101.猫と電車で東京へ(1)突撃!イデアマテリアの新事務所

「バーベキュー行きたかったのじゃ~! わしも『モ肉』食べたかったのじゃ~」


 探索を終え地元に帰り、最初に向かったのは駅前のホテルだった。

 美織里が滞在してるホテルで、マリアも別に部屋を取って泊まっている。


「『モ肉』『モ肉』『モ肉』~。わしも『モ肉』食べたい~!」


 マリアは、今日はずっとホテルにいた。本当ならUUダンジョンの探索に付き合って、彩ちゃんと神田林さんの指導をするはずだったのだ。それがどうして取り止めになったかというと……


「わしのバカ!バカバカバカ!どうしてあんな怪しい『お寿司ビュッフェ』に行ってしまったんじゃ~」

「だからあそこは止めとけって、みんな言ってたでしょ!?」


 マリアは僕らの忠告を無視して、駅の近くの雑居ビルにある『お寿司ビュッフェ』に行ってしまったのだ。そして案の定、食中毒になってしまったのだった。クラスSSS探索者トリプルエスの胃腸を破壊するとは、まさかそこまでヤバい店だったとは僕も思ってなかったのだけど、マリアのツイッピーを見ると、11時に『これからお寿司ビュッフェなのじゃ~』というさえずりをした後、11時45分には『ヤバい古墳で呪われた時みたいになっとるんじゃけど……』と不穏な続報が来て、『マリア、入院したってよ』と美織里から連絡があったのが昼休みが終わる直前の12時55分だったから、即効性にもほどがあるのだった。


「小田切にも怒られるし散々なのじゃ~」

クラスSSS探索者トリプルエスなんだし、普通の店でお寿司を食べるお金くらい持ってるでしょ?」

「ぴかりんは分かってないのじゃ~。食べたい時が美味い時なのじゃ~。わしの冒険心があの店に行くのじゃとささやいたのじゃ~」

「お寿司で冒険しちゃダメですよ!」

「ところで美織里たちはどうしたのじゃ? 彩ちゃんもパイセンも弟子なのに冷たすぎるのじゃ~」

「ぐ…………!」


 みんなでスイーツビュッフェに行ってるとは言えなかった。『スイーツとビールの苦みって意外と合うんですよね~』という彩ちゃんのひと言で、飲酒の習慣の無いみんなまで甘いものが食べたくなってしまったのだそうだ。あとは単純に、バーベキューを羨ましがるに違いないマリアの相手をするのが面倒くさかったから。


「ぴかりんは、明日東京にいくんじゃろ?」

「ええ。イデアマテリアのメンバーとコラボするんですよ。あとは事務所のルームツアー」

「わしも東京に行くからお寿司に連れてっておくれ」

「僕は、東京のお店は知らないですよ。それなら美織里か小田切さん……彩ちゃんも大学は東京って言ってたな」

「B大学じゃろ? 山の中だったって言っとったぞ。猪を狩ってみんなで食べたとか……」

「それって本当に東京ですか? そうだ! 川端さん!」

「川端? 誰じゃそれ」

「イデアマテリアに新しく入ったドライバーさんですよ。テレビのロケバスの仕事をしてたって言ってたから、きっと美味しい店、たくさん知ってますよ」

「おおぅ……マジで?」

「マジです」

「うふふ~。楽しみじゃの~。銀座かのう。築地かのう。美味しいお寿司がわしを待っとるのじゃ~」


 川端さんにそんな暇があるかは別の話なのだが、とりあえずマリアの機嫌が直ったので、余計なことは言わないようにした。


 ●


 明日は始発で東京に行くということで、さんごと一緒にホテルに泊まった。これからは人目を気にする必要があるという小田切さんの指示で、美織里が泊まってるのとは別のホテルの最上階の部屋だ。


「小屋やマンションの屋上だったら僕のスキルで隠蔽できるけど、ホテルに入るところを撮ってストーリーを作られたら、対策のしようが無いね。別々に入っても、撮られた時点で終わりだ」


 と、さんごも小田切さんの意見に同意している。


「美織里は今週ずっとこっちに居るって言ってたし、僕は月火でコラボの撮影をして、水木が『クラスD昇格者向け講習』――またしばらく会えなくなっちゃうなあ」


 そんな愚痴を漏らしてたら、美織里からメッセージ。


 美織里:最上階に部屋を取ったのって、何故だと思う?


 答えは、すぐ分かった。

 サーフボードに乗って、天井から美織里が現れた。


「こういうことを、するためよぉおおおおおっ!」


 そう言うと美織里は、僕をベッドへと投げ飛ばしたのだった。


 屋上から、サーフボードの機能ですり抜けてきたわけか――なるほど。最上階以外だと、途中の階の人に見られちゃうかもしれないからね。



 翌朝、透明化した美織里と一緒にホテルを出て、電車に乗った。


 小田切さんは、昨夜のうちにマリアを連れて東京に帰っている。どうして僕も連れてかなかったのかは――唇には、透明な美織里とキスした感触が、まだ残ってるようだった。


 キヨスクで買ったサンドイッチをさんごと食べて、うとうとしてる間に東京についた。

 まだ、9時にもなっていなかった。


(これが!……これが朝の山手線!)


 イデアマテリアの事務所があるのは、東京駅から3駅。

 たった3駅でも、山手線のラッシュは凄まじく。


(無理!……東京で暮らすなんて無理!)


 ぼろぼろの状態で事務所のあるビルに到着し、震える指でインターホンを鳴らした。


「春田光です。小田切さんにアポをもらっています――動画の撮影に来ました」

「は~い。上がって来てくださ~い」

 

 答えたのは、若い女性の声だった。エレベーターで上ると、降りたすぐそこが事務所で、壁には大きく『Idea Materia』と書かれてあった――探索者ジャケットにもプリントされてる、事務所のロゴだ。


「どう? うちの事務所は」

「すっごくキレイですね!」


 即答で声を張り上げたのは、出迎える小田切さんがカメラを構えていたからだ。今日の撮影は事務所のルームツアー。既に撮影が始まってるということなのだろう。小田切さんの後ろにいる男女は、事務所のスタッフに違いない。これから僕は、この人たちのお世話になるのだ。


「よろしくお願いします! 春田光です!」

「え~と、さんご君は? 出て来てもらっていい?」

「みゃ~お」


 さんごが透明化を解くと、突然僕の肩に現れたさんごに、小田切さん以外の全員がどよめいた。


「透明化は、公表しない方がいいわよね?」

「んみゃ」


 さんごが頷く。


「じゃあみんな、いま見たことは内緒で――いいわね?」

「「「「はい!!」」」」


 スタッフさんたちも頷く。


 ルームツアーは、案内する小田切さんに僕が着いていく形で行われることになった。小田切さんが出演するかは未定のため、簡単に削除できるように、小田切さんが話し終えてから一拍おいてリアクションを取るように指示された。


「まず、ここが机のある部屋。やってる仕事は1人1人で違うんだけど、まだ人数が少ないから、ここに集まって仕事しています。いずれスタッフが増えたら、部署ごとに部屋を割り当てる予定です」

 

 最初に案内された部屋には机が6つ並べられていて、書類や文房具は無く、蓋の閉められたノートPCだけが置かれていた。


「で、ここも将来は机が置かれる予定なんだけど、当面はスタジオとして使う予定。雑談配信したいけど自宅バレしたくないなんて配信者には、ここでライブしてもらってもいいわね」

「そんな人いるんですか?」

「これから入って来るんじゃない? 事務所の公式声明を撮る時なんかは、ここを使うつもりだけど」


 この時点では、僕はもちろん小田切さんも予想してなかっただろう。

 ここに、おてもやんが住み着くことになるだなんて……


「ここも、いずれは机が置かれる予定の部屋ね。いまはグッズのサンプルを展示する場所になっています」


 この時点では、僕はもちろん小田切さんも予想してなかっただろう。

 ここに、冒険姫メリッサが住み着くことになるだなんて……


「ここは、配信者がセルフメンテナンスする部屋。本格的なスキル検診が出来るようになっています」


 この時点では、僕はもちろん小田切さんも予想してなかっただろう。

 ここで、おてもやんのお母さんが弁当屋を開くことになるだなんて……


「さて、どうかしら?」

「ここからイデアマテリアの歴史が始まるんですね! すっごくワクワクします!」


 まだ何も知らない僕は、明るい未来の予感に胸をときめかせ、そう答えたのだった。


===========================

お読みいただきありがとうございます。


次回は、みんな大好きおてもやんの登場です!


面白い!続きが気になる!と思っていただけたら、

フォローや☆☆☆評価、応援などよろしくお願いいたします!

コメントをいただけると、たいへん励みになります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る