98.猫にガチ説教されました

『人食い屋敷』での出来事は、しばらく心に引きずりそうな気がした。

 でも翌日の土曜日、美織里が東京から帰って来ることを考えれば、少しは気が晴れる。


 美織里が食べたいと言ってたものを一通り準備して、23頃時には布団に入った。

 心配してたよりずっと早く眠りに落ちて、最後に時計を見た記憶は23時15分。


「え、あ、うん……おはよう。気を付けてね」


 これから家(新事務所イデアマテリアの近くに借りたマンション)を出るという美織里からの電話を受け、スマホを置き、時計を見ると。


「……ちょっと、早過ぎない?」


 まだ、5時になったばかりだった。

 

 今日は、9時30分に待ち合わせしている。

 電車で帰ってきた美織里を、駅前で出迎える約束だ。


 その時間なら、7時の電車で東京を出れば十分間に合う。

 美織里の家から駅までの距離を考えても、6時半より早く家を出る必要は無いはずだった。


 5時に家を出た場合――スマホで調べたら、遅くても8時30分には到着と出た。


 これは僕も早く家を出て、8時くらいから駅で待ってるべきだろうか。


 それとも、美織里が早く出発したのには理由があって、こちらに着いてから何かやることがあるのかもしれない。そうだった場合、僕は全くの邪魔者で迷惑極まりない。では、駅の近くで待機して美織里の連絡を待つべきだろうか。いや、サプライズでいきなり小屋に来るのかもしれない。その場合は、すれ違いで美織里の計画サプライズを台無しにしてしまう…………ああ、どうしよう!!


「君は、毎日楽しそうで羨ましいね」


 悩んでぐるぐる部屋を回ってたら、さんごにそう言われた。

 結局、8時30分に家を出ることにした。


 朝食を終え、歯を磨き、着替えたら8時ちょうど。


 時間が余ったので、次の動画でさんごが披露するというダンスを見せてもらうことになった。

 その時だ――スマホが着信で震えた。


「もしもし!? 従兄弟くん!?」


 電話は、小田切さんからだった。


「何も聞かず、いますぐ外に出て!」


 するとさんごも。


「これを持ってって!!」


 そう言って、水のペットボトルを放ってよこした。


「な、な、な、何なの~?」


 慌てながら、言われるまま小屋を出ると、そこには。

 500メートルほど先、ドローンを引き連れて――


「光ぅ~~~~~~~~っ!!」


 酷道を、こちらに向けて走ってくる美織里の姿があった。

 ばらばらばらばら。

 見上げれば、空にはヘリコプターが飛んでいて、機内では小田切さんがカメラを僕に向けて構えている。


 と、その間に――ぴょん!


 残りの50メートルくらいをジャンプして、美織里が僕に抱きついてきた。

 当然、避けるなんて選択肢は無い。


 がつん! ぶちぶちっ!


 美織里に抱きつかれた衝撃は、正直、カレンと戦ったときよりも強烈で、骨が軋み細かな筋肉が断裂するのが、音だけで分かるほどだった。


「光ぅ~。会いたかった~。嬉しぃ~。好き好き~~~~っ!!」


 事情はさっぱりだけど、美織里が極度の興奮状態にあるのだけは分かった。


 長袖のラッシュガードにくるぶしまで隠すスパッツ。肌の露出は無いけど、逆に身体のラインが露わになってしまっている。全身が汗にまみれ、夏なのに湯気すら立ってることからも分かった――美織里は、東京からここまで走って来たのだと。


 東京からこの町までは、約120キロ。朝5時に出発して、今が8時だから約3時間でその距離を走ったことになる。120キロを3時間ということは、平均時速40キロ。探索者の体力とスキルでも、超人的といえた。


 空を見れば――ばらばらばら。

 サムズアップする小田切さんを乗せたヘリコプターが、遠ざかっていく。


「みゃ、みゃ、みゃみゃみゃ~」


 さんごもまた、鼻歌を歌いながら酷道の果てに去り。

 同じく美織里について来たドローンも、さんごの後を追って消えた。


 この場に残されたのは、美織里と僕だけ――水を渡しながら、僕は言った。


「とりあえず、シャワー浴びる?」

「うん」


 小屋に入って、タオルを渡すと。


「ねえ、光。いま、あたしがどんな状態か分かるよね? 光のことだけを考えながら東京から走って来たんだよ?」


 僕の手を掴む美織里の目は血走り、長距離走の直後だからというのとは明らかに別の理由で息、というか鼻息が荒かった。加えて――ねっとり、ゆっくりと舌なめずり。


 そういうことなら、僕にも考えがある。


「え? 光――え、服を着たまま!?」


 浴室に連れ込み、シャワーを浴びながら服を脱がすと、美織里はいつも以上に感じやすくなっていた。


「だめ……光……もう……だめ……許して……好き……だめ……意地悪……光……意地悪……好き……好き……光……好き……大好き…………」


 そんな美織里を責めながら、確かに僕は『意地悪』だと、灼けたようになった頭で自己認識する僕なのだった。



 いったん終わってから聞いてみると、こういうことだったらしい。


「あたしたちのカップルチャンネルの、第1回目の企画なの。『彼氏に彼女が走って抱きつくアレをやってみたい! ただし距離は100キロ以上』っていう企画で、光のドッキリも一緒にやっちゃおうっていう。駅で待ち合わせしてたあたしが、いきなり家に走って来たら光はどんな反応するかって。さんごにも協力してもらって、朝から撮影してたはず――え~、どうだろ。今は撮ってないよ……ん。もっと撫でて。お話ししながら、そこ、触られるの、好き……ん。だめだよ……この後、トークの撮影するんだから……ん……じゃあ、もう1回。ん……好き……ん……ん………………いいよ……何回でも…………ん…………ん…………」


 その後、遅い昼食を食べてからトークの撮影をした。

 公開時に寄せられたコメントと合わせて再現すると、こんな感じだった。



美織里「というわけで『みおりんぴかりん時々さんご』の初めての企画なんですけど――そうだ、自己紹介」

光「ぴかりんです」

美織里「みおりんです」


コメント:『事後』『事後』『この雰囲気は事後』『場面変わったら事後になってて草』


美織里「で、どうでしたか。あたしの力走は」

光「力走ってレベルじゃないよね。東京からここまで100キロ以上あるし」

美織里「え~。それくらいテレビで芸能人も走ってたよ~」

光「同じ100キロでも、あれはもっと時間かけてるから。24時間とか! 3時間で完走なんてありえないよ」

美織里「あたしが見たときは、お昼くらいで完走してたよ?」

光「あれは、前の晩から走ってたでしょ? それに美織里が走ったのは100キロじゃなくて120キロ!」


コメント:『確かにw』『昼前に完走どころの話じゃねえw』『ぴかりん、意外とツッコむなw』


美織里「でも、光にもあれくらいやってもらうよ?」

光「え?」

美織里「クラスDに昇格したら、あたしのサポートで上級ダンジョンに潜ってもらうから。その前に訓練として、24時間探索をする。モンスターを駆除しながら、24時間ずっと移動し続ける探索」

光「え?」

美織里「スピードの下限は時速20キロでぇ。一瞬でもそれ以下になったら次の日にやり直し」

光「え?」

美織里「あたしは中1のときマリアにやらされて3回やり直したけど、光なら1回で大丈夫でしょ」

光「僕には……キツいかな」

美織里「キツいからやるんでしょ? 限界まで追い込んだ状態で、それでも集中を維持できるようにするのが目的なんだから――本当に、脳がぐっちゃぐちゃの、ぎったぎたになるからね」

光「…………』


コメント:『一瞬で立場が逆転w』『ぴかりん泣きそう』『ぴかりんが短期間で強くなったのも分かるw』『もともと才能がある上にこんな師匠がいたんじゃ、そりゃ強くなって当然だわ』


美織里「とまあこんな感じで、このチャンネルでは、あたしたちのラブラブな動画をお送りして行きたいと思いま~す!」

光「…………高評価、チャンネル登録よろしくお願いします」

美織里「以上『みおりんぴかりん時々さんご』でした! バイバ~イ」

光「…………バイバイ」


コメント:『どこにラブラブ要素がw』『ぴかりんの目!』『目が死んでる!』『意外とこのチャンネルが、イデアマテリア勢で1番ガチ探索な内容になるかも』『ラブ皆無w』『デスの匂いしかしねえw』



 夜になって、2人で五右衛門風呂に入った。


「あの……するようになる前よりも、いまの方が……なんか恥ずかしいね。今日、あたしたちがしたの……明日、みんなに分かっちゃうかなぁ」


 そんな美織里の言葉と表情に、僕の理性が吹き飛んだのは言うまでもない。

 気付くと、いつの間にか帰ってたさんごに。


「程度、程度、程度……程度というものが、知性ある生物には大事なんだよ? 分かる? さあ言って。程度、程度、程度……」

「「程度、程度、程度……」」


 正座して、ガチ説教される僕たちなのだった。


 明日は、神田林さんたちと探索だ。


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お読みいただきありがとうございます。


そろそろ運営から注意を受けるかもしれないので、なろうでの連載は終わりにして、以降はカクヨムオンリーで連載しようと思います。


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