というわけで、ゲム王子を地元に連れ帰り、僕のフィギュアに入った護衛騎士――リュ=セムに会わせることとなった。


 しかし、話はそこで終わらず……


『ねぇあんたぁ、あの王子とヤってるのぉ? ヤってるんでしょぉ? どうなのぉ?』

『え、ヤってるとは……』

『交尾よ交尾!』

『情報の交接という意味でしたら……何度か。週に1度のペースで。あの、私は王子としかしたことが無いので、他の殿方と比べてどうとは言い難いのですが、寝所でも王子は大変凜々しく逞しく…………』


 美織里のセクハラに律儀に答えるリュ=セム。

 自分そっくりのフィギュアが頬を赤くしてもじもじする場面を見るという得難い経験に、僕までもじもじしていると……


「ははははは! 私もセムとしかしたことが無い! 普段のやかましいセムも可愛いが、寝所でしおらしくしてるセムも私は好きだ! ははははは!」


 そう言って笑うゲム王子に、メンタルが強いというのとは別種の強さを感じずにはいられない僕だった。


 しかしそんな王子が、突然声を低くした。


「なんなのだ……あれは?」


 愕然とした表情で見てるのは、僕の背後。

 部屋の、ドアがある辺りだった。


『お、王子! 早く逃げて――あれは、恐ろしいものに違いありません!』


 と、リュ=セムもビデオ通話越しに顔を青ざめさせている。


 振り向くと、そこには…………


「うえ”ええええ……うえ”ええええ…………」


 おてもやんが立っていた。

 いつからそこにいたのか、ドアを開ける音すら聞こえなかった。


「うえ”、うえ”ええええ……うえ”えええええ…………」


 焦点の合わない目で、室内を見渡すおてもやん。

 数秒か数分、しばらくそうしていると。


「お”え”ええええええええ!!」


 いきなり吐いた。

 いきなりといっても、おてもやんの場合、いつでも吐く寸前と言ってもいいのだろうけど。


「ははははは! この星は面白いな!」


 おてもやんを部屋に返し、吐瀉物の掃除が終わる頃にはゲム王子も事情を分かってくれた。


「ふむ……どうやら、その講習会とやらには私も同行した方が良さそうだな」


 事務所ここは人の出入りが多いし、その出入りする人というのが探索者だ。おまけにおてもやんが常駐している。おてもやんは何をするか分からない。再び刺客が襲ってくる可能性を考えても、ゲム王子には僕たちと一緒にいてもらうのが得策だろう。


「最低限の情報共有は必要だからね。パイセン、彩、小田切――この3人でいいかな」


 というわけで翌朝ホテルに集合して、神田林さんたちに事情を説明することになった。



 そして翌朝――


 メッセージを送って、集まったのは昨夜僕が宿泊する予定だったホテルの1室。

 そこに神田林さん、彩ちゃん、小田切さんの3人に来てもらい、事情を話した。


 神田林さん達には初耳だろうから、千葉での戦いのことも含めてだ。


「ガラス……ガラスが割れた。それだけなのよね」

「あとは、おてもやんが吐きました」

「そう……吐いた。うん、吐いた。いいでしょう」


 事務所の損害については、小田切さんの許容範囲内であったようだ。


「ふへぇ……かっこいいですねえ」

「これは……とおとすぎる」


 ゲム王子に、彩ちゃんも神田林さんも驚いて興味津々の様子だった。

 正確には、王子が宿る美織里のフィギュアになのだけど……


「みおりんの……男子モード」


 どこか苦しげな彩ちゃんの呟き――その通り、フィギュアは男性になっていた。美織里であることは変わらないのだけど、肩幅は広く胸の膨らみも筋肉の盛り上がりに変わったその姿は、まさに男子モードの美織里なのだった。


「君たちの概念で表現するなら、私は男だ。ならば私が宿るこの身体も、男であるのが自然というものだろう」


 いえ最近では心と身体でジェンダーが違っていても構わないということになっていて……などとは反論出来なかった。ゲム王子は情報生命体だ。うまくは言えないけど、肉体を持たない彼らにとって、精神と異なるジェンダーの身体を持つ理由は見つからないんじゃないかという気がした。


「ところでどうやって……ああ、そうか」


 フィギュアを改造した方法については、千葉で戦った『葛餅』や事務所を襲った銀色の鎧を思い出せば(あんなことが出来るなら、フィギュアの改造くらいどうにでもなるか)と思えた。ところで、あの銀色の鎧って……


「あれはヴィヴィラ――ネットワークから断絶した環境で生き延びるための、情報体維持装置だ。この星に実在する事物に喩えるなら『核戦争下での運用を考慮した重戦車』というのが近いか。私のような罪人とは違い、彼らはこの星での活動に備えて来てるというわけだ。もっとも私には、この身体とどらみんだけで十分だがな」


「きゅ~」


 彩ちゃんが連れてるどらみんを王子は一目見て気に入ってしまい、さんごが乗り方を教えてやると、ずっとどらみんの背中に乗ったまま会話していたのだった。


「ははははは。ほうれどらみん。もうちょっと高く飛んでみようか。ははははは」

「きゅうきゅ~」


 そんな王子を横目で見ながら、さんごが言った。


「あの鎧や黒い球スマホからハックした情報で、パイセンたちの装備を更新したよ。これで情報生命体にも、君たちの魔法が通じるようになるはずだ」


 そう言って首輪から出されたガントレットとモーニングスターに神田林さんも彩ちゃんも盛り上がった。


「嫌いじゃない……このセンス、私は嫌いじゃない」

「はあ……ところどころ赤と金色が入っただけで、どうしてこんなにカッコよくなるんでしょうか」


 情報生命体に、魔法は通じない。僕の『万物を越境する言葉』はそれを可能にするスキルだけど、この新しい装備を使えば、神田林さん達にも可能になるということか。


「ふん! ふんふん!」

「ふぉおおお。アガるぅ~~~!」


 早速シャドーボクシングや素振りを始める2人に、王子が目を細めた。


「うん! この娘らもセムと同じか――勇ましい女とは良いものだ! なあ、光!」

「はい……」


 周囲にそういう女性しかいない僕には、頷くことしか出来なかった。


 ●


 講習は11時から。

 僕らが会場のある駅に到着したのは、その30分前だった。


「では張り切っていきましょ~! MTT&ぴかりん! ファイト! おう!」

「「「ファイト! おう!」」」

「にゃ~!」

「きゅ~!」


 そんな感じで張り切ってた僕たちなのだが、しかし数分後、表情を曇らせることになる。


 さんご:みんな、ちょっとこれを見てくれないか

 

 さんごに見せられた、動画が原因だった。


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お読みいただきありがとうございます。


情報生命体に雌雄があるのかという突っ込みもあるでしょうが、そこは喩えだと思ってもらえると嬉しいです。寝所とかそういう表現もそうですね。本来の彼らがどんな感じなのかについては、小林泰三先生の『αΩ』みたいな感じというか、あの作品からイメージを拝借してますというか、パクリです。


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