102.猫と電車で東京へ(2)おてもやん家は事務所の近く

 ルームツアーが終わったら、次に撮影する動画の打ち合わせだ。


「今回は、コラボ動画を2つ撮ります。尾治郎さんとおてもやんね。尾治郎さんは明日の午前中で、今日はおてもやん――ここまでは話してあったわよね?」


「はい。尾治郎さんには趣味のボルダリングを教えて貰って、おてもやんには僕の料理を食べて酔いを醒ましてもらうって企画でしたよね」


「そう。この後、おてもやんの自宅に向かってもらうんだけど――マリアも連れてって欲しいのよ」


「いいですけど? 逆に、マリアを連れて行って何か問題があるんですか?」


「現時点では無い――でも、問題が起こる可能性は大いにあるから」


「そういうことですか……ちなみに、2人は親しいんですか?」


「この間の撮影で、ちょっと話しただけ。マリア曰く『おてもやんは、わしのことを気に入ってたのじゃ~』だそうよ」


「……不安ですね」


「不安でしょ? でも、マリアにはイデアマテリアの全探索者の師匠になってもらうから。特に東京在住で戦闘力に不安のあるメリッサとおてもやんとは、接する機会が多くなると思うの――人間関係の不安は、いまのうちに均しておきたいから」


「了解です。でもやることって、料理を作って一緒に食べるだけですよね」


 それ・・だけのことがどれ・・だけ大変なのか、この後、僕は思い知らされることになるのだった。



 おてもやんの自宅は、事務所から5分もかからない場所にあるマンションだった。

 小田切さんに渡された食材を持って、インターホンを鳴らす。


「ぶうぇえええ…………」


 出て来たおてもやんは、今日も酔っていた。


「ようおてもやん、おはようなのじゃ!」


 マンション前で合流したマリアが、元気いっぱいで挨拶する。

 昨夜は、深夜も営業してるシュラスコレストランに連れてってもらったそうで機嫌が良かった。


「では、公園に移動しましょう」


 撮影は、マンションの裏手にある公園からスタートした。

 公園ではドライバーの川端さんが待っていて、昨日に引き続き、今日もカメラマンを務めてもらうことになっている。


「さて今日はおてもやんとコラボということで、この方と、おてもやんの自宅にお邪魔したいと思いま~す」


「おはようなのじゃ! マリアなのじゃ!」


「なんと! クラスSSS探索者のマリア・ガルーンさんに来て頂きました! マリアさんは、おてもやんとは会ったことがあるんですか?」


「1度会ったのじゃ! 性欲まみれの目で見られたのじゃ!」


 不味い発言は、編集でさんごがカットしてくれるからスルー。


「うぇええええ……ぶぇええええ」


「あっ! なんとあそこにおてもやんが! おはようございま~す! 今日はよろしくお願いしま~す!」


 段取り通り、公園の入り口に現れたおてもやんと合流して、マンションに向かった。

 いきなり、問題が発生した。


「ぶぇっ! ぶぇっ! ぶぇっ! ぶぇええええ」


 おてもやんが、エレベーターのボタンを押せないのである。

 自宅のある階のボタンの、その周りを突つくだけで、肝心のボタンには一向に指が届かない。

 しかしそこは、さんごがフォローしてくれた。


「にゃおん」


 震えるおてもやんの手に飛び乗り、ボタンを押してくれたのである。


「猫ちゃんは頼りになるのお」


 マリアの言う通りだった。


「…………うぇ”」

「さあ、おてもやんのお宅は、どんな感じでしょうか~。お邪魔しま~す!」


 しゅんとなるおてもやんの背を押して、部屋に入る。

 部屋は2LDKで、ここでおてもやんは、お母さんと2人で暮らしているのだという。


「うわあ、ここは……子供部屋?」


 おてもやんの自室は、子供の頃からここで過ごしてると分かる子供部屋だった。机は子供の成長に合わせて高さが変えられる学習デスクだし、本棚には学習漫画のシリーズと……焼酎のペットボトル?


「あ、あの……本棚に並んでるペットボトルですけど……貼ってある、写真は?」

「うぇ”。ネットで……拾った。おぅえ”ええええ」


 並んだ焼酎のペットボトル(直径20センチ以上ありそうな大瓶)には、その幅に合わせるように大きく印刷した、誰とも分からない人たちの顔写真が貼ってあったのだった。


 嫌な予感がした。

 そしてスルーする間もなく、予感は形になった。


「う”ぇ……うぇえええええええ」


 焼酎のペットボトルを、床に並べていくおてもやん。

 胡座をかいて座ったおてもやんを囲むような、半円形に。


 そして言うまでもなく、顔写真は1つ残らずおてもやんに向けられていた。


「お”ぇええ……う”ぃう”ぃう”ぃ」

 

 コップにペットボトルの焼酎を注ぎ、一気に飲み干すと。


「ふ”ぇえええ……お”ぇええええ……う”ぃう”ぃう”ぃ」


 今度は別のペットボトルから焼酎を注ぎ、また一気に飲み干す。


「う”ぃう”ぃう”ぃ……う”ぃう”ぃう”ぃ…………」


 間を開けず、また別のボトルから注ぎ。

 飲み干すと、また別のペットボトルから。


「これは……何の儀式を見せられておるのじゃ?」


 困惑しきったマリアの呟きに、僕は答えて良いのか迷った。

 それは、姿だけとはいえ幼女の彼女に伝えるには、おぞましすぎる答えだった。


 飲み会。


 おてもやんは、1人で飲み会をしているのだ。

 あたかも、何人もの仲間と酒を酌み交わしてるようにして。

 カメラを震わせ、川端さんが言った。


「聞いたことあるっす。猿野正さんも、同じことしてたって。軍団が出来るまでは、こういう風に瓶を並べて酒を飲んでたって」


 猿野正とは、レジェンド級のお笑い芸人だ。50人近い弟子がいて、彼らは『猿野軍団』と呼ばれている。テレビ局の仕事をしていた川端さんならではの知識だった。


 しかし、どうしたらいいのか……

 でも、こうして黙り続けているわけにもいかない。


「あの……おてもやんという、名前の由来は?」

「うぇええ……酔っていた」

「え?」

「おえ”ぇ。名前を付ける時……酔っていた。うぼぇええええ」


「「「…………」」」


 もう何も言えなくなってしまった僕らが、涙目で震えていると。

 スマホが震えた。


 さんご:視聴者から募集しよう

 さんご:ペットボトルに貼る『顔』になりたい人を

 さんご:『抽選で当たったら、おてもやんの飲み友達になれるよ!』

 さんご:という触れ込みで

 さんご:これは絶対にバズる!

 さんご:いま小田切に企画書を送ったんだけど


 僕はスマホをしまい、そこから先のメッセージを無視することにした。


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お読みいただきありがとうございます。


酒飲みのやることは、よく分かりませんね。


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