100.猫とダンジョンでバーベキュー(2)美少女達のエグい撮影

 2手に分かれての動画撮影。


 調理する僕を撮影するのは、ドライバーの川端さんだ。

 ドローンでも撮影してるけど、さんご曰く手持ちカメラの映像の方が素材として編集しやすいらしい。


「さっきも言った通り『バーベキュー』は、野外で行ったりとかいったイベント性ではなく、食材にじっくり火を通すという調理法に付けられた名前です。だから屋内で調理するシュラスコも『ブラジリアンバーベキュー』と呼ばれてるんですね」


 大きめの塊肉を、炭火で温まったコンロに入れ、蓋を閉める。


「まず、こちらの『モ肉』――オークの塊肉は、じっくり2時間くらいかけて火を通します。その間に、こちらのハーピーをマリネしましょう。マリネについては『お酢がベースの調味液に食材を漬ける』くらいに考えればいいと思います。僕は子供の頃、豚バラ肉を酒と酢に漬けてから焼くというのをよくやってたんですけど、いま考えてみると、これも一種のマリネと言えますね。真ん中で2つに切ったハーピーを、酢とワインとオリーブオイルに香味野菜を加えた調味液に漬けこみます。1時間くらい漬けたら、こちらもオーブンでじっくり焼いていきます」


 ダンジョンのハーピーは、鳩くらいの大きさの鳥形モンスターだ。嘴が無く平たい顔をしてるところから、神話のハーピーからとった名前で呼ばれている。


「そうそう。これは持ち込みなんですけど、ミノタウロスのもも肉――の、糠漬けです。家で4日間ほど漬けてきました。野菜だけじゃなく、肉や魚を糠漬けにしても美味しいんですよね。こちらも、ハーピーと同じタイミングでコンロにかけます……さて、ここまではバーベキュー本来のじっくり焼いたお肉を準備しましたけど、『屋外でやる焼き肉』方式のお肉も捨てがたい。というわけで、こちらのオーガのバラ肉とロースは薄切りにしていきます。ホルモンは下ごしらえが終わったものを用意してもらってますから、後で串に刺しましょうね」


 そんな感じで撮影を進めながら、横目で美織里たちの様子を眺める。

 美織里たちは、バーベキューエリアから1キロほど離れた場所で、モンスターを発見即殺害サーチアンドデストロイしていた。



「はーい。じゃあパイセン、次はこいつで行ってみよう~」


 美織里が、ゴブリンを足払いで転がす。

 この時点で、ゴブリンの足はあらぬ方向に曲がり、立ち上がることなど出来ない状態になっていた。


「はい!」


 更にその胸を膝で潰すと、ゴブリンの顔に、神田林さんが手の平を近付ける。

 手の平で相手に触れ、内臓を抜き取る――それが神田林さんのスキル『浸透殺』だ。


 しかしいま神田林さんの手の平は、ゴブリンに触れていなかった。

 

「ヒァァツ! ヒァッ! ヒァ! ヒァ!」


 必死の形相で顔を左右に振り、逃れようとするゴブリン。両手で神田林さんを押し退けようにも、右手は美織里、左は彩ちゃんのブーツに踏み潰されていた。


「ヒァアッ!」


 首を伸ばして噛みつこうとしても、神田林さんの手の平は、ゴブリンから50センチ近く離れている。


 決して、触れてはいなかった。

 なのに――


「ヒッ、ヒヒヒヒッ、ヒヒィ――ッ!」


 ゴブリンの目や耳からは血が盛り上がり、溢れ出していた。


『浸透殺』――触れてないせいで抜き取ることは出来なくても、内臓にダメージを与えるのは可能ということか。


 いや、可能にしたのだ。

 

 そしてきっとすぐ、抜き取ることも可能になるのだろう。距離も50センチから、ずっと長くなるに違いない。そして『浸透殺』を、遠隔攻撃も出来るスキルに進化させるのだ。


 そういう方向性であれば、次に行われるだろうことも予想が付く。


「じゃ、彩ちゃん仕上げ」

「ういっす!」


 美織里がゴブリンを蹴り上げると、血をばらまきながら宙を舞う半死体に、彩ちゃんがモーニングスターを振るった。


 すると――ぐしゃり。


「ひぁりぃっっっっっっ!!」


 空中で踏み潰されたかのように、ゴブリンが、拉げてばらばらになった。


 彩ちゃんのモーニングスターもまた、ゴブリンに触れていない。50センチ近く離れていた。しかし打撃を直接叩き付けたように、その威力をゴブリンの身体に伝えてみせたのだ。


 神田林さんも彩ちゃんも、2人とも凄い進歩だった。


 ただ問題があるとすれば――


「…………………………こんなの、どうしたらいいのよ」


 問題があるとしたら、殺伐としすぎて、美少女3人のパーティーの最初の動画としては使いようが無いという点だろうか。美織里たちを撮影する小田切さんの顎から、汗が滴って落ちるのが見えた。


 ところでさんごとどらみんは、僕の傍らで肉が調理されてく様子を眺めてたのだけど。


「にゃおん」


 どらみんの背中で、さんごがウインクした。

 ということは、大丈夫なのだろう。


 だって、さんごはイデアマテリアの動画配信部門の責任者――小田切さんの言ってた『配信関係のマネージメント』の『超優秀な人材』なのだから。そのさんごが大丈夫と言うなら、心配する必要なんて無いのだ。


(遠隔攻撃か……)


 そういえば、前回UUダンジョンに来たとき、小田切さんの『射撃』スキルから学んで、僕も魔力の弾を飛ばせるようになってたのだった。その後で手に入れた『鎖』や『重力』の上達に気を取られて、全然使ってなかったけど。


「ばん」


 数百メートル先に角ウサギがいて、駆除するスタッフも気付いてなかったので撃ってみた。ちょっと工夫して『雷神槌打サンダー・インパクト』とミックスした感じで。


 すると――どかん!


 悲鳴を上げるまもなく、下の地面ごと角ウサギが爆発した。


「うわ! ななななななな!」


 爆発音に、駆除担当のスタッフが腰を抜かす。

 騒ぎに気付いた小田切さんが駆けつけて、謝罪を始めたのはその10分後のことだった。



 美織里たちのモンスター退治が終わって(撮れ高が稼げて)、食事の撮影になった。

 僕の焼いた『モ肉』は、どれも好評だった。


「これは……本当に? 本当にうちの『モ肉』? こんなに美味しくなるの?」


 と、バーベキューエリアの担当の大久保さんに言ってもらえたのは嬉しかった。


「それ、美味しいの?」

「不味いね」


 美織里が聞いたのは、僕が食べてるクッキーのことだ。

 大塚太郎にもらった、あのクッキーだった。


「修行で『雑味』の燃えカスが残ったから、クッキーこれで綺麗にしとけって」

「1個ちょうだい――おえっ!」

「だから言ったでしょ。不味いって」

「ぶええ……で、どうだった? 修行は」

「何だろうね?――技術的に得たものもあったけど、思い出すっていうか、刻まれた感じがするのは精神論っていうか……態度? 意思の持ち方? とにかく技術以前の姿勢みたいな……そういう感じのことが多かったかな」

「それもまた技術なんだろうけど、どこまで言語化したらいいかは難しいわね」

「うん……美織里の言いたいこと、なんとなく分かるよ」

「次の修行は?」

「連絡待ち――もっとも一昨日も、いきなり迎えに来たんだけどね」

「『クラスD昇格者向け講習』を受けるのは伝えてあるから。明日と明後日講習までの2日は可能性が高いと思う。講習後になる可能性もあるけど、心の準備だけはしておいて」

「分かった」

「で……これからなんだけどさ。パイセンが、話があるって」



 まだ料理の残ったテーブルで、神田林さんの告白が始まった。


「火曜日――東京で撮影した、次の日なんだけど。学校に行ったら、私の机が……滅茶苦茶になってて。気持ち悪くて、写真を撮って、そのまま家に帰ったんだけど……両親は学校と話し合うって言ってくれて……でも無理だと思うなら、転校した方がいいって。私も、そうしたいけど……そうしたら、逃げるみたいで…………嫌だ。私は、逃げたくない。逃げたと思われたくない! 仕返しなんて、いくらでも出来る! でも…………気持ち悪い。あの人たちが気持ち悪くて、私は。私は………………………………………………OK?」


 撮影は、1発OKだった。


 いま撮影した神田林さんの告白は、今後も素材を撮り足し、いずれはイデアマテリアのコンテンツとして公開する予定なのだそうだ。来年の春まで学校を休み、その間は探索者活動に専念して、その後は…………その後、神田林さんがどうするかは教えてもらっていない。


 ただそれを知ったとき、僕がどんな顔をするのか。そしてそれを、美織里たちが嬉々として撮影するだろうということ――それだけは、何故だか分かってしまう僕なのだった。


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お読みいただきありがとうございます。


おかげさまで、100話に到達です。

文字数も、30万字を超えました。


次の目標は、100日連続投稿でしょうか。

計算したところ、10月22日だそうですが……いけるかな?


依然として異世界の姫騎士が登場する気配はありませんが、今後とも応援よろしくお願いします!


面白い!続きが気になる!と思っていただけたら、

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