104.猫と電車で東京へ(4)尾治郎さん家も事務所の近く

「昨日は、大変だったって?」


 尾治郎さんが言った。

 東京での2日目――今日は尾治郎さんとのコラボで、ボルダリング施設に来ている。


 確かに昨日は、おてもやんとのコラボで大変だった。『酔えば酔うほど死ににくくなる』というスキル持ちのおてもやんを僕の料理で素面にしたところ『酔ってなければ非常に死にやすくなる』という、いわばスキルの裏面が露わになってしまい、クレーン車やゴルフクラブや銃弾や包丁や木刀やトラックやバイクから逃げ惑う羽目となってしまったのだった。


 結果、おてもやんの自宅がクレーン車に潰され、彼のお母さんが経営する居酒屋もガス爆発で営業不可能に。幸いそれ以外の被害は無く、どちらもクレーンの持ち主や火災保険からのお金で再建できるらしい。


 ただ、問題はそれを撮影した動画の扱いだった。他への危害は無かったとはいえ、原因はおてもやんのスキルにあるのだ。動画を観た小田切さんは「これは絶対バズる!」と興奮しつつも「そして炎上する! 確実に!」と頭を抱えていた。イデアマテリアの社長としては当然の反応だろう。


 動画に映ってる人たち(ゴルフの練習をしてた隣人と、マシンガンを乱射してた反社と、包丁を持って喧嘩してた女性たちと、公園で木刀を振ってた剣道部員と、居眠り運転のドライバーと、よそ見運転の配達員と、鎖鎌の練習をしていた親子)から許可を取り、モザイクをかけて公開する予定らしい。おてもやんのスキルが原因でこうなったのでは?という批判には『元々起きるはずだった事故の被害が、スキルでおてもやんに集中しただけ』と抗弁する方向で。


 その後、みんなで川端さん紹介のお寿司屋さんに行って、昨日は終わった。立ち食いスタイルのお寿司屋さんで「わしの冒険心が震えるのじゃ~」とマリアは盛り上がってたけど、普通に美味しくて、食中毒になることもなかった。


 というわけで、今日はボルダリングだ。

 ご存じの通り、僅かな突起を掴んで壁を登ってくスポーツなのだけど。


「身体能力強化は使うな。頭を使って楽しむんだよ」


 と尾治郎さんに言われた通り、素の体力しか使わず、突起を掴む順番を工夫して登ると大変楽しかった。


 ボルダリング施設があるのは、尾治郎さんの自宅から歩いて5分ほどのところで、尾治郎さんの自宅からイデアマテリアの事務所までは歩いて15分。つまり、とても近い。


「事務所に近いから、この辺りに引っ越したんですか?」

「違う違う。ここらに住んでるのは、ファストファインダーズ時代からだ――6,7年前かな。上野公園のダンジョンは知ってるよな?」

「UOダンジョンですよね」

「そうだ。UOダンジョンはゲートが複数あってな。地上の――元は上野動物園の入場口だった場所の他に、不忍池の底にもゲートがあるんだ。で、そこからダンジョンブレイクが起こって、討伐が済んだ後も探索者が常駐することになった。あそこは地理的にヤバいからな。なにしろ南西わずか3キロに皇居がある。で、俺はその分隊長を任されて、24時間、呼ばれたらいつでも駆けつけられるようにしろって命じられ……だったらってことで、皇居とUOダンジョンの中間にある、この辺りに住むことにしたんだ。カミさんも、家を買え買えってうるさかったからな」


 カミさん……あれ?


「尾治郎さんって、結婚してたんですか?」

「ああ。してた。してるではない(カメラを指さして)――そこのとこ、間違えないように。理由は相手があることだから言えないが、バツイチだ」

「彼女は?」

「さあ、どうだろうねえ」


 ニヤリと笑う尾治郎さんの視線の先では、長身でスタイルの良い女性が壁を登っていた。どこかで見た記憶のある、金髪の白人女性だ。女性が壁から落ちた。彼女は尾治郎さんの視線に気付くと『やれやれ』のジェスチャーで首を振って笑う。尾治郎さんも笑う。こういう時どういう表情をしたら良いのか分からないのだけど、とりあえず僕も笑った。


 そしてコラボを終えると、尾治郎さんは女性と一緒に去って行ったのだった――自宅のある方向へ。


「じゃあ僕らも行こうか」

「うみゃ」


 さんごと僕も、ボルダリング施設を離れる。

 秋葉原に近い場所で、神田明神もすぐ側だ。

 お参りしてもいいかな。


 さんご:神社はやめておこう。僕らのスキルと干渉して不味いことになるかもしれない

 光:そうなの?


 昨日のおてもやんの件から解禁され、僕もスマホに触らずメッセージをやりとり出来るようになっている。


 さんご:カミとは、高次存在や異空間へのゲート、世界の根源に流れる力パワーソースの極点が混在したような存在だ。僕らのように強力なスキルを持った存在が近寄れば、何が――例えば昨日のおてもやんの様なことが起こってもおかしくはない

 光:やめておこう

 さんご:やめておこう


 そういうことになった。


 さんご:秋葉原といえば、コンカフェからの案件が来ている

 さんご:でも、本当に攻めたいのは電子部品関係なんだけどね

 さんご:そちらはなかなかガードが固い

 さんご:ホビー関係は君や美織里のフィギュアが発売される関係上、組む相手を選ぶのが難しいし、頭の痛いところだよ

 光:僕のフィギュア?

 さんご:言ってなかったかい?

 さんご:来年の4月には発売される予定だよ。中国のメーカーはもっと早くて年末発売。サンプルは既に届いているはずだ

 光:ちょっと早すぎない!?

 さんご:ZZダンジョンの件で話題になった頃から動いてたみたいだよ


 ZZダンジョンで大顔と戦ったのは、最初に参加した『新探索者向けダンジョン講習会』で5月のことだ。ずいぶん以前の気がするけど、まだ1ヶ月ちょっとしか経っていない。


 さんご:ところで小田切と相談してるんだけど、探索者以外の配信者とも契約しようと思ってるんだ

 光:以前のオヅマみたいな?

 さんご:あれよりはもっと常識があって、でも無茶もやれるタイプの

 さんご:例えば『秋葉原でXXXXXXXXXXを開いたらどうなるでしょう?』みたいな身体を張った企画を任せてみたい

 光:XXXXXXXXXXを開くのって、身体を張るようなことなの?

 さんご:そこは見てのお楽しみだ

 さんご:モンスターの肉……おっと『モ肉』を使ったXXXXXXXXXXを君がプロデュースしたって売り出せば、それだけで行列が出来るさ。でも、問題はその後だよ

 さんご:XXXXXXXXXXが並んだ地域でXXXXXXXXXXを開いたら?

 さんご:ましてやそこに行列が出来たりしたら……どんなことが起こるだろうね?


 怖いので、その話題は打ち切ることにした。


 さんご:そう考えると、オヅマとの契約も考えた方がいいかな

 さんご:手綱をしめてやれば、あれはあれで使い様のある人材だ

 

 それから事務所に行くと、さんごの言った通り、僕のフィギュアのサンプルは既に到着済みだった。

 美織里のフィギュアを発売するのと、同じメーカーで……


「うわあ……光る」


 LEDで発光する身長32センチの僕を眺めていると。


(僕って、なんなんだろう……)


 そんな実存的な不安にとらわれてしまう僕だった。


「うぇえええ……ぼぇえええ…………」


 隣の撮影スタジオとなってる部屋から聞こえてくるのは、おてもやんの呻き声だ。


 自宅が破壊され、しばらく事務所で暮らすことになったらしい。本人の希望、というかスタジオで酒を飲み始めて出て行かなくなったことが発端で、事務所主導のコラボが原因でそうなったことから小田切さんも強くは出られず、居座り――いや、事務所での生活を許可せざるを得なくなったのだそうだ。


 ちなみにおてもやんのお母さんは恋人(居酒屋が入ってたビルのオーナー)の家にやっかいになるそうで、そのまま結婚するのも視野に入れてるのだとか。


 夕方、マリアや事務所のスタッフさんたちと宅配のピザを食べてると、その男がやってきた。


「よお、ぴかりん。美味そうなもん食ってるな」


 その男とは、もちろん大塚太郎だ。


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お読みいただきありがとうございます。


ダンジョンひそひそ話

「尾治郎さんには、別れた奥さんとの間に娘さんがいるんだって」

「今年14歳になるらしいよ」


地理的なことを言うと、事務所があるのが御徒町。

尾治郎さんの家は秋葉原の昌平橋通りの途中にあります。

尾治郎さんは、ボルダリング施設とその近くのトレーニングジムに入り浸ってる模様。


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