190.猫と異世界で蟹料理(上)
翌日は、朝から厨房にこもることになった。
場所は昨日の宴席と同じで、神殿の向かいにある建物。同じ建物にある厨房で、僕は食事会の仕込みとレシピの検討に専念した。
建物は迎賓館的な役割を担っているらしく、厨房も広い。コンロやオーブンは薪と魔法を併用するタイプで、使い方が分からないから、火加減の調整は
話してみて分かったのは、この世界の料理技術が現代より200年――日本でいうと江戸時代のレベルだということだった。
煮込みとスープが完全に分化されておらず、コンソメ的な概念はあっても、それを単独で楽しむものと理解してる人はいなかった。
全体的に、油や雑味の処理の仕方が雑だ。
そこで、今日どんな料理を作るか分かってもらうため、まずは、さんごに出してもらった現代の調理器具(昨日の基地で使ったのもこれ)で僕が調理したものを、料理人達に食べてもらうことにした。
結果は。
「「「「「んま~い!」」」」」
あっけない程の高評価だったのだけど。
「あたしらが手伝わなくても、
という問いは、当然出た。
僕の答えは、こうだ。
「でもこれだと、いま使った調理器具が凄いんじゃないかってことになっちゃうと思うんですよ。だから、ここにある器具で、みなさんに手伝ってもらった料理じゃないと意味がないんです――
そう言ったら理解してもらえたようで、みなさん、快く協力してくれた。
それから、厨房の隅にあった食材に気になるものがあって、それでもう一品作ったら、さすがはプロの料理人で、東部諸国の料理のイメージは、おおよそ掴めてもらえたみたいだ。
そして夕方、全ての調理を終え、僕は食事会に挑んだ。
●
食事会が行われるのは、建物の中央にある大食堂だ。
席に並ぶ面々に、お誕生日席の彩ちゃん父が言った。
「理由はどうでもいいだろう。みんなで美味いもんを食うっていう、そういう集まりだ。まあ、楽しくやろう」
乾杯して、皆の前にパンが配られ、料理がサーブされる。一品目は――僕は言った。
「一品目は『
この世界に、スープの概念はまだ確立されていない。だから、ほぐした
「これは……色はない。色はないが……濃厚なシチューの香りと味わいがある」
「いや、これは……シチューより澄んだ、しかしその分、鮮烈で清々しい……この透明な汁のどこにこんな、そしてねっとりと舌に絡みつくような……」
「いや、澄んではいますが透明ではありませんぞ! わずかではありますが、色がついている。そうか、この黒い器のせいで……なんとも心憎い!」
ちなみに
「俺さ、ファミレスのスープバーのコンソメとかわかめスープって大嫌いなんだけどさ。これは好きだなあ」
「だめですよ、あなた。そんなのと比べちゃ」
「そうですよ。失礼ですよ~」
「へ~。コンソメって透明なのに糸を引くのね~」
「言い方!」
「これも、乳化してるって言っていいのかな?」
彩ちゃん父、彩ちゃん母、彩ちゃん、美織里、パイセン、さんごだ。
彼らにはまったく目新しい料理ではないため、驚きはなく、単純に美味しいものとして楽しんでいるのだった。
さて『透明なシチュー』のどよめきが収まったところで、疑心と期待の混ざった目で僕を見る面々に、2品目を供することにした。
「では次の1品は、サラダ――春の苦みが残る葉野菜に、蒸した
2品目はサラダ、といっても実際はカルパッチョだ。野菜に蒸した
そして――
「うん! 美味い! 熱くもなく冷たくもない、噛みしめると、なんといったらいいのか――『旨い』としか感じられない、ただただ『旨い』を凝らせたような味わいが染み出てくる!」
「うむ! 確かにこれは――『旨味』とでも呼んだらよいのか、うむ!」
「ちょっと待ってください、この野菜にかけられたソースは……」
もちろん、野菜にも工夫をしてある。
東部諸国の面々――獣人の、エシカムが言った。
「これは……
サラダの野菜には、
「「「「「内臓!?」」」」」
またも驚く面々に、僕は言った。
「野菜にかけてあるのは、オーガスバイダーの内臓を潰して濾したペーストを、酢とワインで伸ばしたソースです。鳥のレバーを濾したペーストは、この大陸でもよく食されていると聞きましたが、いかがでしょう?」
僕の説明に、誰もが『言ってることは分かるが納得は出来ない』という顔になって黙った。
「「「「「…………(ぱくぱくぱく)」」」」」
しかし、サラダを食べる手は止まらない。見てると、
そして、みんなの皿がパンで拭い清められるのを待ち、僕は言った。
「さて、少し早いと思われるでしょうが、次の品がメインディッシュです。
「「「「「おお!!」」」」」
「しかしこれは、少々、食べ方にコツのいる料理でもあります。そこでまずは、龍吾王に手本を見せて頂きたいと思います!」
「え? 俺?」
と、自分で自分を指さす彩ちゃん父の前に出されたのは――
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