99.猫とダンジョンでバーベキュー(1)MTTの初仕事

 日曜日――美織里、神田林さん、彩ちゃん、僕でUUダンジョンに潜った。

 もちろん、さんごとどらみんも一緒だ。


 気になるのは大顔系だけど、僕を狙って大顔系が出るのは地元の町のダンジョンだけだ。

 UUダンジョンがあるのは他の県だから、その心配は無い――無いよね?


 他の県だから、移動は車。

 運転は、東京から帰る時もお世話になった新スタッフのドライバーさんだ。


「ういーっす。よろしくーっす」


 名前は川端さんといって、元々はレーサーを目指してたのだけど、スキルが生えたことでレースへの出場が禁止され断念。以降はテレビの制作会社のADを経てロケバスの運転手に。それでアイドル時代の美織里と知り合い、美織里の新事務所イデアマテリアにスカウトされたのだそうだ。


 ちなみに、川端さんのスキルがどんなものかというと――


「『Gキャンセラー』っつうんですよ。自分にかかる重力加速度を自由に調整できるってスキルで、ぶっちゃけレーサーにとってはインチキみたいなスキルです」


 とのことだ。

 それから、車にはもう1人。


「従兄弟くんはさあ、大学も地元で考えてるわけ? 東京の大学は考えてないの?」


 小田切さんが乗っていた。

 イデアマテリアがスタートしたばかりで超忙しいはずなのに、僕らの探索に付き合ってる暇があるのだろうか。


「あー。配信関係のマネージメントで超優秀な人材に来てもらえたから。それに、現状イデアマテリアが契約してる探索者ってみんな大人で自己管理ができてるから、ぶっちゃけ手がかかんないのよ。案件も自分で取ってくるしね。私はあちこち顔出して帳簿を付けて税理士の先生と会って取材原稿をチェックして版権管理して弁護士の先生と会って……あとは事務所のキーマンになってくれそうなパーティーの初仕事に立ち会うくらいしかやることが無いのよ」


 反応に困る回答だった。


 ちなみに自己管理といえば、おてもやんは大丈夫なのだろうか。

 アル中を自称してる時点で大丈夫ではないと思うのだけど……


「あー、おてもやんはね。スキルで大丈夫みたい。酔えば酔うほど死ぬ確立が低くなるって、そういうスキルみたいよ」


 これもまた、反応に困る回答だった。


「3人でやってく以上、ポジションを固めるのは危険だと思うわけよ」


 僕と小田切さんが座ってるのはワゴン車の1番後ろの席で、その前の席にはMTTが座っていた。


 MTT――Miori Top Team


 美織里と神田林さんと彩ちゃんのパーティーだ。

 今日はMTTとして初の探索で、それを前に、3人で意識合わせをしてるのだった。


「この前も話した通り、あたしが後衛、彩ちゃんとパイセンが前衛って形だと、誰か1人脱落した時点でフォーメーションが破綻するのよ」

「だから、私と彩ちゃんが後衛のスキルを身に付ける必要があるということでしたよね」

「でも新たなスキルを習得するのではなく、いま私とパイセンが持ってるスキルを、後衛でも使える方向に伸ばしていくと」

「そうそう。で、宿題を出したんだけど――どうだった?」

「薬瓶で、10センチくらい行けました」

「いいわね! 彩ちゃんは?」

「酒瓶で、5センチです」

「OK! 0が1になったんだから、後はモンスターで試せばあっという間に伸びるでしょ!」


 途中にあった店で買い物をして、UUダンジョンに着いたのは9時を少し回ったくらいの時刻だった。


「おい、あいつらあれだろ。みおりんにぴかりん」

「C4Gの?」

「ばか。いまはもうMTTだよ」

「あのショートカットの子かわいいなあ」

「パイセンな。俺は彩ちゃん派だけど。ああ、ああいう子に叱られたい……」


 ダンジョン周辺で注目されるのももう慣れて、視線や声を無視して手続きするのも簡単なものだった。

 ゲートをくぐって、ダンジョンの奥を目指す――わけではない。


「みおりんでーす」

「パイセンです」

「(振り向くと、おさげを斜め上に持ち上げて)つのっ!」

「せーの。3人揃って!」

「「「MTTでーす!!」」」


 いきなり、MTTの動画撮影が始まった。

 場所は、ゲートから500メートルほど離れた場所にある柵で囲われたスペースだ。

 かなり広くて、200メートル四方の面積には100台近いテーブルが並べられていた。


「あたしたち、これが最初の動画なんだよね」

「そうですね。MTTとしては初めての活動です」

「というわけで、彩ちゃん!」

「(振り向くと、おさげを横に引っ張って)バーベキュー!」


 動画では、ここで串が刺さった肉の写真が差し込まれるのだろう。


「というわけで、今日はUUダンジョンのバーベキューエリアで、バーベキューを楽しみたいと思いま~す。ダンジョンでバーベキューってちょっと珍しいと思うんですけど、フィールド型のUUダンジョンならではですよね~。ほら、あそこに角ウサギ!」


「モンスターが出ても、このエリアに近付く前に退治してもらえるんですよね」


「そうなのよパイセン。モンスターが来てもスタッフさんが追い払ってくれます! それではここで登場していただきましょう。UUダンジョンバーベキューエリア担当の大久保孝さんで~す!」


「どうも、大久保です」


「大久保さん! ダンジョンの中にバーベキューエリアって、全国的にも珍しいと思うんですけど、どういうきっかけで始まったんですか?」


「はい。モンスターの肉というのは一般でも販売されているんですが、ダンジョンの外でモンスターの肉……私どもは『モ肉』なんて呼んでるんですけどね」


「はぁ~っ!『お肉』と『モ肉』でかけてるんですね! これはシャレてる!」


「それで、この『モ肉』をですね。ダンジョンの外で販売しようとした場合、法律で40日間冷凍しなければならないんですよ。そうしてですね、そんなことは無いとは思うんですが、生き返ったりしないのを確認して、それからじゃないと販売できないという決まりなんです。牛肉なんかと同じで熟成が進んでおいしくなるというメリットはあるんですが、新鮮さの面ではやはり改良の余地があるなあということが、『モ肉』好きな方の間では言われてたんですね」


「なるほどなるほど――それがこのバーベキューエリアでは?」


「実はダンジョンの中で食べるためなら、冷凍は5日間で良いということになっておりまして。そんなことは無いとは思うんですが、生き返ったりしても、周りに生きてるモンスターが沢山いるんだから別に問題は無かろうということなんではないかと思うんですが、ダンジョンの外で冷凍した『モ肉』を5日経ったらまたダンジョンに持ち込んで、ダンジョンの屋台やレストランで販売するというのが行われてるんですね。これですと、倉庫の回転も良くなるし『モ肉』好きな方もより新鮮な『モ肉』が食べられて嬉しい! ということで良いことずくめなんですが、我々はそこを更に一歩進んで、だったらダンジョンの中に精肉工場と冷凍庫を作ってしまえばいいんじゃないだろうかと考えたわけなんですよ。それで、新鮮なお肉を食べていただくんだったらバーベキューが1番だろうということで、このバーベキューエリアを作った次第です」


「というわけで! 本日はUUダンジョンさんのご厚意で、新鮮な『モ肉』を提供して頂きました~。彩ちゃん!」


「(振り向くと、おさげを横に引っ張って)バーベキュー!」


 これが何かと言えば、案件動画だ。

 お金を貰って商品やサービスを動画で紹介するという、そういうビジネスなのである。


『協会もあたしたちには借りがあるし、そもそもネームバリューがあるから今が旬ってことでオファーを出してきたわけよ』


 美織里によれば、そういうことらしい。

 とはいっても、チャンネルで最初の動画が案件動画というのは如何なものかと思うのだけど、そこについては誰も気にしてないみたいだった。


「そしてこちらに並んでいるのが提供していただいたお肉、おっと『モ肉』になりま~す。どうですかパイセン」


「とても……大きいです」


「彩ちゃんは?」


「輝いてるぅ~~~!」


「素晴らしい『モ肉』ですよねえ! しかし我々、料理が得意ではありません! そこで『モ肉』を切ったり下味を付けたりといった調理の工程は、この人にお任せしたいと思いま~す」


 ほら行って――小田切さんに背中を押されて、僕は前に出る。

 調理される前の『モ肉』みたいな、暗鬱な気持ちで声を張り上げた。


「どうもぉ~! ぴかりんでぇ~~~す!」


「なんとぉ! ゲストにぴかりんが来てくれました~!」


「みおりんのダーリンですね」


「ふぅうう! パイセンが韻を踏んでま~す!」


「違う違う、みおりん! 踏んでない踏んでない!」


「ぴかりんは、料理が得意なんですよね?」


「うん、彩ちゃん。子供の頃から自炊してるからね」


 僕らのことを知らない視聴者のため、出来るだけ相手に顔を向け、名前を呼びながら話すように言われている。これは小田切さんの指導で、そうすれば多少わちゃわちゃしても、視聴者が会話を見失わずに済むのだそうだ。


「ぴかりんとしては、バーベキューに対するこだわりなんて、あったりしますか?」


「うん、パイセン。バーベキューっていうと『屋外でやる焼き肉』くらいの認識の人が多いと思うんだけど、実はそうじゃないんだよね。バーベキューの語源は――」


「おおっ! 語源と来ましたよ。みなさーん! ぴかりんがバーベキューの語源を教えてくれますよぉおお!!」


「ちょ、ちょっと黙ってみおりん! バーベキューの語源はハイチ語の『肉をあぶる木製の台』で、それがスペイン語の『丸焼き』――バルバッコアになって、バーベキューと呼ばれるようになったんです。野外で行うとかそういうイベント性ではなくて、調理器具とか調理法の名前だったんですね」


「で、それで? ぴかりん。その話ってまだ続くの?」


「みおりん、もうちょっと我慢して」


「え~、いいじゃん。パイセ~ン。あたしはお肉が食べたいの~~~。というわけで、調理とバーベキューについての説明はぴかりんに任せて、あたしたちはバーベキューエリアに近付くモンスターを退治しに行きたいと思いま~す。じゃ、お願いね! ぴかりん!」


「はい!」


「行くわよ、パイセン! 彩ちゃん!」


「「はい!!」」


 調理する僕と、モンスターを退治する3人。

 ここから先は、2手に分かれて動画撮影することになった。


===========================

お読みいただきありがとうございます。


予約投稿の日付を間違って、危うく連続投稿が途切れるところでした。


久々な気がするダンジョン探索です。

もともとダンジョン成分は少なかったような気もしますが……


アマプラなんかで配信してるアメリカのバーベキュー番組、いいですよねえ。

「日本人はステーキとバーベキューを舐めてる!」と認識せざるを得ません。

そりゃ、い○きなりステーキなんか相手にされないわけだわと。


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