114.猫が動画を見せました

 店を出て、駅に向かう道を猪川さん達と歩いた。

 異変に気付いたのは、駅前のロータリーが見えてきた辺りでだ。


 魔力が、ざわめいていた。


 空気中の魔力が弾け、泡立ち、波紋を描いている。

 まるで大音量を鳴らすスピーカーを、水の中に突っ込んだみたいだった。


 僕は言った。


「逃げてください」

「逃げろって……?」


 戸惑う猪川さん達に、もう一度、僕は言った。


「逃げてください……殺されます」


 見ると彩ちゃんも神田林さんも、表情を固くしていた。

 彼女たちも、異変に気が付いてるのだ。


「本気のカレンか、それよりヤバい奴が来ています。狙いは僕らです。僕らから離れれば離れるほど安全になります。これから僕らは、駅に向かいます。だからこれ以上、駅には近付かないでください」


 返事を待たず、僕は歩き出す。

 猪川さん達が、ついてくる気配は無かった。


 駅に近付けば近付くほど、魔力のざわめきは激しく、禍々しくなっていく。


(これが……ゲラム=スピ!)


 僕は、今朝さんごに見せられた動画を思い出していた。



 さんご:みんな、ちょっとこれを見てくれないか?

 

 そう言ってさんごが見せた動画には、暗い部屋が写されていた。手前にベッドらしき白いものがあって、その周囲に何本も細い棒が立っている。テレビでよく見る防犯カメラみたいな画質で、画面の端には日付と時刻が表示されていた。


 さんご:とある病院の監視カメラだ

 さんご:サーバに侵入して、昨夜からモニターしている

 さんご:4:20から起こることを、よく見てくれ


 画面の端の時刻が4:20になるまで、数十秒待った。

 そして4:20になるのと同時に、何かが病室に飛び込んできた。


 暗く解像度の低い画面で、色も形もよく分からない。

 でも床を転がって止まる動きで、僕には分かった。


 黒い球だ。


 そして動画には映ってないけど、黒い球の上には、当然あれがあるはずだった。


『淀み』


 次の瞬間、それは棘と角を生やした銀の塊という形で、画面に現れる。

 銀の塊は宙を漂い、ベッドの脇まで来ると制止した。


 その時になって、ようやく僕は、ベッドの周りに立つ細い棒が点滴のスタンドだと気付く。

 棒の数は、4,5本かそれ以上。

 この点滴の量からすると、ベッドで眠る人は相当な重傷ということになる。


 そんな重病人に――疑問が言葉になる前に、答えが出た。


 粗い画面の中で、銀の塊が姿を変えていく。

 人の姿に。

 その姿が誰のものかは、すぐに分かった。


 カレンだ。


 銀の塊が、カレン・オーフェンノルグの姿を得て、ベッドの脇に立っていた。

 そして踵を返すと、黒い球を拾い画面の外へと消えた。


 しばらく間を置き次に画面に現れたのは看護師で、続いて医師や他の看護師が画面に現れ――そこで、動画は終わった。


 さんご:現在、カレンは危篤状態にある

 さんご:彼女の偽物が現れたのと同時に、容態が急変してね


 僕も彩ちゃんも神田林さんも、言葉を失っていた。


「「「…………」」」


 ただ、この人だけが違った。


「ゲラム=スピだな」


 ゲム王子が言った。


「『バントラトラ』の将軍だ。彼の『ディダ』は余人の及ぶところではない。あの練度で実体の精製が行えるのは、ゲラム=スピ以外に有り得ないだろう」

「ゲラム=スピは、王子を?」

「ああ……殺すか連れ帰るかは分からないがな。私のもとへ訪れるのは間違いない」


 神田林さんが聞いた。


「どうして、その将軍はカレン――あのベッドに寝ていた人物を訪ねたのでしょう?」

「それは、情報の偏差を辿ったのだろう。情報生命体われわれと深く接触した存在には痕跡が残る。そのカレンとやらも、過去に我々と関わった経緯があるのではないか?」


 さんご:確かに、彼女は君たちの仲間を身体に取り込んでいたことがある


「だろうな! 私が光のもとを訪れた時も、その方法を使った」

「王子は、追われてるんですよね? それなのに、同じ星の人を探して?」

「そうだ。我々の同胞がいる、もしくはいた痕跡があるということは、我々の生存しうる環境があるかもしれないということだ。仮にそこに追っ手がいたとしても、それこそ望むところではないか。『情報体維持装置ヴィヴィラ』を奪って生存環境を手に入れられるのだからな」


 自分が討たれるかもという発想が無いところが、王子の、僕とは全く異質なところだった。


 さんご:ところで、さっき『ディダ』と言ってたよね。

 さんご:『ディダ』がどんなものなのか、詳しく教えてくれるかい?


「ああ。『ディダ』はな、魔力から物質を精製する能力だ。魔力に含まれた情報を中間物質の『ティフェ』へと変換し、形質情報を書き換え、望んだままの物体を精製する。そうそう。『ディダ』とはそれに使う魔力を集める『ヴェフェ』という能力もあわせての呼び名でな。ゲラム=スピの『ディダ』は、『ヴェフェ』で集める魔力の量でも並ぶ者がなかった」


「!」――僕は、さんごを見た。

「にゃあ」――さんごが、頷く。


 いま王子が話した『ディダ』とは、僕の魔導具――サイクロンユニットとジョーカーユニットを合わせたような能力だった。それらを使って僕がやってきたことを思い出せば、ゲラム=スピがいかに恐ろしい相手かは、想像するまでもなかった。


「まあいい。殺しに来るにせよ迎えに来るにせよ、私には――んん? まさか……いや、ゲラム=スピに限って、それは有り得んか……」


 顎を手で支えて考え込む王子は凄まじいばかりのイケメンっぷりだったのだけど……さんごが言った。

 

 さんご:光、ジャンプしてくれ

 さんご:手を振りながら、ジャンプするんだ


「え? うん――これでいい?」


 さんごに言われた通り手を振りながらジャンプすると、道の反対側に止まった車から降りてくる人がいた。


 サングラスに黒いスーツの中年男性だ。


「ボソッ…………お待たせしました」


 小声で言って渡したのは、大きさから想像するよりずっと軽い段ボール。

 去って行く後ろ姿を尻目に段ボールを開けると。

 そこに入っていたのは――


 さんご:大塚は仕事が早いね

 さんご:さあみんな、これを手に取って

 さんご:いつでも着けられるようにしておいてくれ


 段ボールに入ってたのは人数分の眼鏡――MEGANEだった。


● 


 駅前の通りはそのまま陸橋となっていて、そこから1段下がった場所が、ロータリーになっている。

 偽カレン――ゲラム=スピは、そこにいた。


 さんご:さあみんな、あれを起動してくれ


 僕らは、それぞれに取り出したMEGANEを着けると言った。


「「「「機装展開メック・オン」」」」


 金属の輝きが、僕らの全身を包み込む。


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お読みいただきありがとうございます。


お忘れ、もしくはご存じない方のために説明するとMEGNEとは|機械式拡張型包括強化育成服《Mechanical Extended Gather Augmented Nurture Equipment》という名前のガジェットです(第106話参照)。


最近はカクヨムのランキングしか見てなかったのですが、久々になろうのローファンタージーのランキングを見たら凄い作品ばかりでビビり散らかしました。ダンジョン配信と自衛隊を組み合わせるかあ……とか。


カクヨムコンに向けて異世界転生ものの新作を準備してます。

乞うご期待!


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