190.猫と異世界で蟹料理(下)

「まずは、龍吾王に手本を見せて頂きたいと思います!」


「え? 俺?」


 と驚いた顔の彩ちゃん父だったけど、自分の前に出されたものを見て、ニヤリと笑った。


「確かにこれは、手本が必要だよな」


 テーブルで彩ちゃん父の前に並べられたのは、フィンガーボウル、ハサミ、スプーン、そして……


 茹でた大鬼蜘蛛オーガスパイダーだった。


 茹で大鬼蜘蛛オーガスパイダー――茹で蟹が、本日のメインディッシュだ。コロッケやグラタンも考えたのだけど、それらは大鬼蜘蛛オーガスパイダー以外の具材でも美味しく作れる料理だ。


 大鬼蜘蛛オーガスパイダーの美味しさを知らしめるとなったら、やはり、茹で大鬼蜘蛛オーガスパイダーしか考えられなかった。


「しょうがねえなあ(にやにや)……じゃあ見てろよ?」


 彩ちゃん父が大鬼蜘蛛オーガスパイダーに手を伸ばすのを、みんなが固唾を呑んで見つめる。


「まずはさ、ここのふんどし・・・・を取ってさ、ここの灰色のびらびらしたのはいらないから、取っちゃうんだ。そしたらな。2つに割って――じゅるるるっ!」


 大鬼蜘蛛オーガスパイダーの内臓をすする彩ちゃん父から、目を逸らす人もいた。下品ともいえる音に、顔をしかめる人もいる。


 しかし……


「うんめ~。やっぱ蟹は味噌だよ。ここが1番美味いんだからさ。でさ、次は身だよ。足の根元の肉をスプーンで取るんだ……うん。すっげえジューシー」


 そこから先は無言となって足をもぎ、身を取り出して食べる彩ちゃん父から、誰もが目を話せなくなっていた。どこか非難がましい顔で、


「(ぼそっ)あたしらには? まだなの?」


と、美織里が給仕に耳打ちする声に小さく頷きながら。


 そんな拷問みたいな時間が5分ほど続き。


「うん。こんな感じ。分かった?」


 彩ちゃん父が言って、ようやく他のみんなの前にも蟹が運ばれてきた。


「こ、こうかな? これで?――おおっ! ずるっと! ずるっと大きな身が出たぞ!」


 給仕に教わりながら、足から身を抜き出す人もいれば。


 内臓みそを、パンで救おうとして。


「…………じゅるるるるっ!」


 その手を途中で止め、甲羅から直接すすり始める人もいた。


 蟹酢やオーロラソースも好評で、一緒に運ばれてきた日本酒と大鬼蜘蛛オーガスパイダーの身を交互に口にしてにこにこしてるのは、確か、大陸北方の人達だ。


 メインディッシュから格下げされたコロッケやグラタンといった料理も運ばれてきて、そこには、あれ・・もあった。


 大鬼蜘蛛オーガスパイダーの佃煮だ。


「…………」


 それを日本酒で食べて複雑な表情になってるのは、昨日、大鬼蜘蛛オーガスパイダーを貶してたあの人で――食事会が終わった後、東部諸国の面々に頭を下げていた。


 食事会の間、みんなに声をかけられたのだけど、特に喜んでくれたのは、大陸北方の人達だった。


 大陸北方と東部諸国は海での交易が盛んで、東部諸国同様、海産物に似た味わいのある大鬼蜘蛛オーガスパイダーは好んで食べられているのだという。


 昨日、大鬼蜘蛛オーガスパイダーが貶されたときも内心では忸怩たるものがあったのだけど、ことを荒立てるのは躊躇われ、声を上げることが出来なかったのだそうだ。


 大陸北方のリーダーが、ブラムの手を握って言った。


「ブラム殿、イクサ殿、エシカム殿……申し訳ないことをした」

「いやいや、気に病むことはございません。これで光様の侠気に接することが出来たと思えば」


 え? どうしてそこで僕の名が?


「確かに、光様の機知と厚情がなければ、我々はしこりを残したまま別れることとなったでしょうな」


「そうですとも! 光様が大陸全土の心をお繋ぎになったのです」


 うん。これは黙っていた方がいい。黙ってにこにこしてるの一手だ――虚無の微笑を浮かべて。


 そんな感じで、食事会は無事に終わった。



「月末のアレなんだけど、彩ちゃんとパイセンにも手伝ってもらおうと思って」


 美織里が言った。


 食事会の後、異世界でもう一泊してから日本に戻ることになった。このまま帰るのは何か寂しいというのと、彩ちゃん父への来客が深夜まで続いたからというのもあった。


 いま僕は王宮にある王太子(彩ちゃん)の部屋でくつろいでるところだ。ベッドに寝転んだ両腕に美織里と彩ちゃん。お腹の上にパイセンという体勢で。


 そんな状況で、美織里が言った。


「もちろん、2人にもテストは受けてもらうんだけどね」


『月末のアレ』とは、美織里が行うことになっている、QQダンジョンでのモンスターの間引きのことだ。


 それに参加するためのテストとして、僕は美織里から『24時間ノンストップ探索』を課されていた。


 24時間、常に時速20キロ以上で移動しながらダンジョンを探索するという課題で、これを乗り切るために、僕は新しいスキルや装備のテストを行っていた。


 その間引きに、彩ちゃんとパイセンを参加させるのだという――もちろん、僕同様に『24時間ノンストップ探索』を行わせたうえで。


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