106.猫と電車で東京へ(6)『葛餅』との激闘

「うえぇ”ええええ……おばぁああああ」


『葛餅』から吐き出された弾丸が、おてもやんを狙う。

 しかし――


「う”ばっ”」


 おてもやんは、それを一升瓶で叩き落とすと、よたよたとその場で回り始め。


「うえ”ァああ……う”ばぁ……う”ばぁ…………」


 次々と襲い来る弾丸を奇跡的なタイミングで避け、そして叩き落とした。

 さんごが言った。


 さんご:光。『雷神槌打サンダー・インパクト』を頼む


「うん! 雷神槌打サンダー・インパクト!」


 僕の放った雷が『葛餅』を叩いた。

 しかし――


「効いてない!?」


『葛餅』は、ぷるんと震えただけで全く堪えてなかった。

 大塚太郎が言った。


「効いてないっていうより聞いてない――『言葉』が通じねえんだよ!」

「みゃおん!」


 さんご:その通り――やっぱり、そうだったか

 さんご:魔法は、自分と同じ情報基盤を持ってる相手にしか通じない

 さんご:その相手が、人でも物でもね

 さんご:あいつの持つ情報基盤に『雷』――僕らの持ってるような『雷』の概念が存在しないということだ。『雷』という物理現象を、あいつは僕らと全く違う概念で捉えている。だから光が魔力に乗せた『雷』の情報は、あいつにとっては意味不明のクズ情報でしかなく、効果を持たなかったんだ


「そうか、幽霊……だから『言葉』が通じない。だから魔法も…………」


 今頃になって思い出した。『人食い屋敷』の帰りに、大塚太郎に教えてもらったことを。幽霊と僕らでは存在レベルでの『言葉』が違う。だから幽霊には魔法が効かず、僕らの『言葉を』幽霊のそれに翻訳する『お札』無しではダメージを与えられなかった――だったら。


「だったら、お札は!?」

「宇宙人だからなあ……さすがに地球のお札じゃ通じないだろ。外人のお化けくらいならともかくさ」

「じゃあこっちのスキルが弱体化してるのは――そうか。脳が過負荷で!」


 さんご:その通りだ。『言葉』が通じないのはあいつも同じ

 さんご:あいつの魔力に含まれる『雑味』は、僕らにとってゴミ情報に過ぎない

 さんご:しかし理解不可能な情報の解読で僕らの脳のリソースが消費され

 さんご:それでスキルの行使に齟齬が生じている


「じゃあおてもやんは? 全然、普通にスキルを使ってるんだけど」


『葛餅』の放つ弾丸は、僕らにも向けられている。なんとか避けられてはいるけど必死だ。なのに同じように、いや僕らよりずっと多くの弾丸を向けられてるおてもやんは、それを苦も無くかわしていた。『酔えば酔うほど死ぬ確立が低くなる』――おてもやんのスキルは、まったく弱体化してないように見えた。


「おぇえええ(ひょいっ)……う”ぃいいい(ひょいっ)……う”ぃっ(ばん)う”ぃっ(ばん)う”ぃっ(ばん)…………」


 ちょっと呆れたように、大塚太郎が言った。


「酔っ払いは、話を聞かねえから……クズ情報はおろか、普通の情報だって聞いちゃいねえ。だから、精神攻撃なんてガン無視してスキルが使えてるんだ。そもそもアル中で、普段から脳に負荷がかかりまくってるからな」


 そういうことか……あれ?


「う”ぃっう”ぃっう”ぃ”い”…………おえ”えええええええ!!」


 嘔吐と躍動を両立するおてもやんを見てると、気付くことがあった。


 既に弾丸だけでなく、ぬらぬら光る触手まで襲いかってきてるのだけど、それをおてもやんは酒瓶で殴り、あるいは吐瀉物をかけて遠ざけている。瓶や、吐瀉物で。殴ったり、かけたりして。あまりに容易く行われているせいで気付かなかったのだけど――つまり。


「物理は効く……そうか。だからカレンは『鎖』で」


 カレンの『連鎖する鎖の因果チェーンリアクション』は、鎖を操作するスキルだ。鎖は物理的な存在。そしてそれによって行われる攻撃もまた物理――だから『葛餅』を削り、弱体化することが出来たわけか。でも――


「でも、どうして幽霊に物理が? 幽霊には実体が無いんじゃ――」

「あれは、実体だ。作ったんだよ――君らの言う『雑味』からな」


 さんご:さっきも言った通り『言葉』が通じないのは、あいつも同じだ

 さんご:僕らのスキルが弱体化してるのは、結果に過ぎない

 さんご:意図せぬ結果として生じた、意図せぬ精神攻撃だ

 さんご:元々あいつが意図してたのとは、全くかけ離れているだろう

 さんご:そして意図した通りの精神攻撃が通じない以上、別の『言葉』が必要になる


「物理は、宇宙を股にかけた万国共通の『言葉』だからな」


 さんご:その通り

 さんご:だから物理的な操作を行うための実体を作り出した

 さんご:いずれはあの触手を人間の脳に刺して操るくらいは出来るようになるだろうね

 さんご:美織里が凶刃巻島にやってただろ?

 さんご:あれを、もっと精緻にしたような形で


 となると……


「となると『身体能力強化』が使えないのは痛い――なんて考えてるんじゃないか?」

「ええ。物理で叩くなら」

「そこでこれだよ――これ。忘れてないか?」


 そう言って大塚太郎は指で叩いた――眼鏡を。


「おう。丁度いいじゃねえか。兄ちゃん! これ、使っていいぞ!」

「お”うばぁあ……」


 何故か服を脱ぎだして全裸に近い状態になってたおてもやんが、眼鏡に触れた。

 そして、言った。


「うぇ”ああああ…………『めっぐ・お”ん』」


 大塚太郎も、眼鏡に触って言う。


「『メック・オン』――ほら、ぴかりんも」


 促され、僕も言った――若干の気恥ずかしさと共に。


機装展開メック・オン


 そして次の瞬間――僕らは、輝く金属の装甲に身を包んでいた。


 |機械式拡張型包括強化育成服《Mechanical Extended Gather Augmented Nurture Equipment》――MEGANE。


 大塚太郎の説明では『迷宮』からの技術で作られた純地球産の装甲強化服パワードスーツだ。


「ほわちゃ!」

「えい!」

「おえ”え”え”」


 ういんういん唸りながら筋力を補助するスーツは『身体能力強化』が使えないのを補って余るほどのパワーを与えてくれた――『葛餅』の弾丸を避け、弾き返し。触手を掴み、引っ張って千切るほどのパワーを。


fhdskjfhdsグギョーーーーーーンfhdskjfhdsグギョーーーーーーンfhdskjfhdsグギョーーーーーーン!』


 それは、悲鳴だったのだろうか――『葛餅』から発せられた唸りは、明らかに僕らの攻撃のタイミングと一致していた。


「痛がってる!?」


 さんご:大塚が言っただろう? 物理は万国共通の言葉だ


「幽霊と違って、こいつには身体があるからな!」

「!っ――だったらっ!」

「おい、ぴかりん。そいつは良いアイデアだが、今はやめといてくれ」


『葛餅』には魔法が効かない。しかし物理なら効く。ということは、『葛餅』の下の床を魔法で破壊すれば、その破片や爆風でダメージを与えられるのではないか――そう考えたのだけど、大塚太郎に止められた。何か事情があるらしい。いまここでは僕が1番無知で、考えることは1手も2手も遅れている――さんごや大塚太郎の言うことに疑問を持ってはいけない。


 さんご:ところでその甲冑には精神攻撃の遮断効果もあるようだね


「おう。そもそもMEGANEこいつが作られたのは、それが目的だ。最初は1980年代、NASAの宇宙服にカメラとモニターを仕込んで視聴覚経由の精神攻撃を防ぐところから始まった。90年代には魔素偏向素材の蒸着に成功。ハーフミラー化も実現して、それに電子制御も加わり――あっちの魔力は防いでこっちの魔力を通すって芸当も可能になった。まあ、稼働時間が10分しか無いのが玉に瑕だがな」


 さんご:たった10分でも有り難い。あいつの精神攻撃に晒され続けたら存在の自己認識まで阻害され――


「どろどろに溶かされちまうってこと! さあ猫ちゃん! 次はそっちのターンだ」

 

 さんご:そういう煽りは嫌いじゃないね

 さんご:光。サイクロンユニットを起動してくれ

 さんご:ジョーカーユニットは、僕が制御する


「う、うん!」


 サイクロンユニットを起動する。腰の風車が回り『葛餅』から魔力を吸い上げた。そして取り込まれた魔力から分離された『雑味』が『精神感応素材イデアマテリア』へと精錬され、左腰の『ジョーカーユニット』へと送り込まれる。『ジョーカーユニット』は『精神感応素材イデアマテリア』を加工して望んだ魔導具を作ってくれる装置だ。そしていま、さんごの制御で『ジョーカーユニット』が作り出したのは――


「……バット?」


 3本の、バットだった。

 黒くて、見るからに重そうなバットだ。


「こりゃいいな――ほれ、兄ちゃん!」


 大塚太郎が、おてもやんに向かってバットを放った。


「おえ”。うぉええええええ……」

「おっ。近藤和彦のてんびん打法か!」

「おえええ………当だり。おぇ”ええええええ」

「じゃあ俺は、種田仁のがに股打法だ!」

 

 大人たちの、僕には理解不能な野球ボキャブラリーでの会話に背を向け、僕もバットを構えた。


「お、ぴかりん渋いねえ! その構えは大洋のミヤーン!」


 誰ですかそれ。


 さんご:そのバットは、あいつの魔力に含まれる『雑味』で作られてる

 さんご:あいつと同じ情報基盤を有しているということだ


「それって『言葉』が通じるってこと?」


 さんご:そうだ

 さんご:魔力を乗せて殴れば、なんらかの魔法効果が生じるのは間違いない


 それがどういうことかは、おてもやんが教えてくれた。


「う”おえええええええ!! おえ”えええええええ!!」


 おてもやんがバットを振るたび、僕らの語彙では表現しがたい色彩が弾け、『葛餅』の触手を溶かし焼け焦がす。


「おじさんも頑張っちゃうぜ~!」


 大塚太郎のバットも同じくだ。

 そして僕も――


「えいっ! えいっ! えいっ!」


 僕らのバットの描く円は次第に『葛餅』を包囲し、『葛餅』本体にバットが届くのも時間の問題と思えた。


(でも――その後は?)


『人食い屋敷』の件では、2階に居た子供たちに大塚太郎が『圧』をかけ、それで事態が終息した。では今回も『葛餅』に『圧』をかければ――そんなこと、出来るんだろうか?


 さんごが言った。


 さんご:あの黒いのを弾き出してくれ

 さんご:あの黒いのを僕のところまで弾き飛ばしてくれたら

 さんご:それで、最後の一手が打てる


「…………分かった」


 あの黒いの――『葛餅』の中心にある黒くて丸い塊に、僕はバットの狙いを定めた。


 グリップに顔を近付けた、大洋のミヤーンの構えで。


 それは剣術でいう『八相』の構えに酷似していたのだけど。

 それを僕が学ぶのは、もう少し後のことだった。


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お読みいただきありがとうございます。


MEGANEの元ネタが分かる人がいたら尊敬します。

特にNASAの宇宙服が云々って部分。


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