108.5.猫と美少女たちは何気に仲良し(3)

Side:美織里


「あのさー。この小さなあんた・・・って何なわけ? 普通に猫なんだけど」


 そう言ってる間も、小屋でくつろぐあたしの身体を、小さなさんごが登ってくる。小さいし、柔らかいし、もふもふだし、何より憎まれ口を叩かないしで可愛いことこの上ない。


 さんご:言っただろ?

 さんご:有機素材で作った情報端末さ

 さんご:僕の姿をしたスマホだとでも思ってくれたらいい


「スマホぉ? スマホより便利すぎでしょ~。お陰でいいもん送ってもらったしぃ?」


 東京のさんごと会話しながら、いまあたしが両手で愛でてるのは、小さな光だ。


 年末に発売される光のフィギュアのサンプルで、イデアマテリアの事務所に届いてたのをさんごが送ってくれたのだ。これが本当に良く出来ていて、最初に見た瞬間から、これを使ったエッチな自撮りのアイデアが無限に沸いてくる程だった。


 それでどうやって送ったかといえば、もちろん郵便などではない。さんごが、そして小さなさんごも着けてる首輪ストレージリングだ。2つの首輪は内部で繋がっていて、さんごから『送るよ』とメッセージが届いた数秒後には、小さなさんごの首輪からフィギュアが飛び出していた。


「パイセンと彩ちゃん? 夕方、電車に乗せた。あんたまだ千葉? だったら、あんた達より先に事務所に着くんじゃない? うん、話しておいたよ。カレンが襲ってくる可能性もあるからね。あたしとカレンに何があったかは、全部話しておいた――あたしの、右腕も見せた」


 光とパイセンと彩ちゃん――3人は、明日から東京で講習を受ける。『クラスD昇格者向け講習』。1日目の座学と2,3日目の探索で計3日間。その間に、またカレンが光を襲ってこないとも限らない。カレンはあたしに奪われたスキルを取り戻したがっていて、光を襲うのもその流れでだろう。どういう流れだと言いたくもなるけど、感情の流れに厳密な理由は求められない。というか、そんなものを求めすぎるからおかしなことになる。


 でも、あたしがカレンのスキルを奪った理由と、そのスキルにどんな由来があるかは知っておいてもらった方が良いだろう。というわけで、今日2人と探索した後、そこらへんのことを話したのだった。


「へー。カレン、千葉に来てたんだ……はぁ。失敗してたと。そりゃね~。あの子があのスキルを手に入れた経緯を考えたらさあ……ぶっちゃけ偶然だし! 無理に決まってんじゃ~ん。ゲハハハハハハハ」


 さんご:美織里……もしかして、酒を飲んでるのかい?


「飲んでますよぉ? さっきコンビニに行ったらレモネードが売ってたので~。こりゃ珍しいな、と買ってみたら~。なんとレモネードハイでした~。うっかりみおり~ん!」


 それっきり、さんごからのメッセージは無かった。


「やっちゃいましたかぁ?…………はぁ~あ」


 反省しつつ、振り返ってみる。


 カレンがあのスキルを手に入れたのは、あたし達のパーティー『C4G』が、まだ駆け出しの頃だった。いま思えばあれは、あたし達がまだ何も知らない頃だったから出来たのかもしれない。


 4年前の、9月のことだった。


 アラバマの原野でモンスターが目撃されたという通報があった。当時あの辺りにダンジョンは無くて、未発見の露天型ダンジョンからの漏出も考えられたため、早急に調査が行われることになった。そこで駆り出されたのが、ローカルラジオ局での営業のため近くにいた、あたし達C4Gだったというわけだ。


 現地に着いて分かったのは、それがモンスターではないということだった。


 どろどろにとけた、馬だった。粘土で出来た数体の馬を、手で握りつぶして1つにしたような、そういう状態の馬だ。よほど強烈な印象だったのだろう。今でも思い出せる。その馬には頭が4つ、脚が12本生えていた。


「「どうする……?」」


 ビビって目配せしあうリンダとエレノアには構わず、あたしとカレンは即座に攻撃を始めていた。ヤバい、という思いしか無かった。ダンジョンよりずっとヤバい何かが、そこにあるのだと思った。


炎爆撃ファイアボンバ!」

貫く鎖の舞チェーンダンサー!」


 あそこで様子を見てたら終わりだっただろうし、攻撃が通用しなくても終わりだっただろう。幸い、あたしたちの攻撃はそいつの肉を焼いて切り刻むのに十分な威力を持っていた。5分も経たず、そいつは肉の残骸となって辺りに散らばっていた。「終りね」。あたしが言った途端、カレンが嗚咽を漏らしながらしゃがみ込んだのを、あたしは憶えている。


 奇妙なことに、気付いた。


 肉の残骸の中心に、球が転がっていた。リンゴくらいの大きさの、黒い球体だ。そしてその上に、陽炎とも違う、空気が渦を巻いたように歪んで見える場所があった。あたし以外は、誰も気付いてないみたいだ。指さしてみんなに教えてやろうと思ったら、びくりと『渦』が歪んだ。


 それを見てあたしが感じたのは、恐れだった。


 あたしではない。あの『渦』が恐れているのだ。近寄ろうとして一歩踏み出すと……びくり。『渦』がまた歪む。あたしは言った。「ねえカレン。あそこに何か落ちてる」「え?……ほんとだ」カレンが球体に近付く。当然『渦』にも近付く。しかし『渦』は歪まない。面白くなってあたしが近付くと、びくり。一歩進むごとに歪む。歪む。歪む――つまり、これはそういうことなのだろう。


『渦』は、あたしを恐れている。


 ますます面白くなって『渦』に近付くあたし。びくびくびくと歪む『渦』。あたしは、どんな表情をしていたのだろう? 不思議そうな目で見るカレンに構わず、一歩、また一歩と『渦』に近付く――すると。


 一瞬のことだった。


『渦』が細長く形を変え、カレンの右目に潜り込んだのだった。「え……何? どうしたの? リンダ? エレノア? どうしてそんな……ミオリ? どうしてそんな顔するの? あたし変? ねえミオリ! ミオリ――どうして笑っているの!?」


 カレンの右目からは血が溢れ、顎にまで伝わっていた。しかし当のカレンは、全く気付いていない。「ひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃひゃ!」あたしは笑った。アメリカ人のつまらない真面目さにも、つまらない不真面目さにもうんざりしてたあたしにとって、こんなアクシデントは久々に笑える愉快な出来事だったのだ。


「「ミオリ……」」


 リンダとエレノアには非難がましい目で見られたが、構わない。2人とも、あたしに文句なんて言えない。言ったが最後、鼻が奥歯より奥まで引っ込むくらいぶん殴られるのが分かっているからだ――うん、あたし酷い。こりゃパーティーで浮いて干されるのも当然のことだったと言えるだろう。


 搬送先の病院で検査した結果、カレンの視力に問題は無かった。ただこれ以降、カレンは左が青、右が金色のオッドアイになった。駆け付けたマネージャーのダリルはおろおろしてたけど、報告を受けた上司の反応は『Cool』のひと言で、翌週からダリルの給料は、30%増額されたそうだ。


 そしてカレンが手に入れたのは、オッドアイだけではなかった。


 スキルだ。カレンと対峙したモンスターが、おかしな反応を見せるようになった。デバフがかかった、というのが一番近い。パワーもスピードも、カレンと向き合うと目に見えて弱体化する。カレンの攻撃を受ければ尚更だ。ダンジョンのモンスターはもちろん、喧嘩を売ってくる舐めた探索者も、カレンには全く太刀打ち出来なくなった。


 もちろん例外はある。


 ある時カレンが言った。「ミオリ、あなたダリルの奥さんに酷いこと言ったんですって?」あたしは言った。「酷いこと? ああ。確かに『jerk嫌なヤツ』って言ったわね。それが何か?」「謝りなさいよ」「はぁ?何でよ。『jap』って言われたから『jerk』って駄洒落で返しただけでしょ? なんで謝んなきゃなんないのよ」「とにかく、謝って!」「嫌よ…………ふうん。謝らなかったら、どうなっちゃうのかなあ?」カレンが、利き腕から力を抜いたのが分かった。そこから一気に力を込めてパンチを喰らわすのがカレンの得意技だ。それともうひとつ。例のスキルを、カレンは使っていた。観察してるうちに分かった。あのスキルを使う時、カレンから漂う魔力が独特の質感になる。その時も、カレンからはそういう魔力が流れ出していた。


 そしてもう言うまでも無いだろうが、カレンにとっての例外とは、あたしだった。


「誰にもの言ってるか分かってる?」あたしが言い終わる前に、あたしの拳がカレンの鼻を潰していた。カレンのデバフは、あたしに全く効果を成していなかった。しかし真っ直ぐ棒みたいになって倒れるカレンを見ながら、あたしは初めて彼女に興味を抱いていた。いつも目を伏せてしかあたしに話しかけられなかった、戦闘での勇猛さは臆病さの裏返しでしかない、顔が綺麗なだけの気弱な田舎娘が、あたしに逆らってみせたのだ。これはどういった変化だろう? 強力なスキルを手に入れたから、というだけでは納得出来ない。人間の性根とは、そんなことで変わるものではない。だったら……スキルが、彼女の人格を変質させている? 鼻を押さえてすすり泣くカレンを何度も踏みつけながら、あたしはそんなことを考えていた。


 思えば、その興味が発端だったのだ。


 いつしかあたしは、カレンのスキルを欲するようになっていた。カレンのあのスキルが欲しい、と思うようになっていた。どうしてだろう? 強くなりたいから? そんなのはマリアの修行で間に合っている。いつしか時間は過ぎて、C4Gは世界的に有名なパーティーとなり、あたしはクラスA、そしてカレンはクラスSSダブルエス探索者になっていた。でもカレンのスキルを欲する心は止まず、マネージャーのダリルから相談を持ちかけられたのは、そんな時期のことだった。


 カレンの人格の変化、いや変質に気付いていたのは、あたしだけではなかった。


 パーティーで浮いてるあたしをダリルが相談相手に選んだのは、あたしがC4Gの門番ポリスマンだったからだろう。舐めた口をきいてくる他の探索者や、模擬戦を挑んでくる半端なアスリートや芸能人をぶちのめすのはあたしの役目になっていた。ダリルが言うには、カレンのプライベートでの暴行事件が隠蔽しきれないレベルになりつつあるらしい。あたしにも心当たりがあった。営業で日本に行ったとき、表敬訪問してきた高校生との模擬戦で、カレンは本気の殺気を放っていた。そしてカレンの変質の原因を考えた結果、ダリルは、カレンが例のスキルを手に入れた、あの日が始まりと結論付けたらしい。


「あたしも、そう思う」


 答えたあたしに、ダリルは続けて話した。ダリルがカレンの振る舞いに最初に違和感を覚えたのは、あたしがカレンを殴り倒したあの日からだったのだと。相当エグいことになっても文句を言わないこと。それから、あたしをC4Gから脱退させること――この2つの条件で、あたしはカレンからあのスキルを奪う役目を引き受けた。C4Gに未練は無かった。というより、カレンのスキルを奪ったら、もうC4Gにいる意味は無いと思っていた。カレンのあのスキルを手に入れるために、あたしはC4Gに入ったのだとさえ思った――違う。カレンからあのスキルを取り上げることこそが、あたしがC4Gに入った運命の理由なのだ。


 カレンからスキルを奪った瞬間のことは、忘れない。


 些細なことで言いがかりを付け、カレンに喧嘩を売り、前回と全く同じに彼女を叩き伏せ、ここかな?という直感のもと彼女の右目を抉り、スキルを奪った。その瞬間、あたしは思った。スキルとは、こういうものだったのだと。スキルを奪うとは、こういうことだったのだと。


 スキルとは、その者の中で育てられた思考や人格の結晶だ。


 だから、スキルを奪うということは能力だけでなく、相手の思考や人格をも取り込むこと。そう考えれば、カレンの変質の理由も分かった。あの『渦』はスキルで、そこに収まった思考や人格は気弱な田舎娘に過ぎないカレンに御しきれるものではなく、やがては彼女の人格を侵食するに至ったのだと。


 そう考えると同時に、あたしは理解していた。


 だから、あたしはこのスキルが欲しかったのだ。そこに収まった思考や人格にあたしが浸食されるか、それともあたしが捻じ伏せるか、勝負をしたかったのだ。「あ、あたし、あたしの……あたしの……返して。返してぇ…………」目を押さえ手を伸ばすカレンに、あたしはもう、蹴り飛ばしてやる程の興味すら抱けなかった。カレンの目を抉った右手に、あのスキルが宿っていた。ここからあたしの胸か、それとも頭に移動し、そこから戦いが始まるのだ――そうに違いない。


 しかし。


 そうはならなかった。待ち望んだスキルが、あたしの右腕から移動することは無かった。次第に感じるようになった。恐れを。スキルは恐れていた。まるで初めて会った、アラバマのあの日のように。あたしを? 違う。これは、人間を恐れるようなものではない。そういう直感があった。では何を? 人間を溶かして喰らう黒い球。あれがそういう存在なのは、もう知っている。そして今夜、千葉に現れた黒い球を――あの『渦』を、光が喰らった。何もかもを呑み込む、光だけのスキルで。


 あたしの中で、とっくに答えは出ている。


 根拠は薄い。というか皆無だ。しかし、あのスキルを手に入れた日から答えはあたしの中にある。スキルだ。こいつは、あたしの中にある、あたしのまだ知らないスキルを恐れている。それが持つ思考や人格に太刀打ち出来ないから、こいつはビビって、あたしの右腕から先に進めないでいるのだ。


 と、そんなことをパイセンと彩ちゃんに話したわけだが。


 2人とも、興味津々の様子で身を乗り出して聞いていた。やっぱりあたし、あの子たち好きだ――ところでだ。さっき、小屋の窓ガラスを割って飛び込んできた。そしてあたしの足下まで転がってきて、まだそこにある。幻覚とかそういうのではないらしい。もっとも、350mlのレモネードハイくらいで幻覚なんて見るわけないんだけど。


 リンゴくらいの大きさの、黒い球がそこにあった。


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お読みいただきありがとうございます。


カレンが稼いだヘイトを、過去のエピソードで晴らすスタイル!

というわけで、昔の美織里がいかに酷かったという話でした。


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