103.猫と電車で東京へ(3)酔っ払いは、素面の時の方が面倒くさい

「お”ぇええ……う”ぃう”ぃう”ぃ……うぇ”えええ……う”ぃう”ぃう”ぃ……う”ぃう”ぃう”ぃ…………」


 1人で飲み会をしているおてもやんからは目を逸らし、予定の企画を進めることにした。

 今日のコラボのテーマは『ぴかりんの料理でおてもやんの酔いは醒ませるのか!?』だ。


 台所を借りて、持ち込んだ材料を調理する。

 おてもやんだけならともかく、お母さんと2人暮らしということで、台所の調理器具はちゃんとしたものが揃っていた。特にコンロは3つ口がある強火力なタイプで、油の染み込んだ中華鍋もあったから、パラパラした炒飯も簡単に作れそうだ。


 もっとも、今日の献立にお米を使った料理は無い。テーマは『味濃いめ糖質少なめ』で、酔っ払いでも沢山食べられる料理を並べるつもりだ。


 まず1品目は、ほうれん草と小松菜とおくらのおひたし3種。

 2品目は、酔い醒ましの定番、あさりの味噌汁。

 3品目は、揚げ野菜の盛り合わせに、砕いたナッツを混ぜたマスタードソースをかけたもの。

 そして最後の4品目は、スパイスをまぶした鶏手羽に春雨をからめ、黒酢とオイスターソースで和えた。


 以上、4品をおてもやんの飲み会に割り込ませてみると――


「おえ、う”ぉえええ。ぐぁつぐぁつぐぁつ。げぶっ、げふんげふん、ぐぁつぐぁつぐぁつ」


 グラスを手放し、夢中で食べてくれた。

 5人前はあった料理を、10分ちょっとで完食して。


「ぐぉあぁあああああ。う”ぇっ。ぐぉああああああああ」


 ペットボトルを倒して寝転ぶと、おてもやんは爆睡してしまった。

 更に、見てみると……


「顔色が、良くなっとるのじゃ~」


 肌の色に含まれてた青味が、赤味へと変わっていた。

 言い方を変えるなら、土気色がピンクに。


「酔いが、醒めたってことっすかねえ……」


 そう言う川端さんの声には若干の疑いも含まれてたのだけど、おそらく、間違いではないと考えて良いだろう――おてもやんの酔いは醒めた。醒めたのだ。というわけで――


「おてもやんの酔いが醒めました!」

「コラボ大成功! なのじゃ~」


 この企画は、それで締めることにした。


「じゃあ後は片付けだけして帰ろうか」

「この部屋って廊下の一番奥にあるじゃないですか。ドアを開けっぱなしにして、玄関から眠りこけるおてもやんをズームアウトして終わりって感じでどうすかねえ」

「おおっ。さすが元テレビマンの川端じゃのう」

「いや。自分はロケバスの運転手で、テレビマンなんて立派なもんじゃなかったっすから」

「でも、川端さんのアイデアでいいんじゃないですか? 綺麗にまとまると思いますよ」


 さんご:それで行こう


 と、色々あったけどいい感じで終わりそうになった、その時だった。

 窓の外で、何か黄色くて大きなものが、こちらに向けて近付いてくるのが見えた。


「結界!」


 咄嗟に結界を張りながら、僕は理解していた。マンションの前の道でクレーン車が横転したこと。こちらに向けて倒れ込んで来たこと。円を描いて近付くアームの先端が、ちょうどこの部屋を直撃する長さであること。そしてアームより早く、吊るされたフックが窓ガラスを割って飛び込んでくるだろうことを。


 がしゃーん!


 フックもアームも、結界に触れると同時に反対側へと跳ね返され、あるいはねじ曲がった。


「にゃ!」


 さんごの声と同時に、おてもやんの身体が宙に浮く。寝そべるおてもやんを、透明な板が持ち上げていた。初めてさんごと会った夜、ゴブリンの攻撃を防ぐのに使った盾と同様のものなのだろう。


「にゃにゃ!」


 駆け出すさんごを追って、まずおてもやんを乗せた板が。続いて川端さんとその背中を押すマリア。最後に僕の順番で、部屋を出た。


 しかし、マンションの廊下では。


「よ~し。有休も取ったし、週末の取引先とのラウンドに備えて練習しちゃうぞ~」


 と、ゴルフの素振りをしてる人がいた。

 何故こんな場所で!? と、僕が心の中で突っ込むよりも早く。


「やべっ!」


 すっぽ抜けたクラブが飛んで来た。

 しかし、回転しながら近付く鉄の棒は――


「ふんぬ!」


 マリアが気合いを発するのと同時に、宙に現れた黒い手に弾き飛ばされた。


 マリアのスキルがどんなものかは知らないけど(マリアは有名だけど戦闘シーンの動画は一切公開されていない)、これをやったのが彼女であることは間違いない。


「行くのじゃ~。進むのじゃ~。このマンションはヤバいのじゃ~。マンションを出ても変わらんかもしれんけど、とにかく足を止めるのは悪手なのじゃ~」


 マリアの言う通り足を止めず、エレベーターの前に来た。

 ちょうど、この階で止まっていた。

 しかし……


「「やめよう」るのじゃ!」


 開いた扉を前に、乗るのを踏み留まった。

 正解だった。

 ぶつりと何かが千切れる音がしたのと同時に、エレベーターの籠が落下していった。


「「「うん!!」」」

「にゃ~!」


 顔を見合わせ、階段を降り始める。

 メッセージが届いた――スマホでなく、直接僕の脳に。


 さんご:これは、おてもやんのスキルが原因だ

 さんご:小田切が言ってただろ?

 さんご:『酔えば酔うほど死ぬ確立が低くなる』

 さんご:それが、おてもやんのスキルだ

 

 つまり、酔いが醒めたいまの状態は……


 さんご:逆に良いが醒めた状態では

 さんご:非常に死にやすくなるということなんじゃないかな?


 そんな馬鹿な……


 さんご:馬鹿みたいな仮説だけど

 さんご:現状からはそう考えるしかない


 さんごの仮説に愕然としてると、階段を上ってくる声がした。


「くそっ! まさか半グレがマシンガンまで持ってるとは!」


 踊り場ですれ違った男(『元公安の切れ者で、現在は裏社会が絡んだ危ない仕事ばかり舞い込んでくる探偵事務所の所長』風の長身でイケメンな30代前半くらいの男性)の言ったとおり、後から階段を上ってきた見るからにアウトロー風の男たちの手には、FPSでしか見たことのないようなマシンガンが携えられていた。


「「「「「待てやあ、こらああああ!!」」」」」

「にゃん!」

「ふん!」


 弾丸の雨をさんごの盾が跳ね返し、マリアの黒い手が男たちを殴って昏倒させる。

 しかし更に階段を降りると、次の踊り場では。


「謝りなさいよ!」

「あんたが謝りなさいよ!」


 中年女性が、お姑さんらしき老女と喧嘩していた。

 2人の手には包丁が握られ、かきんかきんと刃をぶつけあっている。


「赤ちゃんにハチミツをあげるなって何度言ったら分かるのよ!」

「あんたの旦那だってそうやって育てたのよ! あっ!」

「だからあんな馬鹿に育ったんでしょ! あっ!」


 すっぽ抜けた包丁が僕らに向けて飛んできたのは、言うまでもない。

 これも、さんごの盾とマリアの黒い手が対処した。


 そして――


「よしっ! ようやく1階だ!」

「マンション脱出っすね!」

「この調子だと建物が崩落する可能性もありえるのじゃ! さっきの公園に逃げるのじゃ!」

「にゃー!」


 しかし、裏手の公園では。


「秋季大会に向けて気合い入れるぞ! 今日はバスケ部に体育館を取られたから公園で練習だ! 握力強化のために竹刀じゃなくて木刀で素振りするぞ!」


 50人近い剣道部員が、木刀で素振りをしていた。

 その直後、何が起こったかは――


「ぼ、木刀があんな軌道で飛んでくるとは!」

「か、風の流れって高さによってぜんぜん違うんすよ! 多分、その影響っす!」

「あのまま公園に逃げたら、トラックが突っ込んできたりしたかもしれないのじゃ! 剣道キッズを巻き添えにしてたかもしれんのじゃ!」

「あ、トラックだ!『重力』!」


 居眠り運転のトラックを重力で止めて……どこに行こう?


「あっ! ウー○ーイーツと出○館と昭和かって感じのそば屋の出前のバイクが3台並んでよそ見しながら走って来るっす!」

「その先の道路には、鎖鎌の練習をしてる親子がおるのじゃ!」

「このままでは鎖鎌の親子が跳ねられ――『鎖』!」


 こっちは鎖でタイヤを破壊して止めてというか転ばせて、宙に跳んだ配達員たちはさんごが例の透明な板で受け止め、跳んできた鎖はマリアの黒い手が……って、もうどこに行ったらいいのか分からないよ!


「わしの勘では、おてもやんの酔いが醒めたのが原因なのじゃ! 早くこやつを酔わせるのじゃ!」

「だったら、酒屋かコンビニッすね!」

「強盗が入ってくるかも分からんが、構わんのじゃ! わしとぴかりんと猫ちゃんでどうにかするのじゃ!」

「にゃにゃー!」


 ピンチの連続で、みんなアドレナリンが流れまくっている。

 当然僕も同じで、だからこう指摘する声は絶叫に近くなってた。


「あそこ! あそこに居酒屋があります! きっとお酒がありますよ!」


 指さした先には、個人経営と思しき居酒屋があった。

 店に入り、店員がいてもいなくてもいいからお酒を手に入れて、おてもやんに飲ませて――えええええっ!?


「爆発……した?」


 居酒屋に向けて走り出した途端、爆発が起こり、店の中も外もばらばらに吹き飛んでしまったのだった。

 もし、店内に入っていたら……皆が冷や汗をかいた、その時だった。


「お、おお……あれ? どこだここ」


 おてもやんが、目を覚ました。


「おお、起きよったかおてもやん! 早く酒を飲むのじゃ! いつもの様に泥酔しておくれ! でないと、わしらは! わしらは……」

「ああ、また……そうなっちまったか」

「分かってたんですか? 酔いが醒めたらこうなるってことが!?」

「ああ、まあ……自分のことだし」

「どうしてそれを! 最初に! 言わんのじゃ!」

「いや……酔ってたし」

「だったら仕方ないか~! なのじゃ! で済むわけないじゃろが!」

「済まない……ここってうちの近所だよな? だったら、あて・・がある」

「本当っすか!?」

「ああ……俺のお袋が、ここらで店をやってて……あれ? 無い」


 おてもやんの視線は、数分前まで居酒屋のあった場所をさまよっていた。


「「「「…………」」」」 


 あまりに気の毒すぎて、何も言えなくなる僕達だった。


「あ……飛行機」


 川端さんの声に空を見上げれば、そこにはジャンボジェットが。

 遠く、高い空だ。

 でもなんだか、こっちに機首を向けつつあるようにも、徐々に高度を下げつつあるようにも見える……見えるんだけど!?


「あれ~~~? あれ~~~?」


 何処か暢気な声がしたのは、その時だった。

 両手にスーパーの袋を提げた、初老の女性だ。


(((だめっ! こっちに近付いちゃだめ!)))


 そんな僕の――おそらく僕ら全員の心の声に反して、女性はこちらに近付いて来る。

 女性が言った。


「あら、大変そうだね義男。また素面になっちゃったのかい?」


 そう言うと、女性はVodkaと書かれた瓶を袋から出し、おてもやんに手渡した。


「うん……またやっちゃったよ。ぶふぇええっ!」


 と、おてもやんも事も無げに言って、瓶の中身を口にして咽せる。

 何度も瓶に口を付け咽せるたび、おてもやんの顔が健康なピンクから土気色に変わっていく。


「にゃおーん」


 さんごの声に顔を上げれば、飛行機が遠ざかっていくのが見えた。

 おてもやんが言った。


「うぶげぇええ……これ……おえ”ぇ……お袋」


 女性は、おてもやんの母親だったらしい。

 事態が落着したらしいと分かり、一様に僕らは胸をなで下ろした。

 そして同時に僕は――僕たちは、こう思っていた。


(((事後処理は、小田切さんに丸投げしよう)するのじゃ)するっす)、と。


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お読みいただきありがとうございます。


「謝りなさいよ!」

「あんたが謝りなさいよ!」

という会話は、作者の実体験からです。

朝、下宿のおばさんとお姑さんがつかみ合いの喧嘩をしながら部屋に飛び込んできて、それで目が覚めました。19歳の時でした。


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