169.猫が異世界の思い出を話します(前)

 大騒ぎの宴会の中、小田切さんだけはお酒を飲んでいなかった。


 車で来てたからだ。


 宴会が終わり、僕と美織里とパイセンは、小田切さんの車で送ってもらうことになった。


「異世界で撮った動画については、基本的にイデアマテリアが管理するってことになったわ。動画素材もね。彩ちゃんのお父さんに渡すのはイデアマテリアこっちで編集した後の動画だけ。異世界あっちで動画をどう使うかはお父さんの自由だけど、こっちの世界では頒布も配信も出来ない。逆にイデアマテリアは、異世界あっちでは頒布と配信が出来ない――ってところかな」


 異世界で撮った動画については、そういう扱いになったそうだ。

 あんな大騒ぎの中で、あんなに酔っ払ったお父さんと、そんな話を詰めるなんて僕には絶対不可能だと思う。


「……これで、4組目ですよね…………異世界人」


 パイセンが言ったのは、こっちの世界にいる異世界人のことだ。


 まず最初に僕らが出会った異世界人が、さんご。それからOFダンジョンで会った異世界人に、一ノ瀬さんのところにいる3人組。最後に彩ちゃんのお父さんとお母さんで4組だ。


 美織里が聞いた。


「さんごは、こっちに来てる連中のこと、分かる? どこの国から来たっていうか、そうね――あんたを含めた4組の関係性」


 パイセンの膝で顔を上げ、さんごが答えた。


「使ってた言語からすると、OFダンジョンで会った連中は、彩の母親や一ノ瀬のところの三人組とは別の大陸だろうね」


「言語……ああ、あんたは生の言葉を聞いてるわけね」


 僕らが異世界人と話してるときは、万能言語理解スキルが働いている。だから異世界人の言葉は全て日本語として聞こえてるわけだけど、異世界から来たさんごは、スキルを使わずに彼らの言葉を聞いてるわけだ。


「そうだ。『万能言語理解』には『伝播』という特質があって、使用者が望めば話してる相手にも『万能言語理解』が生える。僕は、それをキャンセルして彼らの言語で直に会話してるわけだけど、OFダンジョンの連中が話してたのは、魔王領を挟んだ別の大陸の言語だった」


『魔王領』……いろいろ聞いてみたいところだけど、脱線したまま話が終わりそうなので、スルーすることにした。


「一ノ瀬さんのところのは?」


「一ノ瀬のところの3人組は、彩の母親と同じ大陸の東部諸国だろう。東部諸国は、彩の母親の国――タラシーノ国とは仲が悪い、というかタラシーノに頭が上がらない関係性なんだ」


「へえ? 何かやらかしたとか?」


「タラシーノ国の前身のグイーグ国が、東部諸国の暗躍で滅びかけたんだ。その頃、大陸南側は魔王軍との戦争の最中だったんだけど、それに乗じてグイーグへの物流を制限して滅ぼそうとしたんだよ」


「でも、滅びなかった」


「ああ。そこで現れるのがグイーグ国の宰相の息子だ。彼は、大陸北方の覇権国の姫と、西方のエルフ国の族長、それから当時最強の魔道士を娶って戦争を終結させ、その過程で周辺国を併合し、その連合をタラシーノと名付けたのさ」


「なるほど……その宰相の息子っていうのが」


「イーサン・ド・スケベーヌ1世――彩のご先祖様さ。そしてタラシーノ国は大陸の覇権を握り、不義理を働いた東部諸国はタラシーノの顔色をうかがわなければならなくなったってわけ」


「ふうん……でさ」


「…………」


 美織里の視線と口調、そして無言となったさんごの様子から分かる――僕には見付からなかったけど、いまのさんごの話では触れられていない、さんごが話したくない、さんごが触れられたくない何かがあって、それを美織里は突こうとしているのだろう。


 美織里が言った。


「なんとなくなんだけど、どうもその『イーサン・ド・スケベーヌ1世』っていうのは、東部諸国っていうのや、他にもいるよね――寝返るかもしれない他の国。そういう奴らへの睨みを効かせるのに、単純な武力とか経済力を使うタイプには思えないわけよ。た~と~え~ば~?」


「…………」


 黙り込んださんごの代わりみたいに、パイセンが呟いた。


「……宗教」


 宗教……そういえば、さんごは異世界で伝説の猫神『トレンタ』として奉られていて…………美織里が、にまにまと笑いながら言った。


「あんたさ、タラシーノの建国に関わってるんじゃない?」


「…………色々あった、とだけ言っておこう」


「そうね……あんたとイーサンが友達だったりしたら、自慢してないわけないし……くふふっ。もしかして、イーサンやその嫁っていうのと戦って負けちゃったりとか? それで言いなりになって、イーサンが大陸支配のためにでっち上げられた宗教の神様にされちゃったりとか?」


「……負けてはいない。負けては……少なくとも、イーサン達には。僕と、僕の相棒が負けたのは…………美食への渇望だ」


 餌付けられたのか、とは誰も突っ込まなかった。


 とりあえず、それでこの話も終わったのかと思ったのだけど――最後に、さんごが言った。


「気になるのは、3人組の使ってた言語だ。彼女たちには東方諸国の訛りがあったんだけど、解析したところ、どうも時代が違うみたいだ」


 時代?


「訛りが、進んでるんだ。彼女達の訛りには、昨日僕らが行った時代のタラシーノの言語に数十年先で現れたであろう変化が、既に含まれていた」


「つまりそれって……彼女達に聞けば」


「ああ。彼女達に聞けば、これから先、異世界に何が起こるか分かるかもしれない」


 タラシーノ国の未来……一ノ瀬さんのところの3人組が記憶するそれには、僕や彩ちゃんのことも含まれているのだろうか。


=======================

お読みいただきありがとうございます。




面白い!続きが気になる!と思っていただけたら、

フォローや☆☆☆評価、応援などよろしくお願いいたします!

コメントをいただけると、たいへん励みになります。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る