150.猫と一緒にダンジョンデート3(前)
パイセンとの待ち合わせ場所は、パンダ公園の脇にあるユニクロの前だ。
そこから、パンダ公園を挟んだ反対側にある肉バルに行く予定だったんだけど……
「…………」
ミニスカートにフレアスリーブのブラウスを着たパイセンは、緊張してるのか強張った表情だった。
「お待たせ。すごく可愛いね」
「……ありがとう」
声も固い。
僕もそうだから分かるけど、パイセンは陰キャだ。陰キャの自分がこんな可愛い服を着ていいのだろうかとか、そんな思いに葛藤してるのだろうか……
(いや、違う)
「行こう――急ぐけど、大丈夫?」
「……うん」
予定には無いけど、1番近くに見えたカフェに入る。席について、注文を取りに来た店員さんに聞いた。
「2人ともコーヒーで――すみません。お手洗いはどちらですか?」
「あちらの通路を、奥に行って右になります」
トイレに行って10を数え、席に戻るとパイセンが言った。
「私も……ごめんなさい」
通路を奥に向かうパイセンを見て、直感が外れてなかったのに安堵した。
パイセンは、美織里と彩ちゃんのデートが終わるまで、ずっとカフェの個室で待機していた。その間、飲み物を口にしてなかったわけがない。
飲み物を口にして数時間待ち、カフェを出て待ち合わせ場所に着いて、僕を待ってる間に
「ごめんなさい……もう、大丈夫だから」
席に戻ってきたパイセンは、さっきと理由は異なるんだろうけど、まだ固かった。
さて、どうしよう……
「肉バルの予約まで時間あるし、休んでこうよ」
「……うん」
いまいるカフェは、ユニクロのある建物の最上階だ。窓際の席だから、
それで、気付いたことがあった。
さっき美織里と来た時は無かったけど、パンダ広場の彫像の前にステージが作られていた。
「あれ、何だろう――誰か来るのかな?」
「…………」
「夏のお笑いフェスタって書いてあるけど――あ、ネットにタイムテーブルがある。『グリセリン大統領』って知ってる?』」
「……」
「『パンドラ・エクストリーム』『ミスター祇園精舎』『TENGA2000年』『ギャングスターに憧れて』……だめだ。知ってる人、誰もいない」
「…………」
「…………」
「ごめん……10秒待って」
「いいよ」
パイセンが、目をつぶった。
「すう。すう……」
吐息と共に、胸に当てられた手が前後する。
「すう。すう……すう。すう……」
でも実際は上下というのが正しく、それはパイセンが着痩せするタイプなのを如実に物語っていたのだけど、不思議といやらしい気持ちにはならず、従って後ろめたい気持ちになることもなく、僕はその様子を眺めていた。
「すう。すう……すう。すう……すう。すう……」
10秒より、ちょっと待ったかもしれない。
「すう。すう………………」
目を開けて、パイセンが言った。
「うん……もう大丈夫。ありがとう」
そう言って微笑するパイセンは固さが獲れて、逆にいつもより柔らかく、優しげに見えた。
コーヒーを飲んで肉バルに行くと、ちょうど予約した時間だった。
肉料理が出るのはディナータイムだけだそうで、日中のいまは、サラダとパスタだけのメニューだ。
「僕はナスと小エビのパスタ。パイセンは?」
「濃厚ウニとズッキーニのパスタ」
パスタにも、ミートソースみたいな肉を使ったメニューはなかった。肉バルなのに。
「じゃあそれと、サラダガレットを――シェアして食べよ?」
「うん」
肉バルでも席は窓際で、パンダ公園が見渡せた。
ステージでは、ちょうどお笑い芸人が出て来たところだ。
「あれが『グリセリン大統領』……なのかな?」
「うん、あれがそう。『グリセリン大統領』は、ハマると面白いけど……ハマらない時がほとんどね」
「観たことあるの?」
「本人のチャンネルで、ライブがアーカイブになってるから……再生数、どれも100以下だけど」
「え、そんなの知ってるって……詳しすぎない?」
「一応……
「…………」
「……どうかした?」
「い、いや。なんでもない――ないです」
言えっこない――『NMC、出たことあるし』そう言いながら上目遣いで笑うパイセンが可愛すぎて固まってしまっただなんて、言えっこなかった。
パスタとサラダが来て、それを食べ終わる頃には、ステージの『夏のお笑いフェスタ』も終わっていた。
芸人達の受け具合は、逐次行われるパイセンの解説通りで、彼女の予想を外れた芸人は一組もなかった。
パスタのセットのドルチェを食べながら、聞いた。
「パイセンは、またお笑いをやりたいって――そういう気持ちってないの?」
「漫才なら……相方次第ね。ピンでやるんだったら、まず方向性を決めなきゃならない――キャラ芸も一人芝居も私の好みじゃないし――でもいま女芸人がやるなら、その二択しかないし――結局、面白いことを面白く話す――そうね。漫才人間と役者人間って言い方があるけど……私は、役者人間じゃないのね――話芸で人を笑わせたいのよ」
めっちゃお笑いに気持ちが残ってるような気がしたのは、僕だけだろうか。
事件が起こったのは、最後のプリクラでだった。
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