113.猫とレストランに行きました

『クラスD昇格者向け講習』

 座学1日+探索2日間で、計3日間の講習だ。


 初日の座学が行われるのはOOダンジョンがあるのと同じ駅で、僕としては美織里と討伐したダンジョンブレイクというよりはその後のマンション屋上での出来事を思い出してしまうのだけど、顔には出さないように努力した。

 

 会場は、駅前のビルにある会議室で――しかし。


「1階がスーパー……」

「2階がレストラン……」

「「そして3階が……スーパー銭湯!」」


 しかし神田林さんと彩ちゃんは、その窓から見えるショッピングセンターに驚愕&魅了されていたのだった。


「あんな凄い建物、地元には無いですもんね」

「私が東京で住んでた町にもありませんでしたよぉお!」


 彩ちゃんは学生時代に東京に住んでいて、でもその時住んでた町では、山に猪が出たりしてたそうだ。山がある時点で僕が持つ東京のイメージと大きく離れているのだけど、ここは深掘りしない方がいいんだろうな。


 ごほん!――聞こえてきた咳払いに、僕たちは静かになる。


 会議室にいるのは、僕たち以外に5人。

 大学生風の3人と、あとは40歳くらいのおじさんが2人だ。


「はしゃいじゃって…………らしく、なかったですね」


 咳払いに窘められて、神田林さんの頬がちょっと赤くなっていた。机に置かれたテキストは、神田林さんらしく付箋と書き込みで分厚くなっている。


「いいんじゃないっすかね~。ドンマイドンマ~イ」


 一方、彩ちゃんのテキストはドッグイヤーひとつない綺麗なもので、代わりに疑問点の書かれたコピー用紙が横で束になっている。


 テキスト1つとっても、個性が出るものである。


「きゅー」

「にゃあ」


 さんご達はといえば、ちらちらこちらに視線を送ってくる大学生風の3人に、愛想を振りまいていた。

 でもそれも、講義が始まるまでだった。


「おはようございます。今回『クラスD昇格者向け講習』の講師を務める二瓶団吾です。クラスC探索者でしたが、5年前に引退して以降は講習の付き添いとプライベートで年間100日ほどダンジョンに潜っています」

「天津道子です。現役のクラスC探索者ですが、年間で60日間ほどしか潜っていません――頑張らないといけませんね」

「いえいえ。天津さんは凄腕の研究系探索者ですから。それではまず、今回の研修の日程についてお話しします――」


 講師が挨拶を始めて以降は、さんごもどらみんも静かなものだった。


 そして静かといえば、この人もだ。


「……………………」


 ゲム王子だ。


 王子はどらみんの背中にまたがって、無言なのはもちろん身じろぎ1つしないでいた。さんごの作った鐙に足を乗せ、背筋をぴんと伸ばした姿勢で手綱を握っている。まさに、そういうポーズのフィギュアにしか見えなかった。


 講習はとても勉強になる内容で――


「ここらへんは皆さんもお分かりでしょうが、長期間の探索では、メンバーの行動に傾向が現れてきます。私は『寅さんメソッド』なんて呼んでるんですが、まずは全体を俯瞰して判断する賢人。寅さんでいうとおいちゃんですね。それから状況に流されるだけの小市民。ヒロシです。考えが近視眼的で、機転が効くのと調子が良いのを取り違えた俗物。タコ社長。それから思考停止状態で、もっともらしいことを言ってるようで、実は何も言ってないに等しい馬鹿。御前様。気を付けるべきはタコ社長で、このタイプは結果論で話を広げてきますから注意しましょう。こういう人を賢人と間違えてしまうと大変なことになります……酷い言い方をしてますけど、大切なのはその状況で自分がどれに当てはまってるかを認識して、賢人の判断に耳を傾けることです。それから、自分のミス……誤った判断をしてしまう、その傾向を把握して誤りを事前に回避すること。簡単に言うと、エゴに囚われず考えをフラットにしよう、ということです」


 こういう話が聞けただけで、講習に来て良かったと思えた。

 喩えに出てくる人名は、まったく分からなかったけど。


「それでは、本日の講習はこれで終了です。明日は8時に現地集合となりますので、時間厳守でお願いします――お疲れ様でした!」


 途中で何度か休憩を挟み、今日の講習は16時で終わった。


 声をかけられたのは、会場のあるビルを出たところでだった。


「お疲れ様! この後予定が無かったら、お茶でもしない?」


 講習にいた、大学生グループだった。



 彩ちゃんの希望により、お茶ではなく食事に行こうということになった。


「だったら案内するよ。俺たち、地元がこの駅なんだ」


 言ったのは、大学生グループの猪川さんだ。他の2人は蝶野さんと鹿田さん。大学生のグループというと『新探索者向けダンジョン講習会1』で一緒になった3人を思い出してしまう。でも盗撮で探索者の資格を失った彼らと違って、爽やかな、見るからにちゃんとしていそうな人達だった。


 だから、こういう誘いには警戒心が強そうな神田林さんも異議を唱えなかったのだろう。


「猫がいるんですけど、大丈夫ですか?」

「大丈夫。ここら辺、そういうのに緩いから」


 案内されたのは、駅からちょっと離れた場所にある洋食屋だった。


 道中聞いたところによると――


「駅の近くの店はおすすめ出来ないんだよね……美味いんだけど」


 とのことだった。


「美味しい店が多いんだけど……ねえ?」

「美味いことは……美味いんだが」


 蝶野さんと鹿田さんも同意していて、理由を聞くと(あそこで声をかけてもらって良かった……)と思わざるを得ないものだった。


 その理由とは……


「駅の近くの店って――個人店だけなんだけどさ。どこも美味いんだけど、あたる・・・んだ。お腹を壊しちゃうんだよ。だから、子供の頃はチェーン店以外は行くなって親に言われてて……初めて個人店に入ったのは高校生になってスキルが生えてからだったんだけど……やっぱり、あたっちゃって」


 この情報に、僕らが顔を青くしたのは言うまでもない。講習の休憩時間にお弁当が配られたのだけどそれで足りるはずがなく、食事して帰ろうと――せっかくだから駅近くの穴場っぽい個人店に入ろうとなるのは確実だったからだ。お腹を壊した状態で探索なんて悲惨極まりない。これもさんごが言ってたトラブルなのだろうか?


「ふにゃう」


 案内された洋食店は、具がごろごろしたシチューと仔牛のカツレツがとても美味しかった。いかにも個人店といった感じの内装で、客も着飾ってない近所の人達がほとんどだった。


 猪川さん達は別々の大学に通っていて、でも高校は一緒だったのだという。

 和やかな空気の中、そんな自己紹介みたいことをゆるゆる話していたのだけど――


「俺達、王義捐で探索部に入ってたんだ」


 猪川さんのその言葉で、いきなりぴりっとした。白扇高校とのトラブルは、動画で拡散されてる。そこで探索部というものについて僕らがかなり辛辣なことを言ってるのは、当然、猪川さん達も知ってると考えた方がいいだろう――しかし。


「あ、ちょっと待って待って。そういうのじゃないから! 文句を言いたいとか、そういうのじゃないの!」


 と、蝶野さん。


「いや、むしろあなた達のアレを見て絶賛してたのよ。拍手喝采。よくぞ言ってくれたって――『部活上がりは使えない』って、私達も思ってたから……だから探索部は高校でやめにしたの。1からやり直そうって。王義捐のレギュラーとか、大会ベストパーティーとか、そういうのは一旦忘れようって」


 すると鹿田さんも。


「部でも、大会でレギュラーになるような奴らはみんな危機感を抱いていてな。だが、レギュラーになれない……言い方は悪いが実力不足の人間ほど『俺達は正しい』『王義捐は最強』って――あれは、怖かったな。それで顧問に話をしに行ったら『その通りだ』って言ってもらえて……そのひと言で背中を押されて、大学からは一般で探索していこうと決心出来たんだ」


 そして最後に、猪川さんが言った。


「だから君たちのアレは、二度目に勇気を貰えたというか……とにかく、そういう風に思ってる奴もいるってことを伝えたかったというか……済まない。もうちょっと、考えてから話すべきだったな」


 白扇高校とのことがあってから僕も勉強したけど、猪川さんたちが卒業した王義捐高校は、高校探索部技能競技会で全国ベスト4常連の強豪校だ。日本一になった回数も多い。そんな高校の探索部員、しかも大会レギュラーだった人達にこんな風に言われて、僕には返す言葉も無かった。


「違う……」


 ぽつりと言ったのは、神田林さんだった。

 俯き、目を伏せながら神田林さんは続けた。


「王義捐も白扇高校も全国ベスト4だけど……白扇は、ベスト4に入るのが目標の学校で……王義捐は、ベスト4の中で勝ち上がるのが目標……全然違う…………あんな人達と……同じなわけがない」


 神田林さんの声は、途中から震えていて。


「パイセン……」


 彩ちゃんが、その手を握る。

 猪川さん達も何かを察してくれたようで、そんな2人を黙って見つめていた。


「ふにゃ~お」

「きゅ~……」

「そ、そうね! ちょっと外の空気を吸ってくる!」

 

 さんご達に促され、彩ちゃんが神田林さんを外に連れ出した。

 同時に、店のあちこちから息を吐く気配。

 何かを察していたのは、他のテーブルのお客さん達も同じだったようだ。


「お食事中のところ、済みませんでした!」


 立ち上がって謝る僕に、猪川さんが言った。


「いいよいいよ。座りなよ」

「はい……」


 僕が座ると、他のお客さんの差し入れだそうでウーロン茶が運ばれてきた。

 また立ち上がってお礼を言って、また座ると猪川さんが言った。


「あのさ……君には、個人的に話したいことがあってさ」

「え? 何ですか?」

「C4Gのカレンと戦ってたよね? 俺も動画を観たんだけど、凄かったね」

「ええ。死ぬかと思いました」


 僕が言うと、みんなが笑った。

 鹿田さんが言った。


「あれを観て、猪川はショックを受けてたんだ。こいつも、っていうのは失礼か――こいつ、カレン・オーフェンノルグにに……うぐっ! うぐぐぐっ!」


 すると、蝶野さんも。


「だめよ笑っちゃ!――ああ、でも私も笑いそう……猪川はね、カレンと模擬戦してボコボコにされたのよ。それからしばらく、模擬戦恐怖症になって、部活にも出てこれなくなっちゃって――ぐぐっ! ぐぐぐぐっ!」


 最後に、笑いを堪えて息を詰まらす2人の背中を撫でながら、猪川さんが言った。


「違う違う……ボコボコにされたんじゃない。ボコボコにされる前にビビって倒れちゃったんだ。高3の全国大会が終わった後、来日したC4Gに表敬訪問に行ったんだけど、そこでカレンと模擬戦をすることになって……俺が1本取ったんだ。そしたら『へえ』ってカレンが言って……目が合った途端、全身が震えちゃってさ。力が入らなくなって、そのまま倒れて気絶しちゃったんだ」


「そんなことが……でも凄いですね。カレンから1本取るなんて」


「だって、それは……なあ?」

「やったこと無かったよね、あれは」

「うん。剣の握り方を見れば分かった」


 なるほど……そういうことか。


「カレンは、明らかに模擬戦をやったことが無かった。だから俺も1本取れたんだよ。でも、模擬戦じゃなかったら……殺されるな、と思ったね。それまでは普通っていうか緩んでたのが、一瞬で雰囲気が変わって、ビビった――細胞レベルでビビった。だから、倒れちゃったんだろうな。だから、君とカレンの動画を観た時はショックだったよ。高校生が、あのカレンと互角に戦ってるんだから。こいつスゲえ!ってなって、ほら見てこれ。買っちゃったし――『ぴかりんの名言スタンプ』」


「えっ!? ちょっと待ってください。そんなの売ってるんですか!?」


「知らないの? 来月第2弾が出るんだけど――」


 見せてもらうと『こんなのでも単独で探索出来るんですよ』とか『日本人はステーキとバーベキューを舐めてます』とか『みおりん、ちゅきちゅき~』とか、僕が言ったことや言いそうなことや人前では絶対言わないことがスタンプになっていた。


 誰がこんなのを――さんごか。

 ところで、ひとつ疑問に思うことがあった。


「さっきの模擬戦の話ですけど……そのとき、美織里ってどうしてました?」


 それに対する答えは……


「「「…………」」」


 無言、だった。


 それから神田林さんが戻ってくるのを待って、店を出た。


 カレンに襲われたのは、その10分後だった。


===========================

お読みいただきありがとうございます。


カレンが猪川さんにさっき丸出しにしてたその時

美織里:(にやにや)

その他(C4Gの残り2人含む):(ドン引き)


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