105.猫と電車で東京へ(5)地下室の『葛餅』

「やらん! やらんのじゃ! こやつはわしのライ麦ビスケットを、パクリと食らいおったんじゃ~!」


 喚くマリアに苦笑して、大塚太郎が言った。


「いつの話だよ……それに俺がパクったのはビスケットじゃなくて一緒に付いてるハニーメイプルだろ? ケンタはあれをチキンに付けて食うと美味いんだよ――はい、差し入れ」


 椅子に座りベジタブルピザを手に取りながら置かれたのは、駅ナカに店を出してるスープ専門店の袋で、人数分のクラムチャウダーやミネストローネが蓋付き容器の中で湯気を立てていた。


「まあ俺が来たってことは分かるだろうが、修行だ。ぴかりん。これから千葉の山の中でひと暴れしてもらう」

「それは、いつ頃までかかりますか?」

「小田切さんには迷惑かけない。明日の『クラスD昇格者向け講習がっこう』までにはお返しするよ。まあ、日付が変わるより前には帰って来れるんじゃないかな」

「そうですね……それなら。従兄弟くんはいい?」

「はい、大丈夫です」

「よし――でだ。そっちの猫ちゃんにも着いて来てもらいたいんだが……彼についての情報開示は、いつする予定? 健人には、透明化を見せたんだよな?」

「え――」


 確かにそうだが、健人が言いふらすとは思えない。

 健人に会いに行って聞き取り――ああ、そうか。


「俺はあいつの父親だぜ? 会う機会なんていくらでも作れる。で――どうだ? ここにいるスタッフのみんなお兄ちゃんお姉ちゃんは、口が固い方かな?」

「そうね――いいわ」


 僕とさんごを見て、そして僕らが頷くのを見て、小田切さんが答える。

 すると――大塚太郎が笑った。


「そうか。そりゃそうだ。酔っ払いは信じられねえな。そうか。それが分かるってことは、あんたも憶えがあるってことか」

「にゃおん」


 小田切さんたちは『え?』って感じだったけど、僕には分かった。さんごは、大塚太郎の脳に直接語りかけたのだ。それに狼狽えない大塚太郎にも、やはり『憶え』があったのだろう。ゆっくりピザをたいらげると、言った。


「隣の部屋で酔っ払ってる兄ちゃんも、貸してほしい。今回は理不尽に死ぬかもしれない現場だ。だから、理不尽に死なない奴を連れて行こうと思う。千葉ではそこそこ勢力のある魔術結社のアジトに、数日前あるものが運び込まれたんだ。まあ、かなり厄いブツでな。既に、50人近く死んでる。もう少し段取りを作ってから連れてきたかったんだが、そうも言ってられなくなってな――諸々細かいことは、現地に着いてから話そう。まずは、そのブツを見てもらわなきゃどうにもならん」


 おてもやんを引っ張り出し、僕らが出発したのは10分後のことだった。



 現地までは、車で1時間。


 大塚太郎の運転で、車はスバルのかっこいいワゴンだった。スバルの車はとても速い。高速に乗って、最初は200キロくらいで走ってたのだけど、おてもやんが吐きそうになったのでスピードを落とし、高速を降りてすぐのところで吐かせたりしなければ、もっと早く着いてたに違いない。


 山道に入るところで、警官に止められた。


「あんた、どこ行くの」

「ちょっと先――クラブがあるだろ? そこだ」

「今日は休みだよ」

「よく知ってるねえ――免許証、見るかい?」


 そこまで会話が進んだところで、警官の後ろにいたスーツ姿の男が割って入った。


「いいんだよ、この人は――ありがとうございます。ご足労いただきまして、大つ――失礼しました!」


 スーツ姿の言葉を、唇の前に指を立て、にやりと笑って大塚太郎が止めた。

 車が、また走り出す。

 

「ほら、そこに空き地みたいなとこがあるだろ? いつもはそこにパトカーが停まってるんだ。これから行くのはクラブでな。山の上の方だからみんな車で行く。そしてクラブだからみんな酒を飲み――ほら、そこのプレハブが運転代行の待機場所だ。運転代行を頼まない奴は自分で運転して帰るわけだが、当然飲酒運転でさっきの空き地で待ち構えてたパトカーに捕まるってわけ。点数が稼げるから、警察はこの状況を黙認。ちなみに運転代行をやってるのは地元の警察OBが立ち上げた会社――というわけで文句なんて出るわけも無い。そのクラブで、どんなに怪し気なことが行われてたとしてもな」


 やがて着いたのは、辺りの景色とそぐわない派手な建物だった。

 警官は休みだと言ってたけど、建物は――いや、建物ではない。


 周囲に停まった車のヘッドライトで、建物が照らし出されているのだ。


「クラブっていうのは隠れ蓑。さっきも言った通り、千葉ではそこそこ勢力のある魔術結社のアジトだ。これもさっき言った通り、数日前ここにある物が運び込まれた。ここをもうちょっと行った先に、落ちてきたのさ――あれ・・、忘れるなよ?」


 あれとは、大塚太郎に渡された装備のことだ。先日と同じく、探索者ジャケットもレザースーツも要らないと言われた。役に立たないからというのが理由だ。昨夜ここに、探索者ジャケットを着けた1団が潜入したのだという。その結果どうなったかというと『どろどろに溶けて、道に放りだされてた』――のだそうだ。


 あれ・・を着けて、僕は車を降りた。

 もちろん、おてもやんと大塚太郎も、あれ・・を着けて。


「ここは我々の縄張りだ――眼鏡・・の日本人が来る所じゃない」


 言ったのは、建物を囲んで停まった車の、その脇に立つ男だった。

 日焼けした、サングラスの白人。

 他の車の脇にも似たような風貌の男が立っていて、全員、黒いスーツ姿だった。


「俺は大塚太郎だ。それ以上の説明が必要か?」

「っ!…………」


 眼鏡をくいっと上げて放たれた言葉に、男が怯んだ。

 そしてその脇を――


「んじゃ、入らせてもらうぜ~」

「うぇ”っえ”……もらう。おえ”えええ」

「失礼しま~す」


 やはり眼鏡をくいっとさせながら通過して、僕らはクラブの中へと入る。

 大塚太郎に渡されたあれ・・とは、眼鏡だった。

 使い方は聞いたが、合図するまでは使うなとも言われている。



「んん~……これかぁ?」


 大塚太郎がエントランスのカウンターに手を突っ込んでゴソゴソやると、頑丈そうな扉の向こうで『ガスン』と音がした。扉の向こうは広いフロアで、DJブースの前に、地下へと続くのだろう階段が現れていた。


「…………」


 最後尾を歩きながら、僕は自分の左腰に触れた。探索者ジャケットは要らないけど、タイフーンユニットについては、むしろ着けていけと言われた。タイフーンユニットの左腰にはジョーカーユニットと、さんごに渡された新しい部品が着けられている。


 さんご:ルナユニットを使うタイミングは僕が指示する

 さんご:起動も僕が行うから、君は気にしないでくれていい


 車中で渡されたのも使うタイミングを指示されたのも、眼鏡と同じだった。気にするなと言われても気になって、ついつい触ってしまう。でも我慢して、目の前の状況に集中することにした。


「猫ちゃん、俺らの1メートルくらい前だけ照らしてくれるか?」


 言われた通り、僕らの1メートルくらい前に光の球が現れる。

 暗い階段は、光に照らされると異様な姿を露わにした。


(これは……葛餅!?)


 壁にも階段にも、白くてぶよぶよした何かが、点々とへばりついている。

 壁に葛餅を叩き付けた現代アート――そんな物があったら、こんな感じかもしれない。


「おいおい、知った顔なんじゃないか?」


 階段を降りた先は、12畳くらいの部屋をいくつか繋げたような、お寺の本堂みたいな広さの部屋だった。床も壁も天井も、やはり『葛餅』の飛沫で汚されている。


 その中央に、立つ人がいた――「fsfdsjsギョーーーーム


 探索者ジャケットを着ている。裾からは鎖が垂れ、床に真珠色の幾何学模様を描いていた。その周囲に散らばる『葛餅』はことさらに多く、鎖もまた『葛餅』で汚れている。あの鎖で僕の『雷神槌打サンダー・インパクト』は弾かれ、倍加した雷撃をお返しされたのだ。僕はその人を――彼女を知っていた。

 

 カレン・オーフェンノルグ。


 アメリカの有名探索者パーティ『C4G』のリーダーを務めるクラスSS探索者。彼女に襲撃されたのがきっかけで、あの夜、僕は美織里と結ばれたのだ。


fsfdsjsjsギョーーーーーーム


 カレンはうつむき、手の平を数メートル先の床へと向けていた。そこにあるのは、バスケットボールほどの大きさの『葛餅』だった。本来『葛餅』は、もっと大きな姿をしているのだろう。それをカレンが鎖で削り、その大半を飛沫に変え、壁や床に吹き散らばしたのだろうというのは想像に難くない。


 そしていま、彼女は何をしているのか?


fsfdsjsギョーーーーム…………fsfdsjsギョーーーーム…………fsfdsjsギョーーーーム…………」


 カレンは唸りながら、どれくらいそうしていたのか――彼女のその姿を、僕らはどれくらい見つめていたのか。おそらく、1分も経ってなかっただろう。


 カレンの額に浮かぶ汗が、やけに粘ついて見えることに気付いた頃。


fsoofoosギョ……ョ……ム…………――――」


 ぶるっと身体を震わせて、カレンが倒れた。


「鎖!」


 そのままだったら、頭を床に打ち付けてたに違いない。

 その前に僕は、鎖でカレンを縛り、こちらへと引き寄せた。


 さんご:まかせてくれ

 さんご:地上まで運んでおく


 透明な板が、カレンをすくい上げるように持ち上げて、階段を上っていく。それを不思議そうに見送るおてもやんは、自分も昨日あれで運ばれたことを憶えているだろうか?


「欲を出しやがったな?――さてぴかりん、気が付いたかな?」


 多分、これのことだろう――僕は答えた。


「身体が重い――『身体能力強化』の効きが、悪くなっています」

「そうだ。他のスキルも同じと考えておいた方がいいただろう」

「これって『人食い屋敷』と同じ……」

「同じだ……本質的にはな。俺たちを内部に取り込み、魔力で圧をかけてる――その結果がスキルの弱体化だ」


 会話してる間に、床や壁に張り付いた『葛餅』が蠢き、1カ所に集まり始めていた。

 部屋の中央――カレンが対峙していた、バスケットボール大の『葛餅』へと。


「じゃあ、あれは幽霊――」

「猫ちゃんは、どう考える?」


 さんご:逆に、大塚に聞きたい

 さんご:君は……君たちは、あれが何だと考えている?


「そうだな……見えるだろ? あれの真ん中にある、黒っぽいの。運び込まれたってのはあれだ――5日前のことなんだけどな」


 確かに、葛まんじゅうでいえばアンコが入ってる辺りに、黒くて丸い塊が見えた。


「魔術結社の総帥ってのが啓示を受けて、空を見てたら山に落ちてきたらしい。早速回収して、ここに運び込まれたんだが、その時点で20人が死んでる。あの白いのに溶かされて、そのまま吸収されたって。手持ちの化け物で対抗しようとしたがそれもダメで、総帥が霊的交信を図るも失敗。上位の結社を通じて国に泣きついたってわけだ。それで3日前に自衛隊のユ種防疫部隊が出動。ダメ。2日前に来た米軍もダメ。それで探索者協会に依頼が来たんだが、やっぱりダメだった。ドロドロに溶けて放り出されてたってのは、そいつらだ。それで俺に声がかかったわけだが……ぴかりんの言う通り、あれは幽霊だ。宇宙から来た、宇宙人の幽霊。そう考える根拠は、奴の有り様でな。囲われた仕組みの中で働き続ける未練や怨念の魔力回路サーキット――ダメだ。俺には上手く説明する自信が無い。というわけで、猫ちゃんの見解はどうだ?」


「みゃぁ」


 さんご:大塚が、何を言いたいかは分かる

 さんご:閉じた自家中毒的なネットワークに引きこもることで存在を維持している想念

 さんご:あれは、そういう存在だと言ってるんだろう?

 

「そうそう。そういうこと」


 そういうことなのか……って、僕には全然わかんないんだけど。


 さんご:もっとも正確には、幽霊ではなく情報生命体なんだけどね

 さんご:彼らは同胞とのネットワークからの情報で自我を維持している

 さんご:いま僕らが見ている個体は、何らかの事情によりネットワークから切り離されたんだろう

 さんご:そのまま放置されていれば、拡散して消え去ってたはずだ

 さんご:自然の持つ、膨大な情報量に呑み込まれてね

 さんご:しかし適度に外部から隔絶されたこの部屋に運び込まれ

 さんご:室内に限定的かつ閉鎖的なネットワークを構築することで、拡散を免れているんだ


「猫ちゃん、ずいぶんこいつに詳しいんだな」

「ふみゃあお」

 

 ドヤ顔で、さんごが答えた。


 さんご:だってこれは、僕らが40000年前に通過した姿なんだからね


 ひゅう――大塚太郎が、肩をすくめる。


「それがどうしてそんな可愛い姿になったのかは、また後で聞かせてもらうとして――来るぞ」


 バランスボールくらいまで大きくなった『葛餅』から、小さな『葛餅』の欠片――白い弾丸が吐き出された。


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お読みいただきありがとうございます。


カレントの決着は、第7章で描く予定です。

さんごの前世というか元々いた世界での活躍は、過去作品で描いているのですが、いずれ書き直して公開してみようかなあとも思っています。


面白い!続きが気になる!と思っていただけたら、

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