107.猫と電車で東京へ(7)史上最悪のコンボ

『黒いの』――『葛餅』の中心の黒い塊に、僕はバットの狙いを定めた。


「おえ”ぇえええ……おえ”ぇええええ。え”っ! え”っ!」

「ほらほらほらぁ! どうだ!」


 おてもやんと大塚太郎が『葛餅』を攻撃しながら、お互いに近付き、離れた。

 そこに現れた隙間に――声は乗せず、息を吐きながら滑り込み。


「――――――っ!」


 振り下ろしたバットで『黒いの』を弾き飛ばした。


fhdskjfhdsグギョーーーーーーン!」


『葛餅』から『黒いの』が飛び出し、転がって、そして――


 さんご:ナイスだミヤーン、じゃなかった光


 さんごの足下で止まった。


 さんご:さて、それでは猫ちゃんもがんばっちゃおうかな

 さんご:行け! さんご隊!


「みゃおーん!」

「「「「「みゃおーん!」」」」」


 さんごの雄叫びと共に現れたのは、5体の小さなさんご――さんご隊だった。

 さんご隊は『黒いの』に飛びかかると、カリカリカリカリ……


「「「「「みゃおみゃおーん!」」」」」


 よってたかって『黒いの』をひっかき始めた。

『黒いの』は、直径10センチほどの球体で、その表面が見る間に傷だらけになっていく。


fhdskjfhdsグギョーーーーーーン!」


 それを『葛餅』が、触手を伸ばして止めようとするのだが……


「うぇ”えええ……おぇ”っ!おぇ”っ!おぇ”っ!」


 おてもやんが、踏み潰して叩いた。

 そして更には『葛餅』本体も。


「うぇ”っ!うぇ”っ!うぇ”えええ……おぇ”っ!お”ぇ”っ!おぇ”っ!」


 踏みつけ、バットで叩き。


「お”お”ぅばぁ”ああああああっ!」


 吐瀉物を吐きかけた。

 そして口元を拭うとまた叩き、また吐く。


「うぇ”っ!うぇ”っ!お”ばぁ”ああっ!……うぇ”っ!うぇ”っ!お”ばぁ”ああっ!……」


 こんな酷いコンボを見るのは、生まれて初めてだった。

 一方、その頃さんごはといえば。


「おおい猫ちゃん。あれ、何やってんだ?」


 さんご:ハッキングだよ


「言葉が通じないのに?」


 さんご:情報を扱わせて、僕たち猫に敵う者はいない

 さんご:ましてやこんな、自ら情報基盤を書き換えることで情報生命体へと変態し

 さんご:なのに情報基盤を1つしか持たず

 さんご:相手の情報基盤を模倣することすら出来ない

 さんご:その程度の連中の言葉や情報機器なんて

 さんご:ケーキのひとかけらを食べるより簡単にハックできるさ!


 さんごの言う通りだったのだろう。

 そしてそれは、その証明だったのだろう。


「「「「「みゃみゃおーーーーん!」」」」」


 勝ち誇るようなさんご隊の雄叫びと共に『黒いの』が虹色の光を放ち、その場で回転し始めた。


 さんご:ふふん、なるほど……なるほどねえ


 それを見て、にやにや笑いながら頷いてたさんごだったけど、やがてこんな指示を出した。


 さんご:まずはこれかな……

 さんご:光。これから僕が言う言葉を真似してくれ


 言葉?


 さんご:『おぎぎょーん』と

 さんご;この言葉を連呼してくれないか?


「分かった……おぎぎょーん! おぎぎょーん! おぎぎょーん!」


 すると『葛餅』が。


fd;、dsdグギョ、グギョ……っ!』


 あからさまに狼狽えたような気配で、僕から遠ざかり始めた。

 更に連呼すると……


「おぎぎょーん! おぎぎょーん! おぎぎょーん!」

fd;sdグギョギョ…………』


 まるでおぞましい物を見るような、ドン引きの気配。


 さんご:次は大塚

 さんご:君は『べほもーん』と連呼してくれ


「あ、ああ……べほもーん! べほもーん! べほもーん!」

sd、sdギョ、ギョ…………』


 ドン引きが、更に強まった。

 ねえさんご、これって……


 さんご:いま君たちに連呼してもらったのは

 さんご:そいつらの言葉で、女性器と男性器を意味する最も下品な言い回しだ

 さんご:『黒いの』をハックして仕入れた情報さ


「ええっ!? 女性器!? 男性器!?」


 さんご:言っただろう?

 さんご:その『黒いの』は、宇宙人のスマホだって

 さんご:ネットワークから切り離されてても

 さんご:保存されてた情報だけで、そいつらの言葉や文化を理解するには十分だったよ


「ほお。なるほどなあ……」


 さんご:ネットワークから切り離された情報生命体は、傾向として猥雑な概念を忌避する

 さんご:そこで、君たちにそういった下品な言葉を連呼してもらったわけさ

 さんご:ぼくがリサーチしたところでは、この世界の幽霊にも同じ傾向があって

 さんご:下ネタの連呼で幽霊を撃退した事例もあるそうじゃないか


「確かに、墓場でセックスして祟られたって奴はいないな」

「そうなんですか!?」

「俺の知ってる範囲ではな」


 さんご:では、次は僕の番だ

 さんご:これを仕入れるために『黒いの』をハッキングしたと言っても過言では無い

 さんご:とっておきの情報さ


 黒いの――宇宙人のスマホに保存されていた、とっておきの情報とは?


 息を呑み見守ると、空気が震えだした。

 そして空気の震えが音――いや、声となる。


『ぎょうむぎょうむぎょぎょむぎょぎょぎょぎょ、ぎょうむぎょうむぎょぎょむぎょぎょぎょぎょ、ぎょんむぎょんむぎょぎょんむぎょんむ、ぎょんむぎょんむぎょぎょんむぎょんむ……』


 声が、さんごによるものなのは考えるまでも無かった。

 問題は、それがどう働くかだ。


『葛餅』を見ると。


『……………………………』


 動きを止め、固まっていた。

 この声は――さんごが言った。


 さんご:お経さ

 さんご:やつらにとってのね

 さんご:情報生命体は、原則――正しく整理された有り様からの逸脱を恐れる

 さんご:そしてネットワークから離れた状態では、それが更に顕著になる

 さんご:猥雑な概念を忌避するのは、その現れだ

 さんご:お経に限らず、聖なる言葉とは魂の原則を説くものだ

 さんご:だからそいつにとって、お経とは畏れの対象であり

 さんご:同時に自らを縄縛する恐怖の対象でもあるんだ


「確かに確かに……どんな不信心者でも、幽霊になればお経で鎮められる――情報生命体って観点で言われると、なるほどって話だ」


 さんご:そうだよ

 さんご;幽霊というのは、原初の情報生命体でもあるわけだからね

 さんご:さて光……見えるかい?


『ぎょうむぎょうむぎょぎょむぎょぎょぎょぎょ、ぎょうむぎょうむぎょぎょむぎょぎょぎょぎょ、ぎょんむぎょんむぎょぎょんむぎょんむ、ぎょんむぎょんむぎょぎょんむぎょんむ……』


 さんご:この言葉から生じている、魔力が


「うん……見える。言葉の――空気の震えから、魔力が湧き出ている」


 さんご:精錬された言葉は、それ自体が魔力を生み出す構造体ともなる

 さんご:いわゆる言霊という奴の、一面における正体だ

 さんご:では光。その言葉の……やつらのお経が生み出す魔力を吸い上げてくれ

 さんご:その魔力が含む『雑味』を取り込み

 さんご:お経を、スキルとして生やすんだ


「そんなこと……いや、出来るんだね」


 さんご:ああ、出来るさ

 さんご:ルナユニットは、そのために作った装置だ

 さんご:やつらのお経をとりこむことで

 さんご:君の中に、新たな情報基盤が生まれる

 さんご:その行為は、君の精神に大きな負荷を与えるだろう

 さんご:だけどルナユニットが、君の正気を維持してくれるはずだ


 僕は言った。


「分かった――やるよ」


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お読みいただきありがとうございます。


MEGANEは顔まで金属で覆うパワードスーツなのですが、おてもやんが吐く時だけ口の部分が開きます。


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