108.猫と電車で東京へ(8)新たなるスキル

「分かった――やるよ」


 僕は、手を伸ばす。

 宇宙人のお経で振動する、空気に向かって。


『ぎょうむぎょうむぎょぎょむぎょぎょぎょぎょ、ぎょうむぎょうむぎょぎょむぎょぎょぎょぎょ、ぎょんむぎょんむぎょぎょんむぎょんむ、ぎょんむぎょんむぎょぎょんむぎょんむ……』


 そこに生じている魔力を、吸い上げる。

 そこに含まれてる『雑味』を、取り込む。


「うぐ……ふうぐ、ぎぎ…………う”う”っ…………」


 目の前が真っ赤、いや虹をいくつもずらして重ねたような色彩で塗りつぶされる。僕の中で何かか剥ぎ取られて、膨らんで、また貼り付けられるような感覚。腰のルナユニットが、熱い。そして痛い。まるで身体を溶かしてめり込んでくるようだった。でも確信があった。その痛みがある限り、僕は正気を保っていられるという確信。痛みが遠ざかり、また近付く。いつしか僕は2人になって、また1人に戻ろうとしている。痛い。とても痛い。ルナユニットが輝いてる。そこには僕が人間として持ってる記憶や感情が、すべて収められてるようだった。気付くと僕は僕を見ていて、その視点がルナユニットから見たものだと理解する。僕の背中を、誰かが押す。僕はルナユニットを出て、登り始める。震えていた。僕も、僕が登っている僕も。何度も落ちそうになりながら、どれくらいかかっただろう? ボルダリングを経験しておいて良かった。親指ほどの大きさの僕が、僕の顔に辿り着く。目を覗き込む。開ききった瞳孔の向こうには闇と、もつれあう何かの気配があった。『fdskldsjfdslk!!』絶叫しながら逃れようとする何かを、闇の奥へと引きずり込もうとする別の何か。やがてばらばらに砕けた何かが別の何かに呑み込まれ、闇の奥へと消え、気付くと僕は僕と同じ大きさになっていた。僕は僕の前に立ち、僕と重なり合い。そして僕は――僕になった。


 さんご:お疲れ様

 さんご:やり遂げたね、光


 不思議と熱も痛みも無く、平熱を極めたような状態の頭で、僕は聞いた。


「いま僕に生えたスキルって……どんな? どんなスキルなの?」


 さんご:それはね……


 さんごの首輪から、スマホが現れる。

 画面には、こう表示されていた。


『万物を越境する言葉』


 さんごが言った。


 さんご:君が手に入れたのは、やつら……

 さんご:いや、全ての情報生命体が持つ

 さんご:情報基盤の基礎部分だ

 さんご:『雑味』を糧にスキルを生やす君の能力が

 さんご:やつらのお経を解析し、手に入れたんだ


「それって……うん、よく分からない」


 さんご:分かりやすく言うなら

 さんご:君の『言葉』は全ての情報生命体に存在レベルで通じるようになり

 さんご:もっと分かりやすく言うなら

 さんご:君の魔法は、どんな相手にも効果を発揮するようになった

 さんご:幽霊にも……情報生命体あいつらにもね


「そうなんだ……そうか……分かるんだけど、僕の理解が正しいのか疑ってしまうというか……」


 もにょもにょする僕に、大塚太郎が言った。


「じゃあ、やっちまえよ――もう、あいつは用済みなんだからさ。そうだろ? 猫ちゃん」


 さんご:ああ。大塚も分かってくれてたようだね

 さんご:あえて奴を爆殺させたりしなかったのは、そのためなんだろ?


「ああ。上手いこと奴をぴかりんに喰わせてやりたかったんだが、俺の考えてた手は、通用しないみたいだったからな……あの娘が、失敗してたところを見ると」

「あの娘って……カレンがですか?」

「そうだよ。ま、詳しくはまた帰りの車で聞いてくれ――ってわけで。ほら。ほら」


 促され、僕は手の平を向ける。

『葛餅』に。

 放つのは、もちろんこれだ。

 さっきは、全く通じなかったこの魔法。


「……雷神槌打サンダー・インパクト


 魔力が迸り、雷が『葛餅』を叩いた。

 呻くことすら許さず――今度は通じた。

 次の瞬間『葛餅』は、床に残る焦げ跡だけになっていた。

 いや……その、少し上の空間に。


『淀み』があった。


 電信柱の、あの女性が居た場所にあったような『淀み』だ。『万物を越境する言葉』のおかげだろうか。それはやけに分かりやすく見えて、得体の知れない印象というか、わけの分からない恐ろしさみたいなものは全く感じられなかった。喩えるならそれは、袋から出て散らばった小麦粉が、ひとつのパン種にまとめられたような分かりやすさだった。ひと目で確信した。僕は。これを。


「これなら……『圧』で潰せる」


 手の平を『淀み』に向け、吸い上げる。体内に取り込んだ『淀み』に魔力で圧をかけると、それはあっけなく潰れ、粉々になり。これも『万物を越境する言葉』の効果なのだろう。燃えカスすら残すこと無く、消滅した。そしてその直前『fhdskjfhdsグギョーーーーーーン!』聞こえた声を、僕は無視した……いや、無視できたということなのだろう。いまだ肉の体に留まる下等生物を罵倒し隷属を命じる、呪詛めいた言葉を。


 僕らは、いつの間にか部屋の隅で寝てたおてもやんを起こすと、地下室を出た。



 クラブを出ると、さっき僕らを追い返そうとした男が、真っ赤な顔で近付いてきた。

 彼らの『縄張り』を荒らしたことに、怒っているのか。


 しかし、大塚太郎が言った。

 男のネクタイを掴み、鼻と鼻がくっつくくらい顔を近付けて。


「俺の名前を言ってみろ」

「Taro……Ohtsuka」


 それで、終わりだった。


 止まってる車の一台の、後部座席が目に入った。

 酸素マスクを付けて、横たわる人の姿があった。

 

 僕らを乗せた、車が走り出す。


「さあて、事務所に着くまでは恒例のアレだな」


 というわけで、帰りの車内は質問タイムとなった。


「ああ、縄張りな……言ってたな。そういえば。まあ、あいつらCIAなんだけどさ。どこに行っても、あいつらああ・・なんだ。怒ってた理由? 俺らが生きて帰ってきた――『どうやら上手くやったらしい』『手柄をかっさらわれた』。それだけだ。アメリカは、時間をかけて『葛餅アレ』を攻略するつもりだったみたいだからな。単に処理するだけだったら、爆弾仕掛けて木っ端みじんにすれば良かったんだ。幽霊――『情報生命体』は残るが、猫ちゃんの言ってた通り、建物が無くなれば拡散して消えてただろうからな。最初に突入した米軍の装備でも可能だったんだろうが、あえて禁じられてたんだろう。自衛隊も、アメリカ経由で上の方から言われてただろうしな……ああ、探索者がやられたのは単なる実力不足。スキルの不調を感じた時点で逃げなきゃいかんよ。俺たちみたいな規格外じゃない限りはな」


「『葛餅アレ』自体は珍しいけど、10年に1個くらいの割合で落ちて来てるんだ。まあ大体現地の人間が爆破して終わってるんだが、情報は行き渡ってる。件の魔術結社にも情報はあったはずだが、まあ初めて見たから分からなかったんだろうな。で、本国じゃない日本だったら多少は放置しても大丈夫だろうってことで、アメリカもいきなり爆破はナシで『じっくり行こうぜ』ってことになったと」


「もっともアメリカも、あれをどう調べてくかはノープランだったんだろうな。あの娘――のこのこ出て来たC4Gのカレンに攻略させたのも、小手調べくらいのつもりだったんだろう。言い方は悪いが捨て駒だ。もっとも最後まで物理で攻めてたら、カレンも倒れるとこまでは行かなかっただろうな。でも最後で欲を出して、しくじったわけだ。『葛餅アレ』を喰って、スキルにしようとしたんだ」


「今は無くしてるみたいだが、あの娘は『葛餅アレ』の同類を喰って得たと思しきスキルを持ってた。無くしたスキルを、再び手に入れようとして――まず『葛餅アレ』と同調してその流れで喰おうとしたんだろうが、その前に過負荷で脳をやられて倒れちまった。俺もぴかりんに似たようなことをやらせようと考えてたから、バカには出来ないんだけどな」


「そうかい? 猫ちゃん。嬉しいねえ。俺のアプローチでも、ぴかりんならいずれは『万物を越境する言葉あのスキル』を手に入れてただろうと。でも猫ちゃんのやり方に比べたら、あまりに稚拙だ。幽霊を喰わせ続けたら、いずれは幽霊の『言葉』を手に入れられるんじゃないかなんてな。魔力の『雑味』?を喰ってスキルを生やすって能力を聞いて、思い付いたんだけどな。カレンと戦うなら、大きな武器になるだろうってな」


「カレンがどうやら『葛餅アレ』の『言葉』を使えるらしいっていうのは噂になっててな。『葛餅アレ』の言葉を相手に叩き付けて――そうそう。さっき俺らがやられてたみたいに相手のスキルを不全にさせてってことをやってたらしい。そのスキルが無くなった今も……カレンって『ギョーーーム』って言いながら魔法を使うだろ? あれは、その名残だ。『葛餅アレ』由来のスキルの影響で、そうした方が魔法を使いやすくなってるのかもしれない……いや、あれ抜きじゃ本気を出せなくなってるのかもしれないな」


「『万物を越境する言葉あのスキル』は、カレン対策だけじゃなくてさ。そうだよ。精神攻撃への耐性を付けるのが、そもそもの修行の目的だったわけだから。『万物を越境する言葉あのスキル』を手に入れて――雑な物言いですまんが『霊感』が上がったはずだ。『葛餅アレ』を取り込んだ時、自分でも分かったんじゃないか?……そうか。『淀み』が分かりやすく見えたか。それ、あんまり言わない方がいいぜ。世の霊能者どもが、嫉妬で君を殺しに来るに違いない。1人1万円の挑戦料を払わせたら、3日で億万長者だ」


「お疲れさん……これで俺の修行は終わりだが、まあ、また何か頼むこともあるかもしれないな。その時は、またヨロシクだ――じゃあな!」


 事務所に戻ったのは、日付が変わる1時間ほど前だった。

 明日からは神田林さん達と合流して『クラスD昇格者向け講習』だ。


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お読みいただきありがとうございます。


これで第6章は終わりです。

閑話を挟んで、第7章が始まります。


第6章までは、2章でアニメ1シーズンくらいの感覚で書いてましたが、それで言うと第7章は劇場版になる予定です。


劇場版オンリーのキャラや新フォームをお楽しみに!


面白い!続きが気になる!と思っていただけたら、

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