182.猫と過ごした結婚前夜(前)
食事を終え小屋に帰ると、さんごのガールフレンドが来ていた。
綺麗な毛並みの白猫だ。
「ふみゃん」
可愛らしく僕を見上げ、さんごにじゃれつく彼女を家にあげて、シャワーを浴びる。
そしてパジャマに着替えた、その途中の、どこでだろう――僕は、思った。
(明日、みんなと結婚するんだ)
心の中で言葉になると、それをどう扱ったらよいのか分からなくて、僕は、ふわふわしたようなざわざわしたような、なんともいえない感情を持て余す。
「みゃーん」
「みゃんみゃーん」
テーブルの下でいちゃつくさんごとガールフレンドの白猫を見ながら、考えてたのは、美織里やパイセン、彩ちゃんのことだった。彼女達との出会い――これまでのことを。
最初に出会ったのは、美織里とだ。
美織里は従兄弟で、初めて会ったのは7歳の時。彼女は最初から距離が近くて、それは僕らの住む場所とは関係がなかった。
彼女は東京に住んでて、アイドルで。それから探索者になって、アメリカに拠点を移して。その間、僕らはずっと連絡をとりあって、僕らはずっと――なんだったんだろう?
僕はいつから美織里が好きで、美織里はいつから僕のことが好きだったんだろう。
僕と美織里が付き合い始めたのはこの春からだけど、好きだったのは、そのずっと前からで、告白は、ただそれまであった気持ちを言葉にしただけに過ぎなかった気もする。
いつ好きになったか分からないといったら、彩ちゃんやパイセンも同じだ。
始めて僕がダンジョンに潜ったとき、ゴブリンに襲われてる彼女を助けたのが、彩ちゃんとの出会いだった。
気弱で引っ込み思案――初対面ではそんな印象だったけど、でも段々、全く反対なんだと分かってきた。
本当の彼女は強靱なメンタルの持ち主で、子供の頃から現在に至るまで武勇伝は数知れず。でも僕らには優しくて、明るくて、頼りになる、大人の女性だ。
逆にパイセンは――なんていったらいいんだろう。大人ではなくて、でも子供というのも違う。始めて会ったときのパイセンはとても落ち着いて見えて、でも一緒にすごすうち、彼女が色んな悩みを抱えてるのが分かった。
どれも彼女にはどうにもできない悩みで、でも大人になれば解決してしまいそうな悩みでもあって。
パイセンの側にいて感じる気持ちは、やっぱり上手く言えない。楽しいというのも、心地よいというのとも違う。どんな言葉にしても間違いになってしまいそうな気がして――ただ彼女の側にいる時間が貴重に思えて、彼女が愛おしく感じられる。それだけは、確かだった。
美織里も彩ちゃんもパイセンも、僕のことを好きになってくれて、僕も彼女達のことが好きだ。
そんな彼女達と、明日、僕は結婚する。
とんでもないことだという、自覚はある。そもそも3人と付き合ってエッチなことをしている時点で、とんでもない。
でも、止めるつもりもなかった。
3人の女性と同時に付き合って同時に結婚する。やっぱり、とんでもないことだ。彼女達が許してくれるからというのは、言い訳にならない。でも心の手続きとして、僕は、それを言い訳にしている。最低だ。
でも、止めないのは――
結婚したいからだ。僕が、美織里と、彩ちゃんと、パイセンと、結婚したいからだ。彼女達と探索して、いちゃいちゃして、エッチなことをして、美味しいものを食べて、そして、そんな……そんな?
(人生)
突然色が付いたように浮かんだ言葉に、心の中が凪いだ。さっきからざわめいてた感情が、すっとあるべき場所に収まったような、そんな感覚があった。
(明日、みんなと結婚する)
もう一度、心の中で言葉にする。
今度は、さっきみたくふわふわざわめいたりはしなかった。代わりに切ないような嬉しいような気持ちになって、でも心は落ち着いている。
するとだ。
(大丈夫かなあ……)
途端に、現実的な心配が襲ってきた。
(3人……3人とエッチなことするなんて……出来るの!?)
何回もしたことはあっても、何人ともしたことはない。よく分からないけど、1日に3回と1日に3人は、まったく違うようなが気がした。
「ふみゃーん」
気付くとさんごのガールフレンドの白猫が、膝元から僕を見上げていた。
さんごが言った。
「彼女が気になるってさ――『この人間は何を難しい顔をしてるんだろう』って」
「う、うん……」
聞かれるまま、いま僕が考えてたことを説明すると、さんごがそれを白猫に説明する。
「ふにゃにゃにゃんにゃ」
「ふにゃふにゃ」
「にゃにゃん」
「にゃにゃーお。にゃん」
白猫の鳴き声が、僕に何か訴えてる気がして「あ、あの……なんて言ってるの?」聞いてみると。
「『女に恥かかせるなよ』だってさ」
明日、僕はみんなと結婚する。
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