150.猫と一緒にダンジョンデート3(後)
肉バルを出て、次に向かったのは書店だ。
CDや映像ソフトも置かれていて、そちらの品揃えも豊富な店だった。
「……どうかした?」
怪訝そうに見上げるパイセンに、僕は答えた。
「不思議だなって――
そう言ってる間にも、レジに向かう人が通り過ぎて――店内は、地元の大きな本屋よりずっと賑わってるくらいだった。
パイセンが言った。
「デートスポットだからじゃないかな」
「?」
「歩いてるだけでも話題が見付かるし、それに……どんな本やCDを見てるかで、相手がどんな人か分かるし」
そう言われてどきっとしたのは、店に入ってから自分が何を見てたか、まったく思い出せなかったからだ。大丈夫、大丈夫……変なものは、見てなかったはずだ。尾治郎さんが表紙の『月刊探索者通信』が目に入って、ちょっと思い出したくない記憶が蘇りそうになったくらいで。
白く整った横顔を傾け、パイセンは続ける。
「それと――普段使いする人も、いるんだと思う。途中で、大きなマンションがあったでしょ? ああいうとこに住む人が買い物する場所になってるんじゃないかな」
「
「待ち時間に調べたんだけど、あのマンションって高い部屋だと1億円近くするのよ――こんな僻地なのに。きっと外国の富裕層をターゲットにしてるのね」
そういえば、美織里もそんなことを言っていた。
「そういう人たちにとって、1500円なんて払ったうちに入らないだろうし、それに……もし私がこの近くに住んでたら、お金を貯めて来てたと思う」
言いながら、パイセンは書店を出る。
後に続く僕を振り向いて。
「私みたいなサブカル糞おん――文化的なことに興味があるタイプには、ここは夢のような場所なの。こんなに品揃えのいい本屋は地元に無いし、ほら――あのシネコン」
と指さしたのは、僕らの地元にもある、大手系列のシネコンだった。
「メジャーな作品だけじゃなくて、ミニシアターでかかるようなマイナーな作品も上映されてる。私達の地元じゃ、絶対上映されないような作品がね」
シネコンに背を向けて歩き出すと、プリクラのあるゲーセンまでは100メートルもなかった。
「この辺りでもそうよ。同じような本屋や映画館を探すなら、東京に行くしかない。そのための時間や交通費を考えたら、1500円なんて――探索すれば、それも
ゲーセンに入って、エスカレーターでプリクラのある階に上がる。
「私ね、夏休みとかゴールデンウイークとか、長い休みのたびに東京に行ってるの。有楽町にね、シネコンがあって、そこではメジャーな作品が上映されてるんだけど、そこから50メートルも離れてない場所に同じ系列の――さっきのと同じ系列のシネコンがあって、そこではアートシアター系の作品が上映されてて、駅の反対側に行くと別の系列のアートシアター系の映画館があって、そこから道を渡ると、また別の系列のメジャーなシネコンがあって、本屋だって…………ごめんなさい」
「何が?」
「…………なんでもない」
先にプリクラのブースに入って髪を直すパイセンの声が――
「(ぶつぶつ)やだ、もうやだ……やっと落ち着いてきたのに、オタク早口で自分語りとかありえない……ダメダメダメ。鎮まれ情緒。鎮まれ情緒。鎮まれ情緒……」
ぶつぶつ聞こえてきたけど、何を言ってるかは分からなかった。
「いいわ……入って」
僕もブースに入ると、すぐに撮影が始まった。
『フレームに顔が入るように、距離や角度を調整してね!』
ガイド音声の指示に従って、ポーズをとる。
『元気にピースしてみよう!』
「ピース」
「……ピース」
『お友達の、ほっぺをつんつん!』
「(つんつん)」
「ひゃぅっ……」
『頭をな~でなで』
「(なでなで)」
「……ひぃっ」
『がお~』
「がおー」
「……………………がおっ」
『後ろからぎゅっ!』
「(ぎゅっ)」
「あ”、あ”、あ”、あ”。情緒が……情緒が…………」
撮影を終えて、後はどの写真をプリントするか選ぶだけだったんだけど……
「……好きなの、選んで」
それを僕に任せて、パイセンは先にブースを飛び出してしまった。
(ちょっと、やりすぎちゃったかな……)
美織里と彩ちゃんの時は、2人ともガイド音声を無視して抱きついたり頬をくっつけたり胸で僕の顔を挟んだりしてたから、頭を撫でたり軽くぎゅっとしたりするくらいは、抵抗なく出来てしまったのだ。
(『元気にピース』が無難かなあ……)
と、思って最初に撮った1枚を選ぼうとしたら。
「ぎゅっとしてるの……プリントして。それでもう1回……撮って。動画用に」
そう言われて断る理由も無く、『後ろからぎゅっ!』をプリントして、もう1回撮ることになった。
でも……
『後ろからぎゅっ!』
「(えっ!?今度はパイセンが『ぎゅっ』するの!?)」
「ぎゅう…………これ、プリントして」
というわけで更にもう1回撮ることになり、動画用には『ほっぺをつんつん』をプリントすることになった。
最初にプリントした2枚は、半分こだ。2人で分けられるように印刷された片方を僕に渡そうとしたパイセンだったのだけど。
「あ……」
その手から、シールが落ちた。
それが地面に落ちる前に、僕は手を伸ばす。
先輩も、手を伸ばしていた。
お互い、中腰で。
肩と肩が触れ、顔と顔が近づき、目と目が合って。パイセンの唇が赤くて艶々して柔らかそうで。視界の中で大きくなって――気付くと。
ちゅっ。
唇と唇が、触れあっていた。
僕とパイセンは、キスしてしまったのだった。
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お読みいただきありがとうございます。
『のだった』じゃね~よバカ、というのが作者の思いです。
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