149.猫と一緒にダンジョンデート2(後)

 美織里とは違い、彩ちゃんとのデートは待ち合わせするところから始まった。


 待ち合わせ場所の『ダンジョン神社』は、雑貨店やお菓子屋がごちゃっとつまった一角にある。


 大規模店の並ぶメインストリートから別れた細い道を進むと、人混みの向こうに彩ちゃんの姿が見えた。


「お待たせ……妖精?」


 彩ちゃんの出で立ちは、カーゴパンツにノースリーブのシャツというもので、彩ちゃん基準ではあるけどいつもより肌の露出が多い。


 それより、こうして1人で立ってるところを見て分からされたのは、彩ちゃんのスタイルの良さだ。


 彩ちゃんの背は低いけど頭は小さく手足は長く、まるで身長180センチくらいあるモデルがそのまま小さくなったみたいで、その姿は――


「ちょ、ちょっと……私、何か変ですか?」

「いえ……見蕩れてしまって。まるで……妖精みたいで」

「妖精!?」

「いや、凄くきれいという意味で……今日の服、とても似合ってます」

「……そういう子ですよね~。そういうこと、普通に言える子ですもんね~(ボソッ)勘違いするなよ。勘違いするなよ……私!」


 そんな会話でデートが始まり、まず僕らは、探索者グッズの店に向かった。


「うわ~、見てくださいよ! みおりんのグッズがこんなに!」


 店に入ると、1番目立つ場所に美織里のフィギュアが並べられていた。


 探索者グッズとは、探索者が使うグッズという意味ではない。探索者が題材のトレーディングカードやフィギュア、コラボした食品やアパレルのことだ。


「んんっ!? でもこのみおりん、MMTじゃありませんよ! C4G時代のみおりんじゃありませんか! これはどういうことなのか!? 店員さんに聞いてみましょう!! すみませ~ん!」


「はい、なんでしょう~」


 事前に打ち合わせしたようなタイミングで通りかかった店員さんに聞いてみると、こういう事情だった。


「みおりんさんがイデアマテリアさんに移籍するって噂が出た頃から、C4G版の権利を持ってるメーカーさんが凄い数の新製品を出したんですね。コレクターや、いわゆる転売ヤーを狙ったのと、それから普段はあまり探索者に興味を持っていない、浮遊票的なお客さん――そういう人達はバージョンなんて気にしませんから。『あ、いま話題のみおりん! 買っちゃえ!』って感じで買っちゃいますから。そういう人達が、本来ならこれから出るイデアマテリアさん版を買うのに使ってたであろうお金を、どさくさ紛れに吸い上げてしまおうという、そういう意図があったらしいんですね~」


「うわ~。夢も希望も無いお話ですね~」


「あ、あのっ! 来年、僕のフィギュアも発売されるそうなんですけど大丈夫なんでしょうか!?」


「あ~、ぴかりんさんは大丈夫だと思いますよ~。既に予約が始まってるんですけど、即完売になってましたから。みおりんさんのは厳しい感じですけど、でも1番予約が入ってるのは、ぴかりんさんとみおりんさんのセットなんですよ~。これは、このセットでしか手に入らないさんご君のフィギュアが目当てというのもあるんでしょうけどね~」


 店を出て、彩ちゃんが言った。


「あの店員さん……私とぴかりんを見て、全然、驚いてませんでしたね」


「撮影許可は取ってたんですよね? それで事前に知ってたんじゃ……」


「でもいきなり話しかけられて、まったく驚かないっていうのは無いと思うんですけどねえ……」


 腑に落ちないと唸る彩ちゃんを宥めてる間に、次の店についた。


 一転しておしゃれな雰囲気のそこは、ワインとチーズの専門店だ。


「う、うわわっ!? お待ちしてました彩ちゃんさんとぴかりんさん!! こ、ここちらへどうぞ~」


 今度の店員さんは逆に過剰な反応で、僕らを席に案内する後ろ姿が震えてるのを見ると――


「(ヒソ)これはこれで如何なものか……って感じですねえ」


 そう囁く彩ちゃんに、同意するしかなかった。


 出て来たチーズは美味しくて、ワイン(飲んだのは彩ちゃんだけ)も良いものだったらしい。


「ワイン、チーズ、ワイン、チーズ、ワイン、チーズ……これは止まりませんね~」


「ワインは、よく飲むんですか?」


「大学時代、先輩がワイン風呂で急性アル中になったことがあって……それで飲む気がしなかったんですけど、どらみんがワインが好きで、それに付き合って飲むうちに私も好きになって来たって感じですかね~」


「へ~、そうなんですか~」


 不穏なワードをスルーするスキルを持ちつつある、最近の僕だ。


「今日はどらみんも連れてきたかったんですけどね~。クラスD講習の後から、身体が大きくなっちゃって……うまく動けないみたいなんですよね。飛ぶのはおろか歩くのも大変そうで……十代のスポーツ選手なんかには、よくあることなんですけどね~」


「よくあるんですか」


「そうですよ~。ぴかりんも、急に背が伸びたらそうなるかもしれない……いや、多分なるかな」


「でもそれって、1年で20センチ伸びたりとか、そういうレベルの話ですよね?」


「そうだよ~。ぴかりんは、これからすっごく背が伸びるから。絶対。そういうの、私、分かるから……うふふふ」


「…………」


 違和感を抱いたのは、彩ちゃんの口調がいつもと違うのと、それと間近で見る彩ちゃんの顔が、店の照明のせいもあるのだろうけど、丸みや柔らかそうな感じや唇が赤いのがよく分かって、まるで別人みたいだからだった。


 店を出て最後のプリクラに向かう途中、彩ちゃんの手が触れて、気付いたら、腕を抱かれていた。


 プリクラを撮りながら。


「うふふふ……今日は楽しかったなあ。こういう楽しい日が、毎日だったら、それはそれで困っちゃうけど……こういう日が人生に点々とあるなら……そんな人生だったら……いいよねえ」


 そう言う彩ちゃんに、僕は何も答えられなかった。どんな言葉で頷いても、間違いというか不誠実になってしまう気がして――そんな僕をよそに。


「えーと、加工はするなって言われてるから~。でも文字は足す~。うふふふ~」


 手慣れた手つきで画面に文字を入れていく彩ちゃんに、喧嘩でボコボコにした直後の相手とプリクラを撮るのにはまってた時期があったということを僕が知るのは、これよりずっと後のことだった。


 カフェに戻ったら、次はパイセンだ。


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